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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「好奇心が猫だけを殺す」(12)

死体が歩いている。

それは多種多様な者の暮らす龍の国であっても、他の国と同じく異常な情景だった。世界は生を正とする。アンデッド、と呼ばれるものが知性を獲得した例をフランチェスカは見たことがない。不死者と呼ばれる者たちはちらほら居るが、それは文字通り「死なない者」であって、「歩く死者」ではない。


死体が歩いている。

信じられない、という反応でなかったのは、実際に死体が歩いたところを見たことがあるというのもある。しかし一番は、それがフランチェスカ自身がした依頼の報告だからだ。

リアニメイト、ネクロマンシー、リビングデッド。

彼女がその眼帯をつける原因となった事件に、濃密に、直接的に関わりのある忌まわしい死霊術。

フランチェスカは密かに、死霊術の痕跡を見つけたら報せてほしいと情報を募っていた。ベティ・モーだけでなく、幾人もの情報屋や傭兵達へネットワークを張っていたが、スケルトンやグールなどの、モンスターの目撃情報ではなさそうなのはこれが初めてだった。


「歩いているのは、死んだばかりのやつか?」


フランチェスカが答えを促すとベティ・モーは、わかりませんね、と首を振る。最初に聞いた時より増えてるみたいですけど。短い付け足し。


「市中か?地下か?どの辺りだ?」


問い返すフランチェスカの横で、メイド服の暗殺者は別のことを考えていたようだった。


プラムプラムに張った安全策、ベティ・モーが単独で行動しているという事実。

そして彼女が、ハニカムウォーカーが地下牢にいることを把握していなかったという情報によって導かれる結論がある。

メイド服が、割り込むように用心棒の名前を呼んだ。


「モー」

「なんですか」

「プラムは無事なの?」


ベティ・モーの顔が少し曇る。彼女は小さく首を振った。


「あの!クソッ!女!」


だん、と壁を叩く音。珍しくハニカムウォーカーが感情を表に出し、そして自らの剣幕に自身で驚いたのか、少し気まずそうに拳を降ろす。一瞬で軽く呼吸が乱れていた。

フランチェスカは無言だった。


「落ち着いて、掃除屋さん。そういう意味ではないです。ミス・リィンは彼女を丁寧に扱いました」

「丁寧だって?」

「細工屋は、表面上は無傷です。それに関しては私がきちんと確認しました。貴女は、貴女にできる範囲の護衛の仕事は立派にやりきったと、誇っていい」


その言葉が指す意味に気付いて、ハニカムウォーカーは今度は壁を蹴った。ごん、ごん、と二度、力を込めて蹴飛ばす。

モーは振り返り、事情を知っているか、とでも言いたげな顔でフランチェスカを見つめた。知らん、と彼女は両手を広げてみせる。

ハニカムウォーカーに、説明を止めようという素振りはない。モーはため息をついて話し始める。


「私達の友人である細工屋、プラムプラム・フーリエッタが昨日、ミス・リィンの屋敷で彼女に毒を盛られたのです。昏睡毒です。掃除屋さんと同じ晩のことです」

「なんだって」

「宮廷のひとたちは知らないかもしれません。ミス・リィンはきっと、そこに細工屋がいた痕跡を隠蔽したでしょうから」

「なぜだ」

「宮廷会議の面々に説明するのに都合が悪かったんじゃないですか」


フランチェスカはその事実を知らなかったが、プラムプラムの件については、リィンは完全に一方的な加害者だ。意識を奪う毒を、騙し打ちで飲ませている。昏睡状態のホビットが倒れたままの客間で、同じく昏睡しているハニカムウォーカーとの戦闘の解説をするのは、被害者の立場で行う告発としてはスマートとは言えない。


「そういうことか」


フランチェスカは事態を認識しなおした。

リィンの説明では押し入ってきた賊相手にやむなく応戦したようなニュアンスだったように思うが、発端がプラムプラムとリィンの揉め事なのだと考えるとしっくりくる。そこに、おそらくは護衛として入ったハニカムウォーカーがリィンと交戦して怪我を負った。そう考えるとストーリーはすんなりとはまる。


実際、その想像は半分しか正しくないが、ハニカムウォーカーとリィン、どちらかが一方的に悪いのかという問題の答には然程の影響を与えない。

手順に問題があったかどうかは別として、そこで行われたハニカムウォーカーとリィンの争いは、フランチェスカの立場からすると、ほとんど“フェアな決闘”に近い。

フランチェスカは、暗殺者を「龍敵」と表現したさっきのロイヤルガードを思い出す。ハニカムウォーカーの周りで、あるいは、龍を取り巻く宮廷で一体何が起きているのか。その違和感の中心は一体なんなのか。


ベティ・モーは続けてその晩、リィンの屋敷で起きたことの背景を語る。


「まあ、そういうことです。ミス・リィンは掃除屋さんのことが嫌いなんですよ」

「こっちだって嫌いだ」

「ちなみに今回の私の契約内容は、“ブラッディ抑止力パック”でした。契約主が手を出さないことを最後まで堅持した場合に限り、流された血の合計量を最低でも8倍以上にして相手方にも流してもらっちゃおう、というプランです。あ、ちなみにこれ私の事務所の一番人気のプランなので赤襟屋さんもよかったらいつかご利用くださいね」


流れるように営業がかかったベティ・モーの“ブラッディ抑止力パック”。

本気になった彼女の報復の恐ろしさは九月事件以来、龍の国にも知れ渡っている。そんな彼女が戦闘状態に入った場合の「報復」を保証するというのは、思ったよりも大きな抑止力になった。

今回のようにモーが同行しないケースはイレギュラーではあるが、彼女という“抑止力”は、龍の国の個人間の争いにおいては、ほとんどの場合には十分な効果がある。


「ともあれ細工屋は毒を盛られて現在、昏睡状態にあります。目を覚ます気配はありません」


ハニカムウォーカーは片手を壁につき、何かに噛みつきそうな顔をしている。


「ねえモー。あの名前の長いクソ女、もう殺そうよ。わたしそろそろ我慢の限界だ」

「概ね同感ですが、万が一しくじって恨まれるのも嫌なので…」

「手伝ってくれなくてもいいよ、止めないでくれればそれでいい」

「まあ、計画によっては手伝わないこともないですけど…」

「やめろ、私の前で公人の殺害計画を練るな」


フランチェスカが話を遮ったが、ハニカムウォーカーも黙らない。


「チェッカ、公人ってのはもう少し公序良俗のことを意識した奴のことを言うんだ。いいか、あの女はそうじゃない」

「うるさい。だとしても殺していい理由にはならない。そういうのは私の居ないところでやれ。それよりフーリエッタ卿はご無事なのか」

「はあ」


ベティ・モーは気の抜けた返事だ。彼女なりに憤ってはいるようだが、今ひとつ表情に出ない。


「まあ、死ぬ毒じゃない、というのはミス・リィンの弁明どおりのようなんですが、医者の見立てでは、目覚めるのが明日なのか2ヶ月後なのかは分からないとか言うんですよ。長命種の方の“すぐ目を覚ます”というのはちょっとアテにならないんですよね」

「2ヶ月!あのきちがいエルフ、やっぱりぶっ殺すべきだよ」

「そこのメイドは一晩で起きたが、ダメなのか」


ちら、とモーがハニカムウォーカーの黒い角に目をやる。有角種は、内臓・身体機能自体が比較的頑健な傾向にある。一方、プラムプラムは酒にさえ、あまり強くない。


「多分、取り込んだ量も違いますし、そもそも掃除屋さんはだいぶ頑丈な方なので…」


言いかけ、思い出したようにモーはハニカムウォーカーに身体を向けた。


「ああ掃除屋さん、一応確認ですが、今回の契約内容に貴女の怪我は含めてませんよね」

「ああ、そうだよ。ちゃんと約束は守ってる。君のことはブラフのカードとしても使ってない」

「ですよね。掃除屋さん、その辺ちゃんとしてますもんね」


にこ、と笑うその表情は可憐で、即物的な暴力の気配はないが妙な凄みがあった。


「昨晩、ミス・リィンから確認ありました」

「なんて?」

「細工屋を引き取りに行った時、床でノビてる貴女を指して、今こいつを殺したら私が報復するか、みたいなことを、直接」

「マジか」

「あの人、質問の仕方本当ヘタクソですよね」


フ、と笑ってモーは続ける。


「契約なので報復する、って答えておきましたよ。そうしないとその場で掃除屋さんのこと殺しそうだったし、実際ちょっと気分悪かったので」

「……カッコ悪いとこ見られちゃったな」

「本来なら、掃除屋さんみたいな人はリスク高すぎてお金いくらもらっても請けませんけど、今回だけはサービスです。ひとつ貸しですよ」

「ありがとう。お陰で命拾いした。借りはすぐ返す」


照れているのか、よそ見をしながらハニカムウォーカーが伸びをした。快活とまでは言えないが、声に幾らかの余裕が戻ってきた。


「急に暇になってしまった。迎えにきた奴はどっか行っちゃってるし、友達はしばらく寝たきりときた。死体が歩いてるんだろ。モー。わたしは最近なんだか、歩く死体とは奇妙な縁があってね。捕まえるにせよ、もう二度と動かなくするにせよ、いいよ、何でも手伝うよ」


歩く死体、という言葉に反応してフランチェスカが一つの目でハニカムウォーカーを見つめる。


「なんだい。そんな顔して」

「奇遇だな」


表情の読めない顔でフランチェスカはハニカムウォーカーに応えた。


「歩く死体との縁。私も同じだ。大切な友人の…死体を探している」

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