「わたしたちは友達が少ない」(6)
死体のうち、ひとりの身元をリィンは厳かに告げる。
「あまり、大きな声で言うのは憚られるのですが、いわゆる正規の盗賊ギルドに所属もしない、フリーランスの盗賊、男性」
「盗賊」
「いわゆるコソ泥、という類の方だったみたいですね。調べたら枝の国で2件の前科がありました。龍の国が受け入れる民の出自経歴は一切問わないということ、頭では理解しておりますが、やはりいつまで経っても、これでいいのかしらと思うときがありますね」
プラムプラムは龍の国の盗賊ギルド、“テクニカ連絡会”のことを思い出していた。
そのギルドは、主に、まだどの国にも管理されていない遺跡の盗掘やら、法の穴を突くやり方で稼ぐ方法を追求している者たちの互助会だった。この国においては、龍の国の民同士はお互いの同意なしに争ってはいけないという法の下、基本的に国内での盗掘や脱法活動はしていないことになっている。
名目上は「新技術の情報を共有する連絡会」である。それもあって正確には「盗賊ギルド」ではなく「テクニカ連絡会」と名乗っている筈ではあった。連絡会は誰かをギルド長として統制を取っているというわけではなく、本当に緩い寄合のようなギルドだ。
プラムプラム自身、所属だけは所属していた筈である。
テクニカの中にはそれこそ生粋の技術者もいるし、蘊蓄が語れるだけの詐欺師のような連中も所属している。創設時のギルド長は誰だったか。随分前に引退を表明して、名実ともに空位になっていたような気がする。それで十分成立する、緩いギルドだ。
地下礼拝堂で死んだという盗賊がそこにすら所属していなかったというのは、龍の国に来て間もないか、あるいは何か事情があるのか。
「盗賊の方は、龍の国に来てまだふた月にもなっていない、ニュービーの方だったみたいですね。宮廷の花茶会にも参加した記録がないのです」
入国して間もないほうだった。
龍の国、特にテクニカには勝手のわからない新人を食い物にするような連中も多い。武芸で龍の試練を突破するのでなく、技術で通った者は大抵、最初にテクニカの門を叩き、その洗礼を受ける。気の合う同輩を見つけることもあり、師を得ることもある。そして、食い物にされることも。
「なんで、そんな来たばっかりの人だって特定できたの」
それなのですよ、とエルフはまた酒を呷る。プラムプラムは次の一口にどうしても手が伸びない。まだ正気で居られる酒量ではあったが、酒乱のエルフのペースに巻き込まれそうで怖かった。彼女はあまり酒に強くない。
「生贄か捧げものだったのかしらね。礼拝所に南方の動物の死骸があって、その線から洗ったの。この盗賊の方に、生きたままのその動物を売ったという証言が取れたのです」
「ペット?」
「愛玩用と呼ぶには些か、大きくて危ない獣ですわね」
「虎とか?」
「ランガンキャッチャーです」
ふえ、とプラムプラムの喉から変な声が漏れる。
ランガンキャッチャー、それは俗に「ムル喰い」と呼ばれる猛獣だった。密林にあって、目立つ白い毛皮、八本脚で頭のない獣だ。生粋の捕食者で、その名の通り密林に住むムル蝶を喰らうことのできる唯一の動物だ。体温があって動くものならなんでも襲い、有機物なら大抵噛み砕いて餌にする。
「ムル喰いを、売った?そんな業者がいるの?マジで?自分で捕まえてきたの?アレ、捕まえられるもんなの?ていうか街中に持ち込んでいい動物なわけ?」
「まったく、この国には本当に色々な仕事の方がいらっしゃいますわよね」
すこし得意げに澄ました様子を見るに、その手がかりから盗賊にたどり着いたのはリィンの手柄なのだろう。実際彼女の交友は広い。花茶会、というのは新しく龍の国に来た新人たちに龍の国の作法を教えるという名目で定期的に開かれる茶会だ。近年は主にリィンが取り仕切っている。
花茶会で築かれたネットワークは存外馬鹿にできない。ひとは、初めて触れたものをスタンダードだと信じる傾向にある。長命のエルフは、多くの新規入国者にとっての「ポータル」なのだ。彼女が声をかけることで動く民は思ったよりも多い。
「で、そのせっかく買ったムル喰いを生贄に」
「ええ、どうせいかがわしい邪宗の類でしょうとわたくしは思っていますわ。動物には、酷く傷つけられた痕があったみたい。骨まで届くような傷がたくさん。可哀想なことだわ」
「ちょっと待って。情報が急にお腹いっぱい」
プラムプラムが上を向くと、エルフは満足そうに笑った。
「整理させて。地下礼拝所が邪教の館だったのは間違いないとして、そこが火事になって、現場から出た複数の死体のうち、ひとりの身元がわかった。コソ泥」
「ええ」
「ここまでは分かったけど、なんで赤襟が出てくるの?あの人たち、なんか邪教とか信じてたっけ。ただの第一発見者なんでしょ?」
誰もいないのにエルフは声をひそめた。
「その火事の翌日から、ゲッコーポイント・アンデレックが行方不明なのです。父親のザーグからは、どんな些細なことでもいいから手がかりがあったら報せてほしいと」
プラムプラムの喉から再び、ひゅっ、と息が漏れた。




