普通のカレーと野菜カートと
「なあ、ぐちゃぐちゃなんだけど……」
冷蔵庫前でビニール袋の中身を見てみると、そこには野菜や牛乳パックや卵パックなどが統一性が皆無な状態で入っていた。
よかった……卵割れてないっぽい……。
「あー、まあ、気にすんな」
「いや、せめて卵入ってる時は気にしてくれ……」
軽く窘めるが、杏華は何処吹く風とばかりに水本さんの方に行ってしまった。
「つーか、美恵さんって兄ちゃんと同高だったんだなー」
「はい。まさか杏華ちゃんのお兄さんが山……クラスメイトとは思いませんでした」
あれ? 俺もう名前忘れられてない?
野菜や牛乳パックをそれぞれ分けて冷蔵庫に入れていると、二人の雑談が聞こえてくる。
「兄ちゃんのクラスでの様子ってどんなんなんだ?」
おいやめろ、お兄ちゃんの私生活を探るのは。
止めようかと一瞬迷ったが、よく考えてみれば水本さんは今日まで俺の事をクラスメイトと認識してなかったので、問題はないだろう。……悲しくなんてない。……本当だから。
「えー、あはは。あっ、でも、なんか、ここでのお兄さんの雰囲気は学校と比べたら違う気がする」
……うまく誤魔化したな。ってか、さすがにあまり仲良くない人相手に家の感じで話しかけるわけにもいかないだろ。一般的にどうかは知らんけど。
「晩ご飯、食べていくかー?」
晩ご飯の支度に取り掛かりつつ、声を張り上げて聞いてみる。すると、二人同時にぱっとこちらに顔を向けてきた。
「え? いいんですか?」
「さっすが兄ちゃん、気が利くー!!」
申し訳なさそうにする水本さんに、指をパチンとならして褒めたたえてくる杏華。
「ああ。気にしなくていいぞ」
「それじゃあ……ご馳走になります」
思わず、妹や清治にする感覚で話してしまっていた。が、水本さんは気にしてない、というか気づいていないようなのでこのままでいくことにする。
「兄ちゃん、今日はなにー?」
「んー、無難にカレー」
「おー! 兄ちゃんカレー!!」
杏華は瞳をキラキラさせながら、ガッツポーズをとる。……それ、毎回言ってるんだよなぁ。別にカレーじゃなくても喜ぶっていうね。
「へー、山……お兄さん、カレー作るの上手なんですね」
「いや、そういうことじゃないぞ」
「そうそう、ほんと普通のカレーって感じ」
杏華の反応で勘違いしたらしい水本さんの言葉に、兄妹揃って首を横に振る。
「不味くはないと思うけど、特別美味いって程じゃないぞ」
「そうそう。ザ、普通って感じ。高級な店を食べ歩いたあと、無性に食べたくなるって言うか」
「それ、褒めてる?」
「絶賛絶賛」
褒めているのか貶しているのかはわからないが、絶賛というからには褒めているのだろう。そう前向きに受けとって、支度を続ける。
「まあ、食べてみれば分かるって。おふくろの味とお店の味を足して二で割った感じ」
「それ、美味しいんですか……?」
よし、あいつの分にタバスコ入れたろ。
そんな決心をしつつ、俺はカレー作りに勤しむのだった。
☆ ☆ ☆
「「いただきます」」
配膳が終わると、適当に食べる前の挨拶をしてから食べ始める。……うん、やっぱり普通だ。
「うーん、普通だな」
杏華がタバスコ入りのカレーを口の中に入れながらそんなことをほざいていた。……それ、タバスコ入りなんだけど。それなのに普通とか舌がおかしいんじゃねぇの、こいつ。
しらっとした目を杏華に向けていると、何やら納得したような声音が聞こえてきた。
「……ああ、確かに家の味とお店の味を足して2で割った感じ……」
ふむふむとしきりに頷いているが、そこは納得して欲しくなかった。いやほんとに。
「やっぱり普通……」
「兄ちゃんの料理って普通だよなー」
水本さんはしみじみと、杏華は嬉しそうに普通と口を揃えて言う。
「……ねえ、普通なら美味しいでよくない? 普通に美味しいでもいいけど……」
「兄ちゃん、普通に美味しいじゃねぇんだ。普通なんだよ。なんか、こう、評価しにくい味なんだ」
ポンっと俺の肩に手を乗せて、しみじみとそんなことを言いやがる我が妹。……評価しにくい味ってなんだよ。美味いか不味いか以外に評価ポイントあるのかよ。
「うん、やっぱり普通だ。なんたってキョーカちゃんの舌に狂いはないからな!」
何言ってんだこいつ……。狂いありまくりだろ。だってタバスコ入りなんだから。
「一つ言っとくが、それタバスコ入りだぞ」
「ええ!? ちょっ、それ早く言ってよ!!」
「いや、さっきから普通普通って言ってるから大丈夫かなー、って思って」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃない! それ聞いたらだんだん辛く……うわっ、微妙な辛さ」
微妙そうな顔で、水を飲む杏華。ってか、言われなきゃ気づかないのか……。
「なあ兄ちゃん、交換してくれよー。兄ちゃんが余計なもの入れたんだから責任取れって」
「お前は余計なこと言ったけどな」
スっとこちらに寄せてきた皿を受け取り、こちら側のカレーの入った皿をあちら側に寄せる。
タバスコ入りのカレーを一口食べてみる。
「あー……」
微妙な辛さ。辛すぎず、甘すぎず、と言えば聞こえはいいだろうが、この場合は舌に残る辛さとその奥に感じる妙な甘さのミスマッチ。……これに違和感を感じなかった杏華の舌の方が心配になってくるんだが。
「ふぅ……。普通に美味しかった」
「いや、できれば普通は……いや、なんでもない」
声のした方を見てみると、そこには完食したらしい水本さんの姿があった。
「いやー、やっぱり兄ちゃんの飯は普通だよな!」
そしてその言葉に何故か嬉しそうにする杏華。いやほんと、なんでこんなに嬉しそうなの……。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
「いや、だってこれに関しては共感してくれる人がいねーんだもん。兄ちゃんの飯を食べる人って、大体あたしか兄ちゃん、たまに父ちゃん母ちゃんぐらいじゃん」
「はあ……」
要は、共感してくれ人ができて嬉しいんだな。わけ分からん。
「ま、どうでもいいからさっさと食うぞ」
「どうでもいいって……、兄ちゃんが聞いてきたんじゃん」
杏華の講義には耳を貸さず、黙々と食べ続けると、諦めたのか杏華も無言で食べ始めた。
うーん、微妙。
☆ ☆ ☆
食事が終わり、俺は食器洗い、妹は水本さんと楽しくおしゃべりという理不尽を感じていると、突然杏華が声を張り上げて俺に話しかけてきた。
「兄ちゃーん、レースのゲームやろーぜー!」
「いや、俺、食器洗ってんだけどー!!」
「いーじゃん、そんなん後でー!」
こいつ……。イラッときたが我慢我慢。もう手遅れな気もするけど、一応クラスの人が家にいるんだし、ケンカはよくない。
と、苛立ちを抑えていると、再度声を張り上げて俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃあー、それが終わってからでいいからー!」
手伝ってくれはしねぇんだよなぁ……。内心で愚痴りつつも、すぐやろう今やろう早く早くと言わないだけマシだと思い、返事をする。
「りょーかい。ちょい待っとってくれ」
「はいほーい」
妹の軽い返事を聞いて思わずため息が漏れてくる。ほんとこいつ、兄孝行的なことしねぇんだもんなぁ……。
食器洗いが終わると、手をタオルで拭きながら杏華と水本さんの下へと向かう。
「あっ、兄ちゃんきたきた」
ブンブン手を振り回す杏華。そしてその周りにはコントローラーが散らばって、テレビもゲームの画面が表示されている。
俺が食器洗いをしている間、ゲームを始める用意をしていたらしい。
「んじゃ、始めるかー」
コントローラーを握って始めようとすると、おかしな笑い声が聞こえてきた。
「ふっふっふっ。まだだよ、兄ちゃん。まだ特別ルールの説明をしていねぇ!!」
ばっと手を上げて高笑いする杏華。俺は水本さんに視線であいつ何言ってんだ? と、聞いてみたが、水本さんも私もわかんないと言っているように、ふるふると首を振った。
自然、杏華の下へと視線が集まる。それに気をよくした杏華はふふんと笑うと、ドヤ顔でなにやら話し始めた。
「普通にやったら楽しくないだろ?」
「いや別に」
「つ、ま、り、勝った人が負けた二人をパシれる的な罰ゲームとかどうよ?」
俺の言葉を無視して話を進める杏華。ってか罰ゲームって……。
「私はいいですけど……」
「俺も別にいいぞ。あっ、でも、高いものを買ってこいとかはなしな」
一応保険をかけておく。新作のゲームを買ってこいとか言われたら、困るからな。
「大丈夫大丈夫。どっちかっていうと、買いに行くという労働が罰ゲームだから」
「あー、ってことはお菓子とか買ってこいってことか?」
「そーいうこと」
一通り話し終わって満足したのか、コントローラーを握ってソワソワしだす杏華。どうやら、早く始めたいと催促してるらしい。
「んじゃ、始めるぞー」
お馴染みのステージ選択画面でランダムと選ぶ。結果、水本さんの選んだステージ、草原のようなステージが選ばれた。
「そーいや、一発勝負?」
「そ、三回だと引き分けの可能性があるし。それだとつまんねーし」
ちらと見てみると、杏華はワクワクソワソワしていたが、水本さんは割とガチな目で画面を見ていた。……ええ、怖っ。
そして始まるレース。スタートダッシュは三人とも成功し、上々の滑り出しでスタートする。
加速重視の激軽車体で先頭を走る。一つ目のアイテムボックスはバナナ。後ろからの攻撃に備える。
と、その横を一つの車が走り抜けた。
「なっははは! 今あたしは風だ! 止まらねぇぜ!!」
スピードアップアイテムのほうれん草でも使ったのだろう、一気に差をつけられる。
一位、杏華、二位、俺、一つ飛んで四位に水本さんの順で二つ目のアイテムボックスに辿り着く。
「おし、ほうれん草!」
タイミング的には最高だ。ここからなら、ショートカットが使える……!
と、ほうれん草を使おうとした瞬間、同タイミングでピーマンが飛んできた。それをバナナで一度防御するが、二個目のピーマンが飛んできてスピン。その横を一つの車が走り抜けていく。
「うわあ!? ちょっ、誰! 兄ちゃん!?」
俺と杏華両方にピーマンを当てて一位へと躍り出たのは水本さん。そこから更にほうれん草を使って一気に独走状態となった。
そこからしばらく、一位は変わらず水本さん、二位に杏華、飛んで五位に俺の状態で最後の周回となった。
「よし……!」
二個目のアイテムボックスでほうれん草を入手。そしてそのままタイミングを見極めてショートカットをした。
「うわっ、兄ちゃんずりー!!」
「戦術だよ、戦術」
ショートカットはこの『野菜カート』で認められた戦術なのだ。
と、完全に独走状態で走っていると、上から何やらかぼちゃが……って……!?
瞬間、かぼちゃが落ちてきてスピンする。その隙に杏華と水本さんが隣を抜き去っていく。
「まじかよ!」
何とか挽回しようとするが、最後のアイテムボックスから出たのは無敵効果を付与してくれる肉だった。
「どーしよーもねー……」
ラストスパートに入り、もうどうにでもなれと肉を使用する。それとほぼ同タイミングで、水本さんが杏華に向かってパプリカを投げつけた。
「ちょっ、このタイミングで赤ピーマンは無理だって!」
ホーミング機能がついたパプリカが杏華の車にぶつかる瞬間、突如空から水が流れてきた。
「へ?」
何故かそのままゴールする杏華と小さくなる水本さん。そして、小さくなる水本さんの横を通り抜ける無敵状態の俺。
「え? これどゆこと?」
「さあ?」
結果は、一位杏華、二位俺、三位に水本さんといった結果となったのだった。