夜のコンビニ
「よっしゃー! 勝ったー!!」
画面に表示されるのはレースの結果。右を向くと、大喜びなご様子の妹が。左を向くと、とても不機嫌なご様子のクラスメイトが。
「というか、これどーなってんだ。特に最後」
ボソリと呟いた声にガバッと水本さんが食いついてきた。えっ、なになに、怖い。目が怖い。あと近い!
「最後のあれなんなんですか! 本当に訳わかんないんですけど!!」
「お、おう……。ってか、大声出せたのね……」
かなり負けたのが悔しかったのか、見たことがないくらいに大声を出す水本さん。
「いや、俺に聞かれても……」
「ふっ、お前ら甘いな。あたしがどうして勝てたのか、説明してやるよ」
そうドヤ顔で話し出したのは、今回のゲームで一位をとった杏華だった。
「まず、最後は水が流れてきて小さくなった。ここまでは分かるだろ?」
「はい、まあ……」
だからこそ納得いかないのだ的な微妙な表情を浮かべる水本さん。そんな顔を見て、杏華は気分がいいとばかりに頷くと、話を続けた。
「あの瞬間、ちょうどぶつかりそうになったピーマンが水とぶつかって消滅したんだよ!」
まあ、状況を見るにそうとしか考えられない。有り得るのかどうかは、俺はそこまでこのゲームに詳しくないので知らないが。
「そんなことが有り得るのか?」
「兄ちゃん、実際に有り得ちゃってんじゃん。それに、可能性自体は低いけど、こういう前例がないってわけじゃないし……」
やれやれはーわかってないなーと言わんばかりに頭を振る杏華。うわー、すっげえ腹立つ。
「ってことは、完全に運じゃないですか!」
またしても大声で噛み付く水本さん。ってか、半泣きじゃん。ええ……どうしよ、ティッシュとか持ってきた方がいいのかな……。
戸惑う俺を他所に、妹は水本さんに諭すように肩に手を乗せて、語りかける。
「美恵さん、運も実力のうちって言葉聞いたことねぇですか?」
「はい……」
「つまり、どれだけ才能があっても努力をしても、運がなければ実力は発揮されねぇっつーわけです」
優しく語り掛ける様はまるで聖母のよう。さりとて、微妙に素が出てるところが残念感を演出している。あと、言っていることは謎なのに、雰囲気のせいで正しいことを言っているような気がしてくる。
「運で勝つなんてずるいという言葉は、負け犬が言うことなんだ。だから、運が悪かったことを認め、精進することが次の勝利の近道ってわけ」
「な、なるほど……」
納得しちゃったよ。杏華は昔からこういう変なところがある。突然人が変わったように、雰囲気だけが変わって人に教えを説く。俺はこの状態を聖母モードと呼んでいる。ただ、基本的に言ってあることは謎理論だが、説得力だけはある。雰囲気で。あと口調のちぐはぐ感がすごい。
「まあとりあえず。罰ゲーム、どうすんの?」
よく分からん空気になる前に、早めに聞いておくことにした。こういうのはちゃんと聞いておかないと後々面倒くさいことになるからなぁ。
そう聞くと、聖母モードが一瞬で解けると、ガバッと顔を上げて目を輝かした。
「じゃあー、コーラとアイスと、梅おにぎりと、たい焼きの里買ってきて! 二人で!」
ほくほく笑顔で早口でそう頼んできた。……ええ、二人で……。罰ゲームなので仕方の無いことだと割り切ることにする。
「あ、分かりました。コーラとアイスと梅おにぎり、たい焼きの里ですね」
さっきまでのテンションはどこへやら、既に落ち着いたかのようにすくっと立ち上がると、玄関へと向かって歩き出した。
「あっ、ちょっと待って。じゃ、ちょっと出るけど……変なことすんなよ?」
「はっはっはっ! キョウカさんがなにかやらかすとでも? そんなわけねぇーだろ!!」
いや、杏華だからなぁ……。心配だ。何が心配って? ちゃんと家の中で留守番してくれるかどうかから心配だ。いや本当に。
「ちゃんと家に居ろよ? 分かったな?」
「兄ちゃんはあたしをなんさいだとおもってんだよ……」
呆れたような目で見てくるが、杏華だからこそ心配になるんだよなぁ……。と、心中で呟きつつも、そろそろ行かないと水本さんを待たせてしまうので、足早に玄関へと向かう。
「じゃあ、行ってくるー」
「おーう。頼んだぞー」
足早に玄関へと向かうと、ちょうど水本さんが外へ出ようとしているところだった。
「……やっと来た」
☆ ☆ ☆
夜空は少し曇っていて、月があんまり見えない。そのため月明かりがなく、いつもよりは少しだけ暗い。朝と比べると涼しいコンビニまでの道中をゆっくりと歩く。
車はほとんど通っておらず、時折通る車のライトによって見覚えのある景色が一瞬だけ映し出される。
「今日は色々とありがとうございました。夕飯もご馳走になってしまって」
「ああ、いいよいいよ。気にしなくて。四人分も五人分も一緒だし」
カレーは往々にして残るものだ。特に家族の分も作るとなると余計に量を作ってしまう。つまるところ、こちら側への迷惑など一切ない。
「それに杏華の友達なんだから、このぐらい気にしなくていいから」
「ははっ。まあ、たまに会うぐらいですけどね」
苦笑いを浮かべてそう答える水本さん。歳も二歳ほど離れてるんだし、たまに会うぐらいが当たり前だと俺は思うけどな。
「まあ、いつでも遊びに来いよ。あいつも楽しそうだったし」
「はい。負けっぱなしはいやなんで、絶対にまた来ます」
一瞬キラリと好戦的に瞳が光ったような気がしたが、気のせいだと決めつけてスルーすることにした。
「ははは……」
苦笑いを浮かべていると、コンビニの光が見えてきた。コンビニの駐車場には車が二、三台あるだけであまり店内に人がいないことが伺える。
「いらっしゃーせー」
店内に入ると、やる気のない店員の声が聞こえてきた。あー、これだよこれ。この感じが夜にコンビニに来た感があるんだよなー。と、くだらないことを考えながら、頼まれたものを探すことにする。……えーと、コーラにアイスに、梅おにぎりにたい焼きの里……。なんだこれ、宴でも始める気か?
「とりあえず、梅おにぎりとアイスとってくるから、コーラとたい焼きの里を頼んでもいいか?」
「分かりました。コーラとたい焼きの里ですね」
杏華のアイスの好みを知ってるのは俺だけだからな。……えーと、ポッキンパッキンアイスはー、と。アイスを探している最中、梅おにぎりを見つけた。……けどしそ梅なんだよなぁ……。まあいいか、梅だし。
梅しそおにぎりを手に入れ、さらにアイスも手に入れる。そして、お菓子が売っている隣の棚の方を見てみる。
「えーと、見つかった?」
「あ、はい。この二つでいいんですよね?」
水本さんが持っているのはたい焼きの里と赤いラベルのコーラ。……うーん、まあいいか。
「それでいいと思う」
まあ、違っていても食いはするだろう。あいつ、ガチで舌がダメだったぽいし。
「382円になりやーす」
気の抜けた店員の声。財布から百円玉を四枚出して支払う。
「18円のお返しになりやーす」
レシートと小銭を受け取り、財布の中に分けていれる。
「ありゃしたー」
気の抜けた店員の声に見送られ、コンビニから出る。
「あー、なんがごめんな。こんなことに付き合わせちゃって」
家に帰る道中、不意にそう思い口に出す。よく考えれば、俺だけが行けばいい話だったのだ。わざわざここまで一緒に来てもらう必要はなかったのだから。
「いやいや、私ゲームで負けたんですし、罰ゲーム受けなきゃ卑怯じゃないですか」
「そういうもんかねぇ……」
「そういうもんですよ。じゃないと、私が勝った時に気兼ねなく罰ゲーム決められないじゃないですか」
そのあんまりなもの言いに、思わず乾いた笑い声がこぼれる。彼女は、結構な負けず嫌いなのだろう。と、そこで疑問が湧いて出てきた。
「じゃあなんで、テストとかは頑張らないんだ?」
彼女は数学は俺と同じく赤点組。負けず嫌いなら、一番になるために勉強するかと思うのだが、俺の思い違いなのだろうか。
「え? いやだって、テストって互いに互いを競争相手って意識してないじゃないですか」
「はい?」
要領の得ない答えが返ってきたので、思わず聞き返してしまう。
「ゲームだと、しっかりと相手は私で、私に勝つためにプレイするって意識がありますけど、基本的にテストって個人競技じゃないですか」
「……まあ確かに」
要は、一人相撲ということなのだろう。明確な相手がいないテストでは、彼女は燃えない。そんなふうに割り切ってしまっているのだ。きっと。
「ま、その辺は私の個人の意見ですから」
「確かにそうだな」
そんな軽めの相槌を返しながら、また俺は不意に昼の光景を思い出す。認識すらされていなかったはずが、いつの間にやら軽口が叩けるようになっている。不思議なもんだなぁ……。
「あっ、そろそろだな」
そんなことを思っていると、既に自宅付近まで来ていたようだった。
「今日は色々とありがとうな。楽しかった」
そう言うと、彼女はうんと小さく頷いた。
「私も楽しかったです。……これなら忘れなさそう」
最後の方は小声になっていて聞き取れなかった。なんて言ったのか聞こうと口を開いたが、それを遮るように水本さんは言った。
「じゃあ、この辺で。また明日会いましょう、山岡くん」
そう言ってぺこりと一礼して、俺の家の隣の家に入っていった。そこで、ふと違和感に気づく。
「あれ? 俺の名前……」
やっと覚えてもらえたらしい。ほっと一息吐くと、俺も家へと入っていった。杏華がアイスやお菓子を待っているであろう姿を想像しながら。
「ちょっと、コーラは赤いやつじゃなくて黒いやつ! あと、梅しそおにぎりじゃなくて梅だけのあのパリパリした海苔のおにぎりだって!!」
「いや、似たようなもんだろ……」
「全然違うから! ほら、もっかい行ってきて!!」