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日常の一幕  作者: 警備員さん
3/14

クラスメイトとの下校


放課後。西日が教室へと差し込み、そろそろ日が沈むことを知らせてくる。教室の中では影が三つ。そして、二つのペンを走らせる音だけが教室に響いていた。


「…………」


ペンを止めると、ふーっと息を吐きながら椅子にもたれかかる。すると椅子からギィッと錆びた音がして、その音で先生は俺へと目を向けてきた。


「山岡、出来たのか?」

「はい、一応……」


机の上にあるプリントを持って、教壇の隣の机に座っている先生の所へ持っていく。


「……期待はしないでくださいね?」


そう言うと、先生ははーっと深いため息を吐いた。


「自分で解いた問題ぐらい自信もって欲しいんだがなぁ……」


はははと苦笑いを浮かべる。心の中では、ある程度自信はあるものの、これまでの経験からどうにも口に出すのは躊躇ってしまう。

先生は赤ペンを取り出すと、プリントを見て、キュッキュッと丸やバツを記入していく。最後まで丸つけを行い、再度プリントを見る先生。その先生が、ふっと短く息を漏らした。


「合格だ。やっと七割取れたな」

「いやー、ほんと大変でした」

「まじでな……」


はははと明るく笑ってみせると、先生は額に手のひらをあてる。かなりお疲れのようだ。それもそのはず、放課後に入って約二時間、先生は俺たちに説明してテストして採点してを繰り返していた。


「これであとは、水本だけか」


先生がちらりと奥の方へ視線をやる。それにつられて見てみると、未だにプリントにペンを走らせているショートカットの髪の女子生徒ーー水本さんの姿があった。


「お前らだけだぞ。補習組常連は」


高校に入学して約二ヶ月。中間もあり、小テストも何回かあった。そのうち、俺と同じように補習を受ける人は何人かいたが、毎回いるのは水本さんだけだった。……いやまあ、自分もなんだけれども。


「…………」


水本さんは突然席から立ち上がると、とことことプリントを持ってこちらに歩いてきた。


「はい、あげる」

「おう、貰ってやるよ」


プリントを受け取ると、また先生はプリントに丸やバツを記入していく。

これで水本さんが合格したら先生は補習を終えられる。それもあってか、先ほどよりかは元気なように見えた。


キュッキュッという音が教室に響いて、辺りの静けさを強調する。赤ペンを走らせる音と時計の針の音だけが耳に届いて、それ以外は何も聞こえない。

そして、採点し終えたらしい先生は顔を上げると、ふぅ……と安堵とも疲労によるため息ともとれる息を吐いた。


二人の視線が先生へと集中する。先生はその視線を受け止めるように一度目を閉じて、すぐに目を開けるとゆっくりと口を開いた。


「ギリギリ、合格だ」


再度安堵の息を吐く先生。


「というかお前ら、授業ちゃんと聞いてるのか?」

「聞いてはいます……」

「寝ています」


聞いてはいるけど、理解出来ているかは別の問題なだけで……。

俺たちの答えを聞いた先生は、額に手を当てた。


「山岡はともかく……水本、授業は聞いておけ……」

「学校では基本的に寝てるんですよね」


本当に今日は疲れているのか、先生はそれ以上は何も言わずに深いため息を吐いた。


「山岡、お前席後ろなんだから寝てたら起こしてやれ」

「いや、さすがに無理ですよ……」


この頃では、男子から女子に話しかけるだけでセクハラ扱いを受けるところがあるらしい。そんな時代のうえ、寝ているところを起こそうものなら恨まれることは確実。……うん、無理だ。


そう結論づけていると、「え……」とか細い声が聞こえてきた。何があったのかと横を見てみると、水本さんがこちらを見て目を丸くしていた。


「同じ……クラスの人……?」

「あれ、もしかして認知されてなかった!?」

「いやー、その、私、興味のあることしか覚えてられないですから」


名前を覚えられてはいないだろうとは思ってたけど、まさか同じクラスだったこと自体覚えてなかったとは……。軽くショックを受けていると、クックックと笑い声が聞こえてきた。


「なんですか、先生」


笑い声のした方へと視線を向け、ジト目で睨んでみせる。すると先生は悪びれもせずいけしゃあしゃあと話し出した。


「いやいや、まさか認識されてなかったとは……」

「先生。その言葉、相手によってはすごい心を抉ってくる言葉ですから気をつけてくださいね」


軽く嫌味を言い返すが、先生の笑い声は止まることはなかった。


「……因みに、水本さんは俺のことどう認識してた?」

「毎回補習にいる人……?」


どうやらそこの認識はお互いに一緒らしい。まさか同じ考えとは思わず、ショックを受けるべきか、親近感を覚えるべきか考えてしまった。

……ほんと何考えてんだよ。


「まあ、特に関わり合いなかったもんな。お前ら」

「先生……」


もうやだこの人。わざわざトドメを刺しにきてる……。

頭を抑える俺を見て、先生は楽しげに笑う。


「俺的には互いに教えあって、成績上がるようになって貰えるとありがたいんだかな」

「……頑張ります」


……割とやってるはずなんだけどなぁ。と、内心で愚痴りつつも、返事をする。水本さんもこくりと頷いた。


「覚えてたら頑張ります」

「覚えておくようにしような?」


相変わらずの水本さんの答えに、先生は苦笑いをしながら諭す。その言葉に水本さんはこくりと頷いた。


「じゃ、そろそろ帰れ。鍵返しとくから」


言って先生はシッシッと追い払うように手を振ってきた。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「ああ」


軽く礼をして荷物を持つと教室から出る。

廊下は昼と比べると少し薄暗くなり、耳を澄ますと運動部のかけ声や吹奏楽部の演奏の音が微かに耳に届いてくる。

不意にガラッと扉を開ける音がして、振り返るとそこには水本さんの姿があった。


「途中まで一緒に帰らない?」


聞いてみると、彼女はこくりと頷いた。


☆ ☆ ☆


校門へと向かう道中、誰かとすれ違うことはなかった。耳を澄ますと運動部や吹奏楽部の声や音が聞こえてくるが、時間が中途半端なせいかシンと静まり返っていて人の気配がない。

校門の付近で、佇む人の姿がちらと見えた。


何故かエコバッグを持っていて、くすんだ金髪に相変わらずの無表情。遠目からでも、清治であることが一目で分かる。

清治もこちらに気づいたようで、ビニール袋を持ってない方の手を挙げてきた。俺はそれに答えるように軽く手を振る。


「清治、どうした? 待っててくれたのか?」

「違ぇよ。買い物するついでだよ。……ていうか、なんで水本がいんの?」


清治がジト目で水本さんを見る。すると、水本さんはサッと俺の背中に隠れると、恐る恐る顔を出した。


「え……誰?」


首を捻りながら疑問の声をあげる水本さん。


「一応同じクラスなんだが」

「同じ……クラス……?」


わけが分からないとばかりに再度頭を捻る水本さん。その様子を見ていると、清治が可哀想に思えてきて、笑いが込み上げてくる。


「ははは、お前、覚えてねぇってよ」

「うぜぇ……」


なるほど、こういう気分だったのか、先生は。理解はしたけど、やっぱり腹立つ。


「というか、お前が水本さんのこと覚えてたことが意外なんだけど」

「は? さすがに二ヶ月もありゃ、クラスメイトの名前ぐらい覚えられるだろ」


いや、清治がクラスメイトの名前を覚えていることが意外なんだよなぁ……。口に出したら怒られそうだから言わないけど。


「結局誰なんですか?」


未だに俺の背中の後ろに隠れている水本さんが聞いてくる。


「あー、同じクラスの藤堂 清治。口悪いし、全然笑わないけどいいやつだよ」

「うるせぇよ……」

「ほうほう。藤堂くんですね。多分覚えました」

「いやまあ別にどうでもいいけどよ……」


いつもの無表情に微かに疲労の色が見えた。どうやらこれ以上はやめておいた方がいいらしい。


「そういえば、清治はなんでここで待ってたんだ?」

「だから、買い物だって。あそこで。で、時間的にちょっと待ってみるかって思ってここで少しだけ時間潰してたらお前らがちょうど来たんだよ」


うわー、すっげえ早口。清治は近くにあるスーパーを指さして、一気にまくし立てた。

これは 清治なりの照れ隠しだと受け取って、さっさと帰ることにする。


「じゃ、さっさと帰るか」


俺がそう言うと、二人とも同時にこくりと頷いた。


☆ ☆ ☆


日が沈んでいき、空は夕焼け色から暗い藍色に変わっていっている。あれから、途中で清治と別れて、家に帰るため歩き続けていた。


「ていうか、水本さんもこっち方面なんだね」

「そう。ここからちょっと行ったところです」


進行方向を指さして、水本さんは情報を補足する。

ここからちょっと行ったところか……。俺の家もここからちょっと行ったところだ。そんな共通点から、ありえない妄想が浮かんできた。その妄想を頭を振って追い払うと、足を前に進めることだけに集中した。


黙々と足を進めていると、不意に水本さんの足が止まった。


「あっ、ここです」


足を止め見てみると、見覚えのある家に通り。まさかと思いつつ隣を見てみると、これまた馴染み深い家があった。


「……お隣さんだったのね……」

「……?」


まさかの変な妄想通りおとなりさんだったとは……。逆によく今まで気づいてこなかったなと呆れてしまう。

馴染み深い通りに家。さらに、馴染み深い声まで聞こえてきた。


「ありゃ? 兄ちゃんじゃん! ……あれ? それに……美恵さんじゃん!!」


ビニール袋を振り回しながら、帰ってきた我が妹が俺たちに向かって手を振ってきた。


「え? 知り合い? 二人とも知り合いなの?」


そう聞いてみると、水本さんは何に納得したのか、手をパンっと合わせてしきりに頷いていた。


「ああ。そーいえば杏華ちゃん、お兄さんいるって言ってたような気がします」

「つかなんで二人とも一緒にいんの?」


どうやら、杏華と水本さんは友達だったらしい。ええ……。何この確率……。


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