水族館とイルカショー
車窓から眺める先では、大人や子供がそれぞれが水族館に向かって歩いていた。杏華はそれを見て目を輝かせる。
「おー、見ろよ、兄ちゃん! 水族館だぞ!!」
「そーだなー……」
なんでこいつはこんなにテンションが上がっているのだろうか。今どきその年で水族館でテンション上がるような人そういないだろうに。
「なんか久しぶりに来たような気がしますー」
水本さんも杏華と同じように外を覗き込んでそう呟いた。
「いやー、私も久しぶりだな。水族館なんて」
「そうだね。僕も中学生以来かな、水族館に行くのは」
前の席に座っていた2人がそんなふうに話していた。
「この年で水族館ねぇ……」
「またまた、清治もそんなこと言って楽しみだったんじゃないの?」
「……うるせぇ」
照れ隠しのようにそっぽ向く清治。どうやら図星らしい。そんな清治の態度が微笑ましく感じながら、もう一度水族館を見てみる。
ようこそと大きく書かれた看板に、水色を基調とした建物。ーー俺たちは水族館に来ていた。
☆ ☆ ☆
「おおー、ひろー!!」
水族館に入った頃には、杏華のテンションはマックスまで上がっていた。くるくると回りながらはしゃぐ姿は、まるで幼い子供のようで、思わず昔を思い出してしまった。
「というか、杏華、危ないから回るのはやめなさい」
「そうだよー、杏華ちゃん。ここには人が沢山いるんだから」
俺と千坂さんがそう言うと、杏華ははーいと返事をして、こちらにててっと駆けてきた。
「夏葉さん、兄ちゃん、こっからどーする?」
ノープランだったらしい杏華が、そんなことを俺と千坂さんに聞いてくる。俺は千坂さんの方を向いて口を開く。
「千坂さん、どうします?」
「んーっと、ショーとかはまだ時間あるし、中を見て回ろうか。大智はどうする? 1人で回る?」
入口で貰ったパンフレットを見ながら、大智さんに水を向ける。すると、大智さんは困ったように笑うと、口を開いた。
「いや、さすがにここまで来て1人で回るなんてしないよ」
「そ、残念」
あっけらかんとそんなことを言う千坂さん。
「じゃあ、まずは中の方から見て回るでいいかな?」
そんな大智さんの問いかけに、構わないと頷きを返した。もちろんほかの3人も異論はなく、それぞれが了承の意を伝える。
「じゃっ、行こうか」
「いやなんでおめーが仕切ってんだよ」
大智さんが先導すると、大智さんの足に1発蹴りを入れながらついて行く千坂さん。それに俺たちも続いていく。……あれ? 案外仲良いのでは?
☆ ☆ ☆
「兄ちゃーん、見ろよ! サメ、サメ!!」
一際大きな水槽の中に入れられていたのは、サメだった。やはりサメは人気なのか、周りには子連れの親子が結構いる。
「美味しそうですねー」
「いや、食うのかよ」
サメって食えるのか……?
魚を眺めながら、そんなことを言うのは水本さん。清治は、無言でパシャリと写真を撮っていた。……やっぱり楽しみにしてただろ。
「ねえ、一緒に写真撮らない?」
「じゃあ、ほら」
大智さんが千坂さんに写真を撮らないかと誘っている。すると、千坂さんは何やら何かを強請るように手を差し出した。
「えっと、何?」
その行動が理解出来ず、大智さんは困惑気味な声を漏らした。
それに対して、千坂さんはいい笑顔で口を開いた。
「撮影代」
「まさかの撮影代」
どうやら撮影代を強請っていたらしい。……撮影代って……。
「えっと、いくらかな?」
「ちょっ、大智さん。さすがにそれ払うと次からも請求されるんじゃ……」
見るに見兼ねて、そう伝える。
「さすがに請求しないよ。あと、冗談だからね」
「あ……、そ、そうだよねー」
あははと笑いながら財布をしまう大智さん。
……この人、本気で払う気だったのか……。
☆ ☆ ☆
「おっ、そろそろ時間だね。みんなー、そろそろショーが始まるからそっちに行かないー?」
千坂さんは時計を確認すると、こちらに呼びかけてきた。
「おー、行くー! ほら、兄ちゃんたち、行くぞー!!」
たたたっと駆けていく杏華。そんなに急がなくてもいいだろうにと思いながら、俺もそちらに向かって歩き出す。
「本当にテンション高いな……」
「みんなでお出かけっていうのが嬉しいんじゃないですかね」
そういうもんかねー、と水本さんの方を見てみる。すると、ちょうど水本さんの隣にいた清治の姿が目に映った。
「……? なんだよ」
「いや、なんでも 」
心なしかいつもよりも浮かれているような感じがする。
「そーいえば、千坂さんと杏華さんってお友達だったんですねー」
「そうだな」
何気ない彼女の言葉に頷きを返す。
「山岡くんと無表情先輩の2人も友達ってすごい確率じゃないですか?」
確かに本当にすごい偶然だ。それも、杏華と千坂さんは歳も離れてるのにも関わらず、だからなぁ。
と、そこで思い出す。清治が前に姉と妹の料理を作ってると言っていたことを。
「清治って、妹いるんだよな。その子との繋がりから、千坂さんと仲良くなったとか?」
言うと、それを聞いた清治がすごい面倒くさそうな顔をした。
「ええ……。お前の妹と俺の妹のセットとか、軽く死ぬ」
「そんなに!?」
どんだけやばいんだよ、お前の妹は。
そんな他愛もない会話をしているうちに、人の流れが多くなっていた。
「すげー、人」
「やっぱり人気なんですかねー、ショー」
「なんかこの水族館の目玉らしいぞ」
ほれと見せてきたパンフレットを見てみると、ショーのある場所は他の場所と比べてデカデカと説明書きがされていた。
「イルカショーか……。定番だな」
「定番ですね」
そんな話をしていると、ちょうどショーの会場に着いた。
中央には一際大きな水槽があり、その中に2頭のイルカの姿があった。
「スイくんにエイちゃんって名前らしい」
「大きいですねー」
「イルカなんてあのぐらいが普通だろ」
2頭のイルカを眺めていると、俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、兄ちゃん、こっちこっちー!」
俺たちに向かってぶんぶんと手を振る杏華。
……やめて! すっごい見られてるから。あと危ないから!!
「ほんとお前ら、仲良いよな」
「この年でここまで仲のいい兄妹って、結構珍しいですよね」
「うるせぇ……」
呑気にそんなこと言ってくるが、この場合仲がいいっていうより、俺が一方的に振り回されてるんだよなぁ……。
「はぐれたかと思ってびっくりしたよー」
「あっ、すみません」
「いいよいいよ、気にしないで」
千坂さんはからからと笑いながら、手を顔の前で横に振る。
「まあ姉ちゃんもよく迷子になるもんな」
「清治うっさい」
千坂さんは冷たい声で即座に清治を黙らせると、パッと表情を変えて話題を変えた。
「そーいえば、ここ、カップルで来るとそのカップルはずっと上手くいくってジンクスがあるんだって」
なぜか、こういった水族館だったり遊園地だったりのショーとかには、こういったジンクスがよくある。だが、そういったジンクスがよくある割には日本の離婚率は上がるばかりだ。
「それでさ、大智。私たちでそのジンクスが嘘だったって証拠作らない?」
「……え?」
また始まった。本日何度目かのやり取りだ。
こんだけやられると、これがこの2人にとっては当たり前なんだと思えてくる。
「えっと……冗談だよね?」
「……?」
不思議そうに首を捻る千坂さんに、それを見て落ち込む大智さん。これが普通なのだと思うようにしたら、なんだかこのやり取りもすごく仲のいい証みたいに見えてきた。いやー、ほんと仲良いなー。
そんなことをしていると、ショーが開始する合図のような音楽が流れてきた。
水槽の奥のステージに、この水族館の制服を着た4人ほどの男女が前に出る。
最初の数分間は自己紹介と、イルカの2人の紹介。そして、それが終わるとショーが始まった。
空中にあるリングをくぐりぬけたり、ボールを跳ね返したりと、1つの芸が終わる度に会場が拍手に包まれる。
「前方の席に座っているお客様は、水しぶきが飛んでくるかもしれないのでご注意ください!」
ラストへと近づくと、そんな注意喚起がされた。
それを聞いて、俺は隣に座っていた杏華の方を見る。
「……? 何、兄ちゃん」
こいつ、素で忘れてやがったな。
俺たちの位置は前から3番目の前方列の席。おそらく、前方の席に座っているお客様に俺たちは含まれるだろう。……替えの服、持ってきてないんだよなぁ。
そんなこと考えていると、最後のショーが始まった。
流れる音楽に合わせて2頭のイルカが水から飛び出し、跳ね回る。様々な色のスポットライトがそんなイルカを追いかけまわす。
ちらと両隣を見てみると、全員が食い入るように見ていた。
そして、ショーのラスト。2頭のイルカが同時に一際高く飛び上がり、水面に大きな音を立てながら着地する。
それにより生じた水しぶきが客席に飛んできてーー。
☆ ☆ ☆
「今日は色々とありがとうございました」
家の前までわざわざ送ってくれた大智さんにお礼を言うと、大智さんは気にしないでとばかりに明るく笑った。
「こっちこそありがとね。誘ってくれて」
そう言うと、大智さんは車を走らせて行ってしまった。おそらくは、千坂さんと清治を送るのだろう。
「それじゃあ、山岡くんと杏華ちゃん、またねー」
水本さんは別れの挨拶もそこそこに、家に帰る。
「さてと、さっさと家に入るか。タオルで拭いたとはいえ、風邪ひいたらいけないし風呂に早めに入ろうか」
出かける前の服装と一転、サメのイラストが描かれたTシャツを着たはそれを聞くとうんと頷いた。
「じゃ、一番風呂は貰いっと」
ししっと笑いながら家に入っていく杏華。俺はそれに続いていく。
「で、どうでした? 今日のお出かけの感想は」
そう聞くと、彼女は満足そうな笑顔を浮かべた。
「楽しかったよ」
そんな彼女の言葉に、「そっか」とだけ俺は返す。
「兄ちゃんは?」
「……なかなか楽しめた、かな」
「そ、よかった」
そんな軽口を言い合う。けれど、不意に杏華はでもとつけ足した。
「その兄ちゃんのTシャツ、なんでイソギンチャクにしたんだ?」
……ほっとけ。
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