手作りの晩御飯
「そーいえば、清治って弁当自分で作ってるの?」
何気なく聞いてみると、清治はまた変なこと言い出したよこいつ……的な目を向けてきた。
「それ聞いてどうするんだよ」
「どうもしないけどさー、気になって。ちなみに俺は自分で作ってるよー」
「聞いてねぇし……」と、ぼそりと面倒そうな顔をしつつも、答えてくれた。
「……自分で作ってるよ。姉と妹の分も併せてな」
「へー、意外。清治、そういうの面倒くさいって言いそうなのに」
「実際面倒だろ……。けど、あの二人は朝全然起きてこないからな。俺の役目みたいになってるんだよ……」
はあーと深いため息を吐いているのを見て、普段からどれだけ大変な目にあっているのか察せられて若干同情する。わかる、わかるぞー。特に妹を持つことの大変さとか。
「つーか、お前も自分で作ってんだな。なんか意外」
「意外ってなんだよ。基本的に料理は俺の仕事だぞ。妹に任せると味が壊滅的になるし」
任した時のことを思い出して、苦い顔になる。あれはやばかった……何がやばかったって? 調味料の味の主張がやばかった(語彙力)。
と、俺と清治との会話に割って入ってきた声がひとつ。
「でも、山岡くんの料理は普通なんですよねー」
机の下からニュっと突然現れたのは、眠そうな目をした水本さんだった。
「えっと、どうした? 起きてるなんて……じゃなかった。何か用?」
失言しかけて慌てて取り消す。危ない危ない。さすがに起きてるなんて珍しいね? なんて失礼に決まっている。
内心焦っていると、水本さんは自分をじーっと見つめてくるもう一人の人物に気がついたようだった。互いに互いを見つめあって数秒、どちらからともなく声を発した。
「「誰?」」
クラスメイトに興味が無い清治と、楽しいこと以外は忘れる水本さん。互いが互いの存在を認知していないのは当然とも言える。
「あーっと、こっちは清治。千坂 清治。目つき悪いけど、悪いやつじゃない」
と、水本さんに清治を紹介する。
「それで、こっちは水本さん。水本 美恵さん。楽しいこと以外忘れてしまうらしいから、よく名前間違われるだろうけど気にするな」
「はあ……。まあ、別にいいけど」
そして微妙な空気になる。やばい……なにか会話……! 会話はないか……!!
と、そこである考えに至った俺は清治の弁当に狙いを定めた。
「唐揚げ貰いっと!」
一瞬で唐揚げを掴み、口に入れる。なっ……と、普段無表情な顔を驚いた顔にしてやったことに優越感を感じつつ、唐揚げを口の中へ入れる。
「……こ、これは……!」
瞬間、身体に雷にうたれたかのような電撃が走る。薄すぎず、かといってくどくもない、味付け。冷えているはずなのに歯ごたえのある衣。……やばい。めちゃ美味しい……!!
「うっまぁ……」
思わず声に出てしまった。知らず知らずのうちにまた清治の弁当に手が伸びて、腕をぱしっと掴まれる。相手はもちろん、清治。
「何もう一回食おうとしてんだよ」
「おいおい、俺とお前の仲だろ? 唐揚げの一つや二つ、いいじゃねぇか」
ふっと照れくさそうに笑いながら、伸ばす手に力を加える。
「二つで全部なんだよ。自分の食えよ、自分の」
しかし清治の力に押し負けてしぶしぶ箸を自分の弁当の上に置く。
「仕方ないなー。なら、今日うちの晩御飯作りに来てくれ」
「マジな顔して何言ってんだよ」
「あいたー……」
大真面目に頼み込むと、額にデコピンをくらわせてきた。軽く腫れた額をさすりつつ、再度頼み込む。
「頼むよー。なんか、最近よく『兄ちゃんの飯は普通だ普通だ』って、妹から言われるんだよー」
「いや知らねぇし。ってか、お前が美味い飯を作れるようになればいいだけなんじゃねぇの」
ぐっ……正論だ。どうせ面倒くさいぐらいしか考えてないくせに……。
「頼むよー。 俺、お前の手料理を食べてみたいんだよー」
「気持ち悪っ……。……はぁ、わかった。わかったから少し黙れ」
ドン引きしていたが、俺の折れない心による懇願が効いたのか、渋々了承してくれた。
「あー、じゃあ、私も行ってもいいですか? 今夜、親いなくて山岡くんの家に食べに行こうと思ってたんです」
「あれ? それ今初めて聞いたんだけど?」
「初めて言いましたから」
そういうのは早めに言ってほしい。あと、そこまで気楽に来られたら勘違いしちゃうから自重して欲しい。
「いや、なんで今日作り行くみたいになってんだよ」
清治がいつもの無表情でツッコミを入れる。……確かに。気づかないうちに、何故か今日作りに来てくれる的な流れになっていた。
「えー……。その、私としては、今日の方が都合がいいんですけど……」
「知らねぇよ。なんで俺の周りには自分勝手なやつしかいねぇんだ。……はあ、いいぞ」
一人でぶつぶつと何やら言っていたかと思うと、仕方ないとばかりに頷いた。
「……なあ、なんか清治水本さんに甘くない?」
まさかあの清治がこうも簡単に折れるとは……。なんだか差別を感じる……。
と、恨みの籠った視線を送っていると、妙な視線を感じたのでそちらを向いてみる。すると、水本さんがなにか言いたそうな瞳で俺を見ていた。
「……? なに?」
「あの……、いえ、なんでもありません……」
なんだか水本さんの態度が引っかかるが、何はともあれ清治がうちに来ることになった。
☆ ☆ ☆
「あの兄ちゃんが……友達を……!?」
玄関先で愕然と立ちすくむ我が妹。というか、驚くのはいいけどどいて欲しい。普通に邪魔だから。
「やっほー、杏華ちゃん」
「……どうも」
「やほー、美恵さん。そしてーー」
杏華は清治に近づくと、ガシッと手を掴んだ。
「兄ちゃんの友達なら、一緒に麻雀しません? それとも登山に行きますか? なんなら海外行きます?」
さすが我が妹。選択肢がやばい。何がやばいって? 初対面の人に誘うものがヤバすぎる。偏りすぎだろ、麻雀、登山、旅行って。
そんな杏華を見て固まる清治。さすがに引かれたかな……。不安になり、声をかけてみることにした。
「あー、清治?」
「なあ……これ……」
さあ、これはどれだろうから。面倒くさそうな顔か? 照れてる顔か? はたまた面倒くさそうな顔か? いや、面倒くさそうな顔しかないだろ。多分。
「すっげーお前より面倒なタイプっぽいんだけど……」
予想は的中。予想外でもなんでもなく、清治は呆れた顔をしていた。
「お前よりってなんだよ、お前よりって……。俺そんなに面倒?」
「飯作りに来てとか面倒以外のなにものでもねぇだろ……」
確かに……。ただ、それに乗ってくる清治も清治だと思うけど……。やはり水本さん目当てなのかしら。
「まあ、それは置いといて……。杏華、今日の晩御飯は、この清治さんが作ってくれるから」
「まじ? ってか、人様に飯作ってくれって頼むのどうかと思うぞ」
「大丈夫大丈夫。清治、こう見えて世話焼きだか……痛い痛い!!」
俺の言葉を遮るように、唐突にヘッドロックしてきた清治。長い。いや待って、結構痛いこれ!!
「……うるせぇよ」
「はーっ、はーっ……。死ぬかと思った……」
何はともあれ、俺と杏華と清治と水本さん。この四人で晩御飯の準備に取り掛かるのだったーー。
☆ ☆ ☆
「……中華か」
「ギョーザに麻婆豆腐か、結構見た目ちゃんとしてるなー」
出来上がったのは餃子と麻婆豆腐と米の中華セット。四人で作った……とは言っても、ほとんど清治が作って俺はそのお手伝い。そして残る二名は配膳しか手伝ってない。……ま、まあ、今回は清治の料理の腕を見るって目的だったし、いいんだろうけどね! 多分……。
「というか、本当に料理できたんだな」
「疑ってたのかよ……」
ジト目で見てくるが、当然それはスルーする。というか、本当に見た目いいよな。なんかお店のみたい。
「ではでは、いただきます」
まずは麻婆豆腐を一口。
「……美味い」
辛すぎず、かといって甘いなんてことも無く、ちょうどいい辛さ加減。そして奥から感じるコク。……俺がいつも作ってる麻婆豆腐とは全然違う……。
続いて餃子を一つ米の上にのせる。羽根付き餃子……。米と一緒に一口で食べる。
「うわっ、凄……」
しっかりとした味付け、そして米との相性も抜群。米が進む。というか、手が止まらない。
「ってか、どうしたらこんな味になんだよ」
「そうそう。兄ちゃんだと、どう頑張っても普通の味にしかならないのに」
「普通言うな」
文句を言いつつも食べるては止まらない。いやまじどうなってんだこれ。すごい美味い。
「普通だよ、普通。麻婆豆腐は砂糖をひとつまみ入れたぐらいだし、餃子は餡を一回冷蔵庫で寝かしたぐらいだ」
「そんなことするのか……。俺そんなに手間かけたことない……」
「いや、そこまで手間ではないろ……」
ともかく、手が止まらないほど美味い。水本さんなんか、一心不乱に食べ続けてるし。さすが清治。変にスペック高い。
「もう今度からうちでご飯食べない?」
「それ作るの俺だろうが……」
「うん。まあ……」
図星をつかれて思わず視線を逸らしてしまう。そんな俺の態度に、清治は呆れたようにため息を吐いた。
「無理だ。諦めろ」
「いやさすがに冗談だけどねー」
苦笑いで俺はそう答える。さすがに本気ではない。来て欲しいとは思うが、そこまで図々しくなれない。
「えー、冗談だったのかよ……」
「おい、杏華。さすがに本気ではないに決まってんだろ……」
残念そうにする杏華。というか、お前さっき『人様に飯作ってくれって頼むのどうかと思うぞ』とか言ってただろうが……。
そんなたわいのない会話をしながらも、食べ進めていった。
「……ふぅ、美味しかったです」
満足げな顔の水本さん。というか、この人食べてる最中一切喋らなかったな……。
全員が食べ終わったようなので、俺は台所へ皿洗いをするために向かった。四人分なので、いつもより多い。というか、いつもの倍だからな……。
油の少ないものから順に洗っていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「兄ちゃん、ゲームやろうぜー!」
そんな妹の言葉に俺は聞こえる程度の声量で答える。
「なんのゲーム?」
この問いに、数瞬の間が空いた後、答えが返ってきた。
「人生ゲーム!」