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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「わたしたちは友達が少ない」(12)

ちり、と鈴の鳴るような音が響き、グラスを持ったリィンの周りの空気が圧搾されて尖った。


ほぼ同時に何かの塊が、さっきまでハニカムウォーカーのいた位置、胸の高さに撃ち込まれる。音とほとんど同時の速さである。扉に、釘を打ったような跡が四つ、残っている。


攻撃を読んでいたのか、もうそこに暗殺者はいない。大きく避けて、低い体勢を取っている。

ゆっくりとリィンの側の酒瓶が倒れ、中身が絨毯に吸い込まれてゆく。とぷとぷとぷ、と、戦闘の幕が開く。


「あーあ。お酒の染みって落とすの大変なんだぞ」


暗殺者は片手を床に置いた姿勢から、もう一度跳んだ。

一瞬遅れて、今度は足元から何かが噴き上がるように絨毯が波打つ。ぼ、ぼ、と絨毯を突き破って何かが今度は、天井に釘穴を開ける。


「なぜ、龍に選ばれた崇高な民の中に、あなたのようなホーンドや、汚れ耳なんかが混じってしまうのかしら!」

「政治的に正しくない発言、いいのかな!でも、それこそが君たちの言う『多様性』ってやつだろ」

「わたくしは、時々、この醜い現実に耐えられなくなります!」


リィンが立ち上がる。

彼女の背後に、冷気が霜を散らしながら渦巻いた。

冷気の渦から暗殺者に向けて何かが次々と射出されてゆく。たんたんたん、とリズミカルに床の穴の数が増える。あっという間に、リィンとハニカムウォーカー、入り口の扉を繋ぐ直線上は床も壁も、ズタズタの荒れ放題だ。


「乱暴な物言いになったらごめんよ、お嬢様、今夜のわたしは色々なことが一度に起きて、ちょっと情緒が不安定なんだ」


言葉の途中で再び暗殺者が飛び退き、再び深い色の絨毯がめくれる。波打った厚い絨毯が弾け、勢いのついた何かが絨毯を突き破って飛び出す。


「部屋を荒らすのは自由、貴女の屋敷だからね。でも片付けも自分でするのかな。さっきの人形ちゃんが頑張るのかな。部屋の中も折角の調度品なのに、勿体なくない?」

「召使の格好をしているなら召使らしく!おとなしく打擲されるべきなのでは?!」

「メイド服を見ると反射的に鞭を取り出すの、性癖歪んでない?そりゃ人形としか暮らせないわけだよ」


暗殺者は今度は後転しながら点射を避ける。余裕のあるような口ぶりだが、少しずつ息が上がってきているようだ。


「わたしはね、ただ単純に、雇用関係が完結してないというのもあって、どうしたものか躊躇ってるだけさ。残りの半金も頂いてないしね」

「ならば、報酬に見合った仕事をなさい!」

「わたしを穴だらけにしたら、心を入れ替えて働くようになるってマジで思ってんの、ちょっと根深いところがイカれてるんじゃない?」


言葉と裏腹に、ハニカムウォーカーはまだ一度も反撃に転じていない。


「それに、『仕事』って呼べるものかな、あんな善良なやつをさらにかわいそうな目に遭わせるなんてさ。倫理が仕事してないよ」

「ちょこまかと…いい加減、観念なさい!」


フッ、とリィンが冷たい息を吐くとグラスの中身が揺れた。彼女の指先から、唇から、漏れ出す魔素が渦巻いている。


「!!」


瞬間、さっきまでの射撃と比べて、格段に速い何かがメイド服姿の暗殺者の肩口を掠めた。半身を捩りながらも避け損なったハニカムウォーカーが傷口を押さえる。押さえた手を、そろそろと鼻先に持っていって、メイドは心底嫌な顔になった。


「何を撃ってきてるのかと思ってたけど、これ、酒か!」


リィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリームが得意とするのは低温魔法だ。

生命を何より尊いものとするエルフには珍しいタイプの技能ではあるが、考えてみれば膨大な魔素を使役することに長けた種族と、膨大なリソースを要求する低温魔法は相性自体はいい。

彼女の攻撃の正体、それは極低温にした液体を釘状にして撃ち出すという、極めて単純なものだ。アルコールの凝固点は低い。彼女の魔素コントロールの為せるものではあるが、魔素の量さえ確保できれば、単純な分だけそれは応用が効く。


リィンの背後には、いつのまにか氷柱が虚空から出現していた。よく見ればそれは氷柱ではない。無数の、回転する薄い氷板が僅かな隙間をあけて並んでいる。しゃりしゃりと軽い音がするのは、それぞれに回転する氷板の縁が擦れ合い、鋭く研がれてゆく音だ。散った霜は、夢の花のように虚空に消えてゆく。


いつのまにか、メイド姿の暗殺者は追い詰められているようであった。プラムプラムが昏睡しているソファを背負って、エルフが彼女を切り刻むべく氷盤を研いでいる。


ハニカムウォーカーが反撃しないのは、もしかしたらその位置取りのせいかも知れなかった。彼女のナイフ投げの技術は、確かに精緻ではあったが、対角線状に無防備な友人が倒れている状態では制限がかかる。

彼女が何を考えているのかその表情からは窺い知れなかった。負傷した暗殺者は、少しだけ汗をかき、うっすらと笑みを浮かべていた。


「ミオット!」


リィンが大きな声で呼ぶと、すっかり傷だらけの扉が開いて、銀の盆を抱いた先程の給仕人形が姿を見せた。中性的な、表情のない目がハニカムウォーカーを見つめる。見たところ、戦闘向きの人形ではない。


「その、ふざけた格好をした女の動きを止めなさい」

「服の話はするなよ、ちょっと反省してるんだ」

「ミオット!」


人形と目が合って、ハニカムウォーカーは軽く微笑んだ。微笑まれても人形の表情は変わらない。戸惑ったような顔に見えるが、おそらくは照明の加減だ。

打ち消すように首を振って、暗殺者はついにナイフを抜いた。彼女の顔からも笑みが消えた。


「いいかい。さっき、プラムは見逃したけど、わたしはそこまで寛容じゃない。貴女を決して殺さないとは約束していないよ。これは警告だ、お嬢様。その、子供の姿の人形を戦闘に参加させたりしてみろ、ひどいぞ」

「楽に死にたいなら、動かないことです」

「だから、嫌だって。死にたいやつは、きっと貴女のところにだけは来ない。お嬢様ってほんと、人の気持ちが分かんないよね」


じり、と銀盤を抱えた人形が姿勢を下げて近づく。

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