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それは神様でも悪魔でもなく

「あぁもう何でだろうっ」


 見習い魔道士シェリーは誰もいない草原に寝転び力なく呟く。


 上級魔道士試験に落ちてしまった。上級魔道士試験は1年に1度行われるため、今回不合格となると、また試験を受けるのは1年後ということになる。


 シェリーは幼い頃から、上級魔道士として王国に仕えることを夢見てきた。それは幼い頃近所に住んでいたジゼルという8歳年上の魔道士の影響である。ジゼルは面倒見が良く、いつもシェリーを見かけると優しく声をかけてくれ、シェリーにとってジゼルはまさに初恋の人であった。

 シェリーが10歳になる頃、ジゼルは上級魔道士の試験に合格し、王国に仕えることになった。王国に仕える上級魔道士達は、皆王国の中心であるレゾーナという街で暮らすことになる。生涯そこで暮らすという訳ではないものの、少なくとも10年程はそこで暮らすことになる。

 シェリーにとってジゼルがレゾーナへ越してしまうのはとても寂しく切ないことであったが、それを機に、自分も上級魔道士になることを決意したのであった。


 上級魔道士試験はいわゆる難関試験と呼ばれるものだ。一度の試験での合格者はわずか10人足らずだという。しかしその試験に合格することが、王国直轄の魔術集団の一員として王国に仕えるための必須条件なのである。


 自分が出来の悪い魔道士であることはわかっていた。なぜならシェリーはもうこの試験に4回も落ちているからである。初めて試験を受けた時から、座学は問題なくクリアしていた。しかし毎回技術試験がうまくいかず、今回もまたそれが理由で不合格となってしまっていた。


「諦めるつもりはないけど、何だかなぁ」


 ポロポロとシェリーの頬に涙が伝う。努力が足りないと言われれば、それまでだ。でも何もしなかった訳じゃない。頑張らなかった訳じゃない。でも現実は無情にも不合格の文字を突きつけてくる。


 元々諦めは悪い方だ。上級魔道士として王国に仕えることも、ジゼルとのこともシェリーはずっと全部叶えるつもりでいた。もしかすると、もうジゼルはシェリーのことなんて忘れているかもしれないが、それでも、いやそれならば、今の自分を見てもらえば良い。シェリーはそう思いながら過ごしてきた。


「去年試験に落ちたときだってさ、すぐまた勉強に取りかかれたじゃん。だから今回だって⋯⋯」


 言葉を全て言い切る前に、シェリーは唇を強く噛みしめる。

 今回だって頑張れるはず、泣いてる暇なんてないはずなのに。何度心が折れたって、ただひたすら前を見ていればいつかは必ず報われるといつも自分を鼓舞してきたのに。


 諦めるつもりはない。でも今回は、すぐに起き上がるのはちょっと難しいみたいだ。

 それを認めた途端、シェリーの頬をポロポロと伝っていた涙は大粒の涙に代わり、まるでダムが決壊したかの様にその涙は止まることはなかった。



 気づけばシェリーはそのまま寝てしまっていた様で、起きると辺りはだいぶ暗くなっていた。

 

 この辺りの草原は夜になると急に気温が下がると言われている。

 あまり長居はできないな、シェリーはそう思ったものの、家に帰る気にもなれず再びその場に寝転ぶ。


 今ここで、神様でも悪魔でも良いからやってきて、明確に、技術試験がうまくいかない理由を教えてくれたら良いのに。何が悪いのかちゃんとわかったら、あと1年必死に頑張るのにな。


 そんな起こりもしない妄想をしながら、シェリーはあと5分だけ、と思い目を瞑る。


 すると突然、遠くの方から人がやってくる気配を感じた。シェリーは咄嗟に目を開ける。

 シェリーは人の気配に敏感なことから、肉眼で見ることができない距離にいる人でさえも、気配を察知することが出来る。今回も例外ではないらしく、辺りを見渡したが、人影らしきものは見当たらない。


 もしかして、本当に神様か悪魔でも舞い降りるのか。そんな妄想をしながらしばらく目を凝らしていると、シェリーはふとあることに気づいた。

 今まで感じていた何者かの気配は、神様でも悪魔のものでもなく、シェリーの知っている人のものだということに。

 シェリーはそれに気づいた瞬間、頭の中は真っ白になり、ただその場で座っていることしか出来なかった。

 すると箒に乗った一人の魔道士がシェリーの前に現れる。


「こんなところに一人でいたら、危ないですよ。この辺りは夜になると気温が下が⋯⋯あれ、もしかしてシェリー?」


 シェリーは俯いていた顔を上げる。


 そこに居たのはジゼルであった。


 あぁ、ほんと神様って意地悪。シェリーは心の中でそう呟く。

 あれだけ会いたいと思っていた、会いたくて会いたくて仕方がなかった。でも今じゃない。何で久しぶりの再会という重要なイベントにも関わらず、こんな泣きはらした顔でジゼルに会わなければいけないのだ。


 黙っているとジゼルは泣いていたことに気がついたのか、心配そうな表情で呟いた。


「大丈夫?」

 聞きなれた柔らかい声だ。


 シェリーが黙って頷くと、ジゼルはシェリーの頭をぽんっと叩き、箒に跨る。


「後ろ、送ってくから」


 そう言ってジゼルは箒の後ろを指差す。


 シェリーはすぐに断ろうと思ったが、泣いて腫れた顔は見られてしまったし、もうどうにでもなれと思い、断るのをやめた。

 ありがとう、と一言呟くと、シェリーは自分の箒を魔法で小さくし、ジゼルの箒の後ろに乗った。


「何であんなところにいたの?レゾーナにいるんじゃないの?」


 シェリーはジゼルに問いかける。こちらの顔を見られることがない分、話かけるのも幾分か楽な気持ちだった。


「任務で1ヶ月くらい前から草原を越えたところにある街にいて、今日がその任務の最終日だったからレゾーナに帰る途中だったんだよ」


「そっか」


 少しだけ、ジゼルがまたシェリーの住んでいる街に戻ってくるのではないかと期待したが、その期待はあっさりと裏切られる。


 数分ほど沈黙したあと、シェリーがポツリと呟く。


「今日ね、上級魔道士の試験に落ちたの」


 シェリーの性格上、自分の汚点を人に話すのはあまり気の進むことではなかった。

 しかし今はどうしてか、話を聞いて欲しいと思った。


「うん」


 短く返事をするジゼル。


「私、上級魔道士になって王国に仕えること、出来るかな」


 さっきあれだけ泣いたというのに、その言葉を放った瞬間、また涙の波が押し寄せてきそうになる。

 シェリーは唇を噛み締め、気を紛らわすため体に当たる冷たい風に集中した。


「シェリーは諦めるつもり、ないんでしょ?」


「⋯⋯うん」


「それなら大丈夫。どんなに時間がかかったって、ぶつかることをやめなければ、道は必ず続いてるよ」


 一筋の涙がシェリーの頬を伝う。


「⋯⋯うん」


 震えそうな声を必死にこらえ短く返事をすると、シェリーは大きく息を吸った。


 舞い降りたのは神様でも悪魔でもない。もらった言葉はあまりにも不確実で何の保証もない言葉だけれど。


 それでもーー


「⋯⋯また、頑張ろう、かな」

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