姉と助っ人呼んだら水族館へ
「兄ちゃん、水族館に行かね?」
金曜日の夜、唐突に妹がそんなことを言い出した。
「は? どうした、急に」
突然な事だったので、思わず聞き返してしまった。だが、彼女はそんな俺の態度なんて気にしてないかのように話を続けた。
「美恵さんと、兄ちゃんの無表情の友達と、兄ちゃんとあたしで!」
両手をばっと広げてそう話してくる杏華は、瞳を輝かせてとても楽しそうだった。
「えーっと、それはいつの話?」
「もちろん明日!」
ぐっとサムズアップしてくる杏華。明日かー、いきなりだなー。
「あー、俺はいいけど、清治とかはどうかは知らないぞ?」
「んっふふ、美恵さんには既に連絡取ってあるんだ! さあ、あとは兄ちゃんの友達だけ!!」
ほら、急いで急いでと急かしてくる。……いや、今日テンション高いね? どしたの?
「あー、わかったわかった。ちょっと連絡してみるから、静かにして」
「了解!」
ビシッと敬礼をすると、すんなりと静かにしてくれた。……こいつ、どんだけ水族館に行きたいんだ。
5回ほどコール音がすると、ようやく気だるそうな声が聞こえてきた。
「……なに?」
その声は、まるで眠気を噛み殺しているかのようだった。……確か、教室で昼寝をしてたよな、こいつ……。
「明日暇? 水族館行かね?」
「は?」
何言ってんだとばかりに素っ頓狂な声が、スマホから聞こえてきた。まあそうだよな。そうなるよな。
「いや、なんで?」
「えーっと、杏華が4人で行かないかって言い出して……」
「行かない。絶対めんどくさいことが起こる予感がする」
杏華の名前が出た途端にこの反応。どうやら、初対面の印象で、杏華は面倒くさい人認定されているらしかった。
ちょっと悪いと一言謝って、ミュート状態にする。
「清治、行かないだってよ」
そう隣にいた杏華へ伝える。すると、杏華は俺の足をゲシゲシと蹴ってきた。
「何すぐに諦めてんだよ。そこを説得するのが兄ちゃんの仕事だろーが」
「痛い痛い。……え? 何その仕事。お兄ちゃん初耳なんだけど」
足を擦りながら、そう言うと、ふんっと杏華はそっぽを向いた。ええ……なにそのツンデレヒロイン感……。全然似合わない……。
げんなりしつつも、さっきまでのテンションや楽しそうな表情が頭をよぎった。……仕方ない、か。
俺はひとつため息を吐くと、ミュートを解除した。
「あー、清治か? 悪かったな、いきなりミュートにして」
「……別に」
少し遅れて、清治の声が返ってきた。
「で、水族館に行くって話だけど……。お前はもちろん行くよな? じゃあ、明日の9時頃、俺の家の前に集合な」
「は!? ……ちょっ、お前……!!」
文句を言われる前に、通話を切る。ミッションコンプリート。これで完璧。そして俺はスマホの電源を切りながら、隣にいる杏華の方を見る。
「じゃ、明日の9時頃でいいよな?」
そう言うと、杏華は顔を輝かせると、とびっきりの笑顔で頷いたのだった。
☆ ☆ ☆
「やっぱり来た」
「来ましたね」
「あー、無表情先輩どうもー!」
「なんなんだよ、お前ら」
翌日の9時、俺の家の前には、俺、杏華、水本さん、そして少し遅れてきた清治の姿があった。
「ほんとに来るなんてな。あんな一方的の約束で」
「ならすんな。ほんと、なんで来たんだろ、俺……」
お人好しもここまでくると病気なんじゃないかと心配になってくる。まあ、そこが清治のいい所でもあるんだろうけれども。
「あと、無表情先輩ってなんだよ」
「さあ? まあ、悪口じゃないから、あんまり気にすんなよ」
「悪口じゃないかどうかは、議論の余地があるような気がするけどな」
と、そういえばと、何やら思い出したかのように清治は口を開いた。
「どうやって水族館に行くんだ? 電車か?」
その質問に、押し黙る一同。……やべぇ、何も考えてなかった。どう答えるべきか考えていると、杏華がその質問に答えた。
「あっ、それならだいじょぶです! 助っ人を呼んでますから。……と、ちょうど来た」
杏華が手を振り、その人物を呼ぶ。杏華の視線を追ってみると、そこにいたのは1人の女性だった。
セミロングの黒髪の女性は、手を振っている杏華を見つけると、手を振り返してきた。
「やっほー、杏華ちゃん」
「久しぶりです、夏葉さん!」
ハイタッチを交わして挨拶をする2人。そんな時、ぼそりと呟くような声が耳に届いてきた、
「なんでここに……」
声のした方を見てみると、そこにはげんなりとした様子の清治の姿があった。
「どうした? 熱中症?」
「違ぇよ。まあ、ちょっとな……」
苦々しげに言葉を濁す清治。なんだ? と首を傾げていると、セミロングの黒髪の女性の声が聞こえてきた。
「あれ? 清治じゃない。なんでこんなところに居るの?」
女性の方を見てみると、心底驚いたかのように目を見開いた女性の姿があった。
「……こいつに呼ばれてきたんだよ」
「あっ、初めまして。山岡 響也と言います」
一応挨拶は済ませておく。……で、結局どういう関係なの?
「それで、なんで姉ちゃんはここにいんだよ」
姉ちゃん……。あー、清治の姉ちゃんか。確かに言われてみれば、似てるかも。目元とか。
うんうんと頷いていると、水本さんが近づいてきてひそひそと話しかけてきた。
「姉ちゃんって、あのいつもあのー……無表情先輩が言ってたお姉さんのこと?」
「うん、多分……。というか、水本さんも無表情先輩呼びなのね……」
俺もそう呼ぼうかしら? そう悩んでいると、一通り話し終わったらしい、千坂姉弟がこちらに水を向けてきた。
「初めまして、私はこいつの姉の千坂 夏葉。よろしくね」
ちらと隣を見てみると、自己紹介を完全に忘れている水本さんの姿があった。とんと肘で突くと、あっ、と何かを思い出したかのように声を漏らし、前に出た。
「わたしは、水本 美恵と言います」
「美恵ちゃんね……。よろしく」
一通り挨拶が終わると、清治が口を開いた。
「助っ人って姉ちゃんのことか? でも姉ちゃん、車もってないよな」
杏華が助っ人と言っていたので、話の流れ的に車を持っている人が来るかと思ったのだが、持っていないらしい。清治がそう言うと、千坂さんは違う違うと手を振った。
「私じゃないよ、助っ人は」
「じゃあ誰ーー」
清治がそう言いかけたその時、1つの車が近くに止まった。その車の中から、1人の大学生らしき男性が降りてきた。
「えーっと……。あっ、夏葉さん、ここでいいんですか?」
たたっとこちらに駆けてくる男。千坂さんは、その男にサムズアップして答えた。
「そうそうここ。さっすが大智、直前に呼び出しても来てくれるねー」
「はは……。出来ればせめて前日に行って欲しかったかな……」
疲れたようにため息を吐く大智さん。どうやら、直前に呼び出されたあと、急いできたらしい。
「あっ、こっちが私の弟の清治と、杏華ちゃん、そのお兄さんの響也くん、美恵ちゃんよ」
順番に紹介されていき、それぞれ軽く会釈する。それを受けて、大智さんはにっこり笑うと口を開いた。
「初めまして、津島 大智です。えっと、夏葉さんとはお付き合ーー」
「知り合いの大智だ。こき使ってもいいよ」
「あれ!? 友達ですらなくなってない?」
大智さんの自己紹介を遮り、紹介する千坂さん。付き合ってると言いかけた大智さんと、知り合いだと言い張る千坂さん。どっちが正しいんだ……。
「どう思います? 清治さん」
わからないので、千坂さんの弟である清治に聞くことにした。すると清治は、いつもの無表情のまま話し始めた。
「多分だが、おそらく大智さんが言ってるのが正しいと思う。姉ちゃんだし」
どんな姉ちゃんだよ……。そうツッコもうとしたが、なんとか踏みとどまる。……多分、うちの妹と似たような感じなんだろう。そう結論づけていると、視界の端に千坂さんと大智さんの2人をみている水本さんの姿が目に映った。
「これが修羅場かー」
「いや多分違うと思う」
確実にズレている水本さんの発言に俺はツッコミを入れることにした。そんなことをしていると、杏華がこちらに寄ってきた。
「夏葉さんは楽しそうみたいだし、普通に付き合ってんじゃない?」
「まあ、姉ちゃんだし一般的な恋愛とは程遠いくても不思議じゃねぇな」
まあ、よく見てみれば、夫婦漫才にも見えなくはない。つーか、あれ夫婦漫才じゃね? 目の前でイチャついてんじゃねぇぞ。
「それで、どこに行くんだい?」
千坂さんと大智さんとの会話が聞こえてきた。
「やっぱり長続きするカップルって以心伝心が出来ると思うのだけど。つまり、私たちは長続きしなーー」
「ちょっと待って。今考えるから」
大智さんが千坂さんの言葉を遮ると、考え始めた。
いや、無理だと思うぞ。だって別に水族館に行く予定だってわかるようなもの持ってないし。
そう思ってると、なにかに思い至ったのか、パンっと手を叩いた。
「わかった、水族館だ! ……違うかな?」
まさかのノーヒントで答えにたどり着いた大智さん。すげぇ、逆になんでわかったんだよ。
正解かどうかの回答を待つ大智さんの瞳は不安で揺れ動いていて、千坂さんはだんだんと苦々しげな表情に変わっていった。
「……ちっ。正解」
「うわー、すっごい悔しそう……」
ふいっとそっぽを向いて正解を伝える千坂さん。偶然なのか、本当に以心伝心なのこ分からないが、どうやら関係は続くらしい。
「それじゃ、近くの水族館でいいよね」
「はい。あっ、本当にありがとうございます」
改めてお礼を言うと、気にしないでと手を横に降ってきた。
「夏葉さんとのデートの口実ができたから、気にしなくていいよ」
そう言って笑う大智さん。初対面での印象は、頼りになる好青年のお兄さんといった感じだ。
「え? いや、送り迎えだけ頼めれば帰っていいよ」
「え!?」
ちょっと不憫な、を入れる必要があるかもしれないが。
そんな大智さんの、千坂さんの言葉にすぐに涙目になる姿を見て、少しばかり同情してしまう。
……頑張ってください、大智さん。
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