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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「好奇心が猫だけを殺す」(2)

フード姿は、少し震えるようにして目の前の集団を順番に窺う。絡んできた男が二人、半分背を向けたリーダー、立たされていたエルフのほかに、まだ積極的には関与しないメンバーが二人。


「ほ、ほらっ、ちゃんと言いました!だからもう通してくれませんか!」


その声色だけを聞けば、酒場でチンピラたちに絡まれた少女が、必死で抵抗しているようにしか聞こえない。

男たちは決めかねていた。これは、口の利き方を知らない少女が追い詰められておかしくなった受け答えなのか、それとも、それを演じた上での丁寧な挑発なのか。

集団がその結論を出すよりも一瞬早く、結論がどうであれ行動に差がないと判断したのだろう。彼女に話しかけていた二番目の男が椅子から降りざま、暴力的に手を伸ばす。


「やっ、やめてっ」


ごとん、と荷物が床に落ち、自由になった少女の両手が男の突きを受けた。触れるか否かで、べぎん、と異質な音がして男の右腕、肘から先があり得ない角度に曲がった。続けて流れるように少女の肘が、男の喉に吸い込まれる。


「やめてって、私言いましたよ!」


男は声も出さず、完全に戦闘力を失って椅子に押し戻されたまま項垂れた。その目は既にどこも見ておらず、口からは血泡が垂れている。一目でわかる、危険な状態だ。

最初の男が、彼の惨状を横目で見ながら、一瞬の間を置いてフード姿の肩口に手を伸ばした。それは敵対行動を認識したというよりは、条件反射的な動きと言えた。

少女は今度は、掴まれるがまま引き寄せられる。自分で引き寄せておいてそのあまりの手応えのなさに、逆に男は対応ができない。怒声すら出せずただ懐に抱き迎える格好となった。


「…ん…っ!」


詰まる声も、まるで強引な客引きに抵抗するような調子だったが、完全に間合いの内側から、伸ばした指が男の喉に刺さった。やはり声を出さずに男が白目を剥く。


「乱暴、やめてください…っ」


声と、状況がまるでちぐはぐだった。

体を入れ替え、少女が伸ばした指先を引き抜くと一瞬置いて、まるで栓を開けたようにぼたぼたぼた、と大量の血が垂れる。ぐらり後ろに倒れる大きな身体を先程のエルフが慌てて手を出したが支えきれず、巻き添えになってその大きな身体に半分つぶされそうになっている。

離れたところにいるバーテンからは、小競り合いや、客同士の軽い衝突程度にしか見えていないが、既に二人が瞬時に、音もなく静かに、完全な戦闘不能に追い込まれている。

異常事態であった。


「いい加減にしてくれないと、私、怒りますよ…!」


エルフに支えられた男の服で手の血を拭いて、フード姿が少し強い声を出した。男の陰にいるエルフは何もできないままだ。押し殺した声だが、初めて少女の声に敵意が生まれていた。

そんな少女への返答がわり、半分背を向けていたリーダーが振り向きざまに短剣を放った。カウンターに置かれていたものだ。いつのまにか武器封が解かれている。殺意を込めて頭部を狙ったそれを少女はしゃがんで躱すが、一瞬遅れてフードが持って行かれた。


はらり、とその顔が露わになる。

化粧っ気のない青白い頬、上目遣い。汗ばんで、かすかにうねる細い髪。怯えたような目をした少女。

ソフィア・ウェステンラであった。

彼女が宮廷の地下牢獄からグラスホーン・パトリックノーマンマクヘネシーを拉致・脱獄してしばらくが経っている。市中に姿を見せた彼女のそばには、しかし、不運なエルフの姿はない。


そして、少女のかなり後方では別の騒ぎが起こっていた。

フードを裂いて直進した短剣は、まったく関係ない長身の有角人の戦士の背中に突き刺さった。一拍置いて、野太く盛大な悲鳴が響き渡る。


刺された戦士の連れは、さっきから小競り合いをしていた近くのグループの仕業だと誤認して、いきなり手近な相手に斬りかかった。斬り上げた剣が鮮やかにきらめき、ビールジョッキの上半分とともに指が3本、宙に舞う。

斬られた男と、周りの客が再びの悲鳴。


両断されたジョッキがくるくると飛んで、また別のグループの、軽装の魔術師の脳天に落ちた。がちゃん、音とともに砕けて派手な流血、三度目の悲鳴。

大声が響くたび、悲鳴と怒号、流血の範囲が増してゆく。


てめえ、だれだ、さっきから、女の顔だぞ、やめろ、いてえ、ころしてやる、そっちが先に、冗談じゃない、やめろって、誰だ。

様々な怒声が酒場に渦巻く。誰も事態を把握できていない。そこにはただ狂騒と敵意、害意だけが爆発的に発生していた。


人は、自分から仕掛けることを躊躇うタイプでも、それが「反撃」にあたると自覚した瞬間に暴力へのハードルが著しく下がる。戦闘を始めた三つのグループは、それぞれが自身を被害者だと信じて疑わない。おれたちは、何もしていないのに理不尽な攻撃を受けた。自分の身は自分で守らなければならない。先に手を出したやつが悪いのだ。報いを、受けさせねば。これは正当な権利だ。やられたままでは居られない。


積極的に喧嘩に参加しようという者、巻き込まれまいと慌てて這うように入り口に向かう者、事態を鎮静化させようと、必死で止めようとする者。騒ぎの発端を求めて三様の騒動が拡大してゆくが、誰も酒場奥の、ソフィアたちには目を向けない。酒場中央での騒ぎは瞬間的に、そしてあまりにも大きくなりすぎている。


フードを取られ、その顔をあらわにしたソフィアは背後の様子を振り返り、そして憤慨したような声を出した。


「あなた、公共心というものがないんですか!酒場で、人がいる方に向かって刃物を投げるなんて」

「おまえが…それを言うかね」

「私は何も、恥ずかしいことなんてしてません。私、悪くないですから」

「こういうオカシイのがゴロゴロしてるんだよな。怖いねえ、龍の国ってのは」


リーダーはうっそりと返事をしているが、その身のこなしに隙はない。戦闘力の高そうな風体だ。慎重にソフィアから距離を取っている。体術の恐ろしい威力はすでに見た。残りの二人も戦闘態勢には入っている。


椅子の男の口から新しい血泡はもう止まっていた。呼吸自体をしていない。

新入りエルフに支えられていたもう一人の男の体からも力が失われ、新入りエルフは重さを増した死体から逃れようともがいている。元々戦力になるとは思っていなかったが、盾程度にも使えそうになかった。

残る仲間とどう連携を組むのが正しいのか。それとも無駄な損耗を避けるため、これ以上の戦闘は回避すべきなのか。

戦闘職としての算段を窺わせない、眠たそうな口調である。


「おうおう、見事に、殺しちまって、まあ」


その声色は落ち着き、目の前で仲間を殺されたものとは思えない。

無駄口の裏で、彼の中ではある程度の結論が出ていた。実際ところ一団の付き合いはそれほど深くなかった。仕事のために集まった急拵えのパーティだ。死んだメンバーは今日が初対面だったしそれに、そもそも仲間が死んだり殺されたりすることを日常の仕事にしている一団である。

ここは、これ以上争っても益になることはない。騒ぎに便乗して殺しておいた方が後腐れはないだろうが、果たして残った三人でリスクなしに殺せるだろうか。

考えれば考えるほど、答はノーだ。


「しかし嬢ちゃん…見たことがあるぞ、おまえ」


和解の糸口を探すためか、交渉を優位に進めようと煙に巻くためか、迂闊に呟いたそれが彼の死因だった。


その言葉を聞いた瞬間、ソフィアが消えた。まるで瞬間移動のような猛烈な速度で距離を詰め、足を掬う。リーダーが半回転して倒れるのと、その喉にソフィアの踵が突き刺さるのは同時だった。男を踏み殺しながら上体を捻り、ソフィアは再びフードを目深にかぶる。

彼女は、乱闘の喧騒を背景にして、静かに尋ねた。


「ほかに、私の顔を見た方、います?」


その場に残っているのは二人。

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