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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「好奇心が猫だけを殺す」(7)

間合いに踏み込んだ時の、意識の隙間を刺すような動きとは全く違う空気。くるりと無防備に背中をさらし、ハニカムウォーカーは自分の寝台に戻る。その背中には、いくつかの傷。血の跡。少なくともリィンとの戦闘で受けたダメージは跡となって彼女に傷を残している。フランチェスカは片方の目を少しだけ細めてその跡を見る。


「わたしは一体、どの罪でここに放り込まれてるんだい」

「まず、伝えておこう」


フランチェスカは低い声で、彼女の背中に声をかけた。語るのは、意外な事実だ。


「貴女の罪状に、明確なものは今のところ何もない」

「なんだって?」

「貴女をここに収容したのは、宮廷会議の暫定的な結論だ。告訴人は貴族の屋敷への、不法侵入と暴行、器物損壊、それからなにか、些末な罪状も喚いていた気がするが、すまん。興味がなかったので私はあまり聞いていなかった」

「侮辱行為かな」

「ああ、そうだったかも知れん」


剣姫が、ちら、と扉を見た。


「例のエルフ様はとにかく、貴女を牢獄に放り込むか国外に追放してやりたいみたいだったが、どれも要件を満たしていない。彼女の話自体に不審な点が多すぎたのだな。宮廷会議はエルフの私的機関ではない。収監せよと喚く者がいたとて、規約に沿って手続きを踏まねば何事も為されない」

「だったらなんで」

「これは、保護だと思ってもらって構わない。私は罪人でもないし、看守でもない。貴女の警護だ。隣の部屋は、正確には牢獄の房ではない。問題があって、こう、今や繋がってしまっているが元々は倉庫だった」

「問題、ねえ!誰か脱獄しようとしたのかい?」


ハニカムウォーカーは一瞬、笑い出すような声を上げたが、すぐに黙る。思い出したように、彼女は首をかしげた。


「警護、ってことはチェッカ。これは『赤襟傭兵団の仕事』って解釈でいいのかな」

「そうなるな」

「自分から志願した?わたしに会いたかったのかい?」

「そう言って欲しいのか?」


返事をせず、また少し黙る。ハニカムウォーカーの声のトーンが少し変わった。


「いや、存外これは重要な点になるかも知れない。君がここに居るってのが、君の意思なのか、それとも誰かが、そうなるように仕向けたのかってのがさ」

「言っている意味がよく分からんが、私から志願したわけではない」

「そう。指示されたんだね。それは誰から」

「赤襟の傭兵のことは、家長が決めるのが掟だ」

「ザーグ。フェザーグラップ・アンデリックか。君は家族じゃないだろ。それとも赤襟の誰かに嫁入りしたの?」


軽口に首を振って剣姫がため息をつく。


「…そうではないが、仕事内容に関しては、一族も、客分の私も例外ではない」


何かを考えているようだったハニカムウォーカーも、やがてまた、フランチェスカと同じように首を振った。話題を変えるように、肩越しに声をかける。


「で、さっき、扉を見たのは?これから誰か来る予定なのかな?」


寝台に荒く腰掛けたハニカムウォーカーは、肩越しに振り返ったのも不満そうな表情だ。フランチェスカが話の途中に扉を見たのは確かだが、大仰な動きではなかった。背中に目がついているような暗殺者の問いに、剣姫はやはり首を振って答える。


「いや、その予定はないはずだが、少し、嫌な感じがした」

「そういうの信じるタイプだったっけか?」

「まあな」

「奇遇だね。わたしもさ。わたしの武器はどこだい?」

「表に置いてある」

「なんてことだ」


そういってハニカムウォーカーがフランチェスカの方へ身体を向けるのと、牢獄の扉がガチャガチャと音を立てるのは同時だった。誰かが、扉を開こうとしている。扉は重く、覗き窓もない。


「誰だ!」


フランチェスカの誰何の声。左に鞘を引き寄せ、束に手をかける臨戦態勢だ。彼女の半径、弧を描いて死の領域が見えるような必殺の間合いが即座に生まれる。

同時にハニカムウォーカーは、まるで液体になったようにどろりと前転しながら床を這い、扉の脇、蝶番側の隅に音もなくぴたりと収まった。

それを見て、フランチェスカは一歩下がる。扉から入ってきた相手を両断できる間合いから、わざわざ一歩、外れた。暗殺者はおどけたような顔で彼女を見て、そうそう、とでも言いたげな表情で小さく頷く。


扉の外の相手は答えず、開こうとしている。錠の外れる音がした。


「開けるな」


フランチェスカは、大きくはないが通る声で警告を発した。


ばん、と勢いよく扉が開く。そこにいたのは竜である王の警護を行うべき兵、ロイヤルガードだ。薄青く光る戦術魔法の込められた鎧、すっぽりと覆う兜。ひとりは戦斧を構え、ひとりは大楯を持つ。

ハニカムウォーカーは、開いた扉の裏にすっぽりと隠れるような形で姿が見えなくなった。


「私は開けるなと言ったぞ!何用か!」


フランチェスカは剣を抜かない。抜かないが、依然として束にかけた手を離さない。盾を持ったロイヤルガードが一歩、二歩と室内に踏み込んだ。


「話と違う、こいつ、なぜ武器を持っているんだ」


兜でくぐもった声で大楯が問う。フランチェスカが剣を構えていることに明らかに動揺していた。相手が、王である龍の儀仗兵であることに躊躇っているのか、それとも大楯相手ではさすがに分が悪いのか、フランチェスカがさらに一歩下がった。

追うように盾と戦斧が距離を詰める。


「待て、こいつ」


戦斧が兜の中から少し慌てた声を出した。


「こいつ、ハニカムウォーカーじゃない」


フランチェスカの顔をよく見ようとしたのか、大楯の傍から戦斧が身体を出した。ほんの僅か、フランチェスカの身体が低く沈む。


「私はお前たちに聞いた。何用かと、たしかに尋ねたぞ。答えなかったのはお前たちだ」

「おい女、お前、あの角つきを一体どこに」


そこまでだった。


「お前たち、二人きりだな。不用心だぞ」


フランチェスカの通る声が襲撃者の人数を明らかにした途端、扉がゆっくりと閉まり、二人の退路を絶った。扉の裏には、冷たい顔をしたメイド姿の暗殺者だ。顎を上げ、二人を見下ろす。


「殺すなよ!」


叫びながらフランチェスカが抜いた刀が、構えた戦斧の右手の四指を鮮やかに斬り飛ばした。

ほとんど同時にハニカムウォーカーが隣の大楯の膝を背後から蹴り抜く。悲鳴をあげる隙さえもなかった。膝を折った大楯の頭を掴み、勢いよくそのまま兜ごと後頭部を床に叩きつける。

フランチェスカが斬り上げた刀は翻り、今度はバランスを崩した戦斧の側面を襲う。がきん、と硬質な音がして、片手握りとなった戦斧が大きく弾かれた。


両手で大楯の頭を叩きつけた暗殺者は、そのまま、逆立ちする軽業師のように足を振り回して戦斧の脇腹を蹴る。黒いフリルのついたスカートが翻った。

完全に体勢を崩した戦斧の上に、飛び込むように倒して馬乗りになったのはフランチェスカだ。

刀は逆手になっていた。兜の隙間、喉から剣を差し込む寸前の体勢で、彼女は止まる。まるで、弓を構えるような姿勢でフランチェスカは刀を喉に突きつける。


「指を失くしただけなら、まだ話くらいはできるな?」


彼女は片方の目で、ロイヤルガードを見下ろした。


「私は、呼びかけを無視されるのが嫌いだ。わかったら返事をしろ」

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