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中編・ふたりの愛し子

 妖精騎士(フェアリーナイト)は虹色の羽を杖や剣に変えて自分の影を叩くことで、馬となるものを呼び出せる。

 冬の魔神様の眷属妖精である熊妖精(アートシー)のノックスが呼び出してくれた枯れ木の馬に乗ってフロンス王国へ向かう。

 海をも司る夏の戦神様の眷属犬妖精(クーシー)のソールが呼び出すのは水中を行くのに適した海藻の馬だから論外だし、秋の女神様の眷属猫妖精(ケットシー)のステッラが呼び出すのは胞子を振り撒く茸の馬だから、なんか嫌だった。


 枯れ木の馬は足が速い。

 昼過ぎに元婚約者がマルゴー共和国の店に来て、その日の夕日が沈む前にフロンス王国王都の城壁にまで辿り着いた。

 というか……そもそもそんなに距離はない。あの男、一ヶ月もなにしてたんだろ。


 枯れ木の馬を仕舞い、妖精(シー)達にも私の影に入ってもらう。

 私の設定は、旅の薬師だ。

 店からいくつかの薬も持ってきている。


 城門へと続く長い列の最後尾に加わる。

 人の行き来があるということは、まだアラナもアーウェルサ教団も妙な真似はしていないのかしら。だと良いのだけれど。

 周囲の様子を窺って王都の状況を探っているうちに、門番のところまで辿り着いた。門番達は全身鎧に身を包んでいる。王都城門の通行料は銀貨一枚だったわよね。


「金貨一枚だ」

「え」


 物価が! 一年と少しで物価が五十倍になっている。

 用意してきた銀貨と銅貨をすべて合わせても、金貨一枚分にはならない。


「持ってないのか?」

「薬で払います!」

「ダメだ。……体で払え」


 私は門番のひとりに、城塞の陰へと連れ込まれた。

 ……物は考えよう。

 妖精(シー)達を呼び出して眠らせればいい。眠らせたら、ちょっとお財布を拝借しますよ。金貨一枚分の薬を懐に入れておくので許してください。


「……ここならだれにも見えないな……」


 門番が兜を脱ぐ。


「ソール、ノックス、ステッラ!」

「わあ、それがエヴリンの守護妖精? おいで、カントル。エヴリン、彼女が僕の守護妖精だよ。クソ叔父夫婦が信用できなくて、その後引き取られた孤児院でも秘密にしてたけど僕、春の女神様の愛し子なんだ」


 初めて見る美青年が、私に微笑む。


「あなた、だれ?」

「ハイラムだよ。クソ叔父夫婦に教団へ売られそうになっていたところをエヴリンに助けられて、孤児院に引き取られたハイラムさ。あの虹色の花はカントルの力を借りて咲かせたんだよ」


 言いながら彼は、私の前髪を掻き上げた。

 その整った顔が曇る。


「ああ。やっぱり痕が残っちゃったんだね。ぶつからないように投げたつもりだったんだけどなあ」

「避けても新しい石を投げさせられると思ったから、わざと当たって血塗れになったのよ」

「エヴリン……」

「本当にハイラムなの?」

「そうだよ。もう十五歳になったから孤児院を出て、王都の門番になったんだ」


 たった一年と少ししか経っていない。

 なのに、私に石を投げたくないと泣いて兵士に殴られそうだった孤児院の子どもを庇って自分が石を投げてきた少年は、立派な青年に成長していた。


「身長が二倍になった?」

「そこまで伸びないよ。成長期だっただけさ。それに去年の僕は女顔だったから、余計に小さく幼く見えたんじゃないかな?」

「大人びた顔になったわね」

「ハイラムは悪い人間じゃないわふ」

「カントルが言ってるクマ」

「さっきから話に出てるカントルって?」

「カントルはブンブン歌っているのにゃ」

「蜂? そうね、春の女神様の眷属妖精は蜂の姿をしているんだったわ」


 ハイラムの周囲を飛ぶ蜜蜂は、よく見ると確かに虹色の羽だった。


「帰ってきたってことは、王宮を乗っ取ったお義兄さんとクソ女をやっつけるんだろ? こんな日が来ると思って、王宮へ忍び込むための隠し通路は見つけてあるよ。カントルが見つけてくれたんだけど、門番仲間も協力してくれたんだ。変に清廉潔白に見せると疑われるから、旅人から賄賂を受け取ったり通行料代わりに淫らな代償を要求したりする腐敗門番を演じながらね」

「そう。あなたが色ボケになってなくて良かったわ。でも……どうして私が戻ると信じていたの?」

「エヴリンが自分を虚仮にした奴らを許すはずがないもん。ひとりで国から逃げたナイトハルトのクソ王は、とっくに始末したんだろ? 今ごろ海の藻屑かな」

「……あなたの中にある私の印象はどうなっているの?」

「ナイトハルトのクソ王太子には見る目がなかったよね。普通の侯爵令嬢は、孤児や貧しい人を食い物にして慈善活動の邪魔をする犯罪組織をぶっ潰したりしないもの。婚約破棄の糸を引いて国外に排除したアーウェルサ教団のほうが、あなたを理解してたよね」


 まあそれで、教団に売られそうになっていたハイラムを救えたのだから、犯罪組織の壊滅には意味があったのだけれど。

 もう一度妖精(シー)達に影へ戻ってもらい、私は王都の中へと入った。

 ハイラムとは孤児院の跡地で落ち合う予定だ。義兄とアラナ様が王宮を乗っ取ってすぐ、教団が孤児院に押し入って顔の良い子どもを攫って行こうとしたので、ハイラム達自称解放軍が子どもを逃がして孤児院に火をつけたのだ。子どもたちは今、王都の下水道に隠れ住んでいる。ハイラムの守護妖精カントルが下水道に種を運んで野菜を育ててくれたので、結構過ごしやすくなっているようだ。


 ハイラムは、私が義兄やアラナ様を打ち倒すまで付き合ってくれるという。

 こんな面白い見世物見逃せないって……遊びじゃないのよ?


 一昨年の秋、通っていた学園の卒業パーティで私は婚約破棄されて追放を宣言された。

 そのときアラナ様にはクソ王太子ナイトハルト殿下、いえ、いけない、ハイラムの話し方が移ってしまったわ。……こほん。アラナ様には王太子ナイトハルト殿下をはじめとする五人の取り巻きがいた。

 殿下改め陛下と義兄以外の取り巻きは、廃嫡されて酒浸りになって亡くなったり、追放されたアラナ様と一緒に侯爵領へ押しかけて仲間割れして殺し合ったりして、今はこの世にいないという。


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