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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「わたしたちは友達が少ない」(11)

ハニカムウォーカーはソファから離れ、入り口の扉を背にして両手を広げる。つま先が丸く、艶のある靴。黒い靴下。アイロンの利いた袖口。


「話題が逸れてるようだから戻すよ」


その仕草はどこか恭しく、服装がそのものずばりだからか、客を典雅に招き入れるメイドにしか見えない。


「まずひとつめ、貴女は約束をひとつ破った。わたしに一晩、きちんと時間を作ってくれるという約束をだ。貴女が日時まで指定するから、わたしは昨日、わざわざお城の舞踏会の予定をキャンセルして、ドブの中やら天井裏やらを通って忍び込んだっていうのに、だよ。だからわたしは怒っている。少なくとも怒っているということを伝えておかなければならない。お膳立ては全て整えてくれるって話だったはずだ。わたしたちの関係は契約。約束を違えるなら、割増分をもらわなければ割に合わない」

「その横槍はわたくしの責任ではありません。それにイレギュラーがあっても仕事をするのがプロというものではないかしら?」

「言うね。でも、肝心の横槍を入れたのが貴女でない証拠は?」

「そんなこと」


リィンは言葉の途中でグラスを口に運ぶ。


「そんなこと、わたくしがする、意味がないでしょう」


その主張は尤もなものではあった。

補強するだけの証拠はどこにもないが、言葉のとおりである。彼女の、その加虐心のありようを見れば納得もいく。異常とも言える「必要ないこと」への興味の薄さも、それを裏付けている。

彼女は、誰が邪魔を差し込んだかに興味を持たない。彼女が興味を持っているのは、グラスホーンに対してどれだけ残酷なことが行われたかということだけだ。グラスホーンに何が起こったのか。どの程度の苦痛が支払われたのか。リィンはそこにしか興味がない。


またグラスを空にしたリィンに、暗殺者は嫌そうな顔をした。


「言いたいことはわかるんだけどさ。自身の異常性を、自身の無実の論拠に使うのはどうかと思うよわたしは」

「アサシン、今のは侮辱ですか」


静かな怒気。ハニカムウォーカーは受け流す。


「掃除屋だよ、お嬢様。そして別に侮辱ってわけじゃあない。まあ、確かに事実は貴女の言う通りではあるんだろう。だけど、契約は契約だ。契約違反は、わたしのルールではぶっ殺してもいいことになってる」

「あなたは、じゃあ、わたくしのために何をしてくれたというのですか」


ひゅう、とメイド服の暗殺者は息をつく。


「本当は昨日、得体の知れない闖入者を倒した後にさ。アドリブを利かせてそいつの肝臓をかわいそうなグラスホーンに無理やり食わせてやったんだよ。そうやって答えたら満足してくれるのかな?」


幾分投げやりに肩をすくめる暗殺者。その意識は昨晩の、グラスホーンとのやりとりに遡る。


首を落とされた死体の傍。一緒に逃げようと提案した彼女に対して、もう一度縛られた上でここに残るとグラスホーンは提案し返した。

彼は勇敢にも、リスクを冒しても自分は宮廷の中から調べてみるつもりだと暗殺者に告げた。念のためとはいえ、意地悪な誘いをかけたハニカムウォーカーに対して誠実すぎると言ってもいい返答だった。


ミス・ハニカムウォーカー。これは予想なんだが、リィンお嬢様の性格を考えたら自分の目で僕を見に来るんじゃないだろうか。その時はきっと一人じゃないと思う。このロイヤルガードが彼女の手によるものであろうとなかろうと、貴女を寄越した以上、朝になったら中立のお供を連れて「救助」という体で来るはずだ。建前上、お供の目があるなら、その場で僕を殺すことはできないはずだ。つまり、朝まで生きてさえいれば僕は「救助」され、中に残って陰謀を調べることができる。そうじゃないか?


結果、その彼の予想は、ひとつを除いてすべて当たった。


「死骸の肉を喰わされたことにしよう」と提案したのも、意外にもグラスホーンの方だった。

その発想は、ある意味では尻に焼けた鉄を挿入するよりも猟奇的なものだったが、「死骸の肉を食べさせる」というのはエルフの中では逆に想像しやすいくらいにはポピュラーな「おぞましい行為」なのだという。あのお嬢様には、僕が死体の肉を泣きながら喰べたって伝えてくれないか。その証明のために必要ならば、本当に食べるよ僕は。


グラスホーンは決意の言葉と裏腹に、沈鬱な表情で彼女を見た。平静を装っているが、それなりの覚悟がないと出てこない提案だった。


でも、肉の熟成は随分デリケートな工程だって聞くよ、と昨晩のハニカムウォーカーは答えた。わたしの予想では、ひどくおなかを壊す。やめておいた方がいいね。

青白く、悲壮な顔をしたグラスホーンの頬と口回りに、暗殺者はまるで愛おしく撫でるように死体の血を塗った。


ハニカムウォーカーは彼を縛り上げ、再び完全に拘束してから偽装工作の一環として部屋を荒らした。屋根裏に潜み、追加の刺客に備えた。結局、部屋には誰も訪れなかった。朝になってグラスホーンが「本当のロイヤルガード」に連れられて行くところをハニカムウォーカーは静かに見守った。


誤算はひとつ。

リィンが、ハニカムウォーカーの報告を待たずに、偽装工作の示した結論に即座にたどり着いてしまったことだった。本当はこうして、夜にこっそり報告をするつもりだったのだがやりすぎた。状況証拠を揃えすぎてしまったのだ。かわいそうなグラスホーン・パトリックノーマンマクヘネシーは、「救助」されるのと同時に屍肉食いのエルフの烙印を押されたうえで地下牢獄に「保護」されてしまった。


グラスホーンの提案は、暗殺者がリィンから受けた仕事を完納するための提案だった。ハニカムウォーカーはこの先もリィンと「繋がっている必要がある」と彼は主張した。


僕を利用してくれよ、ミス。僕だってそれなりのリスクは負う。リィンお嬢様と仲良くして、必要な情報を引き出すんだ。


グラスホーンが屍肉喰いの汚名を被ることに決めたのは、二人の新しい目的のためだ。宮廷に潜む「何か」、少年騎士殺しの犯人探しをするために、何が必要なのか。


リィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリームは、揉め事を起こす方として、取り締まる方として、時には両方の立場として、宮廷で起きるほとんど全ての陰謀や争いに関与する女だ。どこかの敵対や誰かの諍いについて情報を得たいなら、リィンとは友好的な関係を築いておく方があらゆる意味で正しく、賢い。


そのためには、グラスホーンは「ハニカムウォーカーの手によって酷い目に遭わなければならなかった」のだ。


しかし今、ハニカムウォーカーは今、ひらひらと腕を振る。彼女の投げやりな目線の先には大分上気した顔のリィンがいる。その脳裏に浮かぶのは、グラスホーンの顔だろうか。


「いや、いやあ、まあ、そうだなあ」


彼女は腰の高い位置に手を当て、逆の手で、ポニーテールに結い上げたうなじを掻いた。彼に屍肉を食わせたのだと嘘をつくのは容易い。そう答えた方が正しい。そのために彼は投獄されたのだ。


「だけど残念ながら、答えは、ノン。彼は無実だ」

「ノン!」


リィンは繰り返して、くつくつと低く笑った。攻撃的な笑い声だった。


「おかしいわ。じゃあやっぱり、契約の不履行は、あなたの方ではなくって?」

「お嬢様。わたしと、彼の名誉のために一応、お伝えしておくよ。ああ、彼にとっては不名誉な記録にはなるのか。ともかくわたしは、わたしの仕事をきちんとこなした。貴女はこれを信じないだろう。多分これは平行線にしかならないけどね」

「証拠は」

「だからさ、証拠はないよ。ただ、わたしは、わたしの仕事をやり切ったんだ。彼は一度、精神的にはきちんと死んだ。チビる寸前まで、約束通り死ぬほど怖い目には遭わせたよ」

「到底、信じられませんね」

「まあ、そう言うよね。わかる。わたしも、信じてもらうためにそれほど努力しようと思わない。これは言い訳したかった訳じゃないんだよ。わたしは、わたしの主観的には、仕事に対して負い目とか引け目とか、そういうものが一切ない状態だってこと、一応伝えておこうと思ってさ」


ハニカムウォーカーの口調は相変わらずではあったが、剣呑な色を帯びてきている。彼女は準備運動のように両手を組んで突き出し、ぐっと伸びをする。足の筋を伸ばし、身体をほぐし始める。


「契約内容は、“彼を死ぬほど怖い目に遭わせる”だったはずだ。約束の分はきちんとこなしたよ。あとはサービスでさ、彼の指で作ったフライドポテトでも持ってきてあげられれば良かったんだけど、途中で邪魔が入ったし、そもそも貴女に対してそこまで尽くしてあげようという気にならなかったんだ。話してみたら、彼の方がいいやつだったしね。ごめんよ」

「嘘をつくだけでなく、わたくしの信頼を、契約を、裏切るのですね」


長命のエルフの周囲の空気がぱきぱきと音を立てて凍り始めた。暗殺者は苦笑いをする。


「貴女もわかんない人だな」


部屋の中に、戦闘の気配が不意に満ちた。

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