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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「わたしたちは友達が少ない」(13)

「見たところ、自動人形だけどそれなりに意思疎通はできるんだろ」


暗殺者は、無造作にナイフを下げたまま一歩、人形に近寄った。エルフが頬を拭うような素振りを見せる。アルコールが回ってきたのか、ほんのり顔が赤い。

ハニカムウォーカーが親しげに人形に話しかける。


「ミオット、といったね。やめておいた方がいい。わたしはそもそも知らない子どもに抱きつかれるのが嫌いだし、今、ちょっと取り込み中なんだ。君のマスターはひどく酔っ払っている。ああ、それはいつものことかな」


自動人形は刃物を恐れない。無機質な目が、単純に指示を乞うように、リィンに向く。


「その者は客ではありません。命令を聞く必要はありませんよ、ミオット」

「これは命令じゃない。君のために言っているんだよ。あの頭のおかしい女のことは一旦忘れるんだ。いいかい。キッチンに行って、グラスを拭く仕事に戻れ」


言い切って、ハニカムウォーカーは改めてリィンに向き直った。人形は綺麗に相反する指示を出されて、どうしたらいいのか分からないようだ。


「荒っぽい交渉も嫌いじゃないけど、こういうのはあんまり趣味がよくないな。お嬢様。わたしは今夜、残りのお給金を貰うためにここに来た。ただ、最初から全額貰えるだろうとは思ってないし、貰おうともしてないよ。わたしにも落ち度があったのは認める。誠実に仕事はしたけど、確かに多少のズルもした。だけどそっちにも落ち度がある訳だし、契約云々の話をするなら、ちゃんとお互いが納得する落とし所を探るべきだと思うんだよ」

「ハニカムウォーカー、わたくしの主張は変わりません。交渉の余地もありません。あなたも誇り高い龍の国の民ならば、契約通り、最善の仕事をなさい」

「龍の国の民!ねえ!」


呆れた口調で暗殺者は腕を広げる。


「あのね、もうこの際、契約の内容がドブ底のヘドロみたいだって話は置いておこう。そもそもはわたしも、その人でなしの仕事を半金手付で受けたわけだしね。だけどさ」


ため息。リィンはまるで応えていない風に目を瞑って首を振る。


「お嬢様、確かにわたしはこの国で、腕を示せっていわれたから龍の試しもやったよ。終わった後は龍との誓約も済ませた。でも、それは“貴女と”じゃない。貴女は、龍じゃない」

「何ですって」

「わたしが言いたいのはとってもシンプルなことさ。都合のいいとこだけ、龍の名前を出すなってこと。所詮みんな流れ者だ。貴女だって、この国で生まれた訳じゃないだろ?龍の国に身を寄せたけど、元はといえば同じ、何者でもない同士じゃないか。そうやって権威を借りる姿勢を、わたしは美しいとは思わないし、そもそも、龍が聞いたら怒るんじゃないかなと思う。だって、まるでザコのやる仕草だよ、それ」

「ミオット!!」


女主人の怒声に、人形は即座に銀盤を捨てた。たわんたわん、と空虚な音がする。表情のない人形に怯えた風はないが、緊急の命令だと解釈したのだろう。

勢いよく人形がメイドに飛びついた。メイド姿の暗殺者は小さく舌打ちをしてナイフを隠し、人形の左手を逆手に捻る。


「恥知らずのホーンド風情が!」


同時にリィンの背後で、縁を研がれてレンズのようになった氷の円盤が展開された。孔雀が羽根を広げたように、死の円盤が、部屋の暗い灯りを反射してオレンジに煌めく。


「やめろって言ったのに」


ハニカムウォーカーは聞こえないくらいにつぶやいて、掴んだ人形の腕の付け根、左手に自分の足をかけた。鞭を振るように彼女が息を吐くと、べぎん、と濁った音がして人形の左腕が外れ、その胴体は地に倒れる。悲鳴はない。

メイドは飛来する三枚の円盤を、もぎ取った人形の腕で叩き落とし、二つを受け止める。パンケーキくらいの直径、半ばまで人形の腕にずっぷり刺さった円盤は生身には十分すぎる殺傷力だ。


「あのさ。やり直したいの、殺したいだけなの、どっちなの」


ハニカムウォーカーの声が冷えている。人形の腕をだらんと下げ、半身でエルフを睨む姿は、モノトーンの衣装であることもあって妙な迫力があった。

残る円盤は、八つ。

黒い頭角の付け根あたりを掻いて、暗殺者は口の端を歪める。


「嫌になっちゃうよな、あんなにダサいと思ってた君たちと、結局同じことをしている。殺し合いをする前に挑発したり、もう止めろよって言ってみたり」


深い、深いため息をついて、彼女は床の自動人形を見下ろした。

人形の頬に、血が跳ねたようにぶどう酒が飛んでいる。人形は瞼も閉じず、起き上がりもしない。主人の命令がないからか、腕を捥がれたダメージが深いのか。


「できないことに挑戦するのは常に美徳ではないよ、か」


もう一度の長いため息は、最後、ほんの少しだけ震えた。


「……なんか、だんだん腹が立ってきたぞ。わたしはやめろって言ったのにさ。警告したよな。わたしは確かに言ったんだ。やめろ、って」


人形でもない、床でもない。遠くを見ながら彼女は低く、呪うような声を絞り出す。俯いた頬に、影が落ちる。


「もうやめだ。予定変更」


吹っ切れたようにハニカムウォーカーは顔を上げ、再びリィンを睨んだ。下げた人形の腕を振ると、突き刺さったレンズが床に落ちた。彼女は、噛み付くような表情をしている。


「契約はもう終わり。わたしは前金だけで満足したことにして、後金を要求しない。なんか聞きたいこととかもあった気がするけど、もう沢山。それなら文句ないよな。わたしはプラムを連れて帰る。クソ喰らえだ。とんだ無駄足だった」


落ちたレンズを踏み砕き、メイドが一歩前進する。


「その前に、契約満了の念書を書くから検印として判子を頂戴できるかな、お嬢様。ああ、でも朱肉もインクも品切れだ。こいつは困ったな。でもそうだ」


芝居がかった仕草で彼女はぐるんと腕を回した。


「高貴なエルフ様の血は蒼いんだっけ?ならこの際、蒼でもいいや。その鼻、へし折ってインクの代わりにしてあげようね」


拳を構えて凄む暗殺者をエルフが鼻で笑った。8枚のレンズが位置を変え、彼女のガード範囲、顔を守るようにしゅるしゅると回転しながら威嚇する。


「あら、ついに本性が出たわね。賤しく、野蛮な、ホーンドの顔。気に入らないことがあるとすぐ腕力に訴えようなんて。恥を知りなさい」


エルフは一歩も引かない。むしろ、支配者のように一歩を踏み出す。

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