「わたしたちは友達が少ない」(5)
地下礼拝堂の火事。
聞いたこともない事件だったが、どうして今、不意にその話題が飛び出したのか。この話の流れで脈絡も関連もなく名前が出ることは考えにくい。プラムプラムが知らずとも彼女に関係があるか、あるいは、リィン自身に関係があるかだ。
プラムプラムが空のグラスでエルフを指す。
「地下礼拝堂?お嬢が燃やしたの?」
「まさか。それにわたくしは、炎は好みません」
彼女は静かに微笑んで首を振った。無論プラムプラムにも心当たりはない。地下迷宮に最後に潜ったのはもう何年も前の話だ。どちらにも直接関係ないとしたら、可能性はもう、一つしか残っていない。
先ほどまでいたという赤襟一族の当主、派手好きのザーグ・アンデレックだろう。彼が訪ねてきた用事がそのものずばりだったか、火事にまつわる何かの話をしたのだろう。直後のプラムプラムの不意の訪問を関連付けて考えたということは、おそらく、昨日今日に起きたことと関連している何かだ。
ハニカムウォーカーが彼の息子の生首を宮廷から持ち去ったのも、それをダークエルフに横から攫われたのも昨日のことだ。治安がおかしい龍の国だが、無関係にそんな事件が同時多発するはずはない。
現在、確実に宮廷で何かが起きている。
一月前の地下礼拝堂の火事が、赤襟一族が、宮廷会議の面々が、結びついている。
さっき二人で検分した生首は、赤襟の嫡男、ゲッコのものだ。赤襟と火事に関わりがあるというなら、全ての点と点が繋がりそうで、得体が知れない。
一体、地下礼拝堂の火事が、どうやって線を繋げるというのか。
「火事の話、あたしは知らなかったし、今日は別の用事のつもりだったけど、宮廷でまた何か、起きてるのね」
「まあ、これは、まだ一部のひとにしか知らせられないことなのだけれど」
言いながら彼女は苦いものを飲んだような顔をしたが、それはポーズだ。この長命のエルフは陰謀や争いを、本質では好んでいる。「正義」の側に立って暴力を行使することに愉しみを見出すタイプだ。艶然とした、上品な顔立ちや振る舞いをしているが、その性は決して争いを忌避するタイプではない。むしろ真逆だ。その意味では、リィンは結果だけを見ればトラブルを好むプラムプラムと趣味が似ているとも言えた。
「誰か、死んだの」
プラムプラムの少し掠れた声にエルフは頷く。
「誰?あたしの知ってる人?」
今度は首をかしげる仕草。勿体ぶるエルフに、小さなホビットは両手を挙げた。
「お嬢、あたし、そういうの我慢できないって知ってるでしょ。意地悪しないでってば」
「うふふ、ごめんなさい。そうね。少し、プラムの意見も聞いておきたいと思ったの」
エルフは再び片手を耳の傍に寄せ、人形に追加をオーダーする。彼女は幾分はっきりした声で「濃いめで」と呟いた。それを聞いてプラムプラムの顔がすこし曇る。
「先月、先月のことよ。たしかに、先月だったと思うのだけれど」
うろうろとエルフの視線が中空をさまよう。
「いけないわね、いつ頃に何が起きたか、最近はぼんやりしてしまって。短命種の使うカレンダーに合わせた生活にもだいぶ慣れて来たとは思っていたのだけど、まだまだ、うまくないわねえ」
「歳取りすぎたかお酒の飲みすぎで、ちょっとボケてきてるんじゃないの、いい?ほんと短命種って言い方やめて。次はたぶんあたし、怒るよ」
「あら、ごめんなさいね。悪気はないのだけど」
「知ってるけどさ、ほんとそういうとこ、直した方がいいよ。あっという間にババアになるよ」
人形が代わりの酒を持ってまた部屋に入って来た。グラスだけではない。瓶。アイスペール。瓶は強い蒸留酒だ。
「ていうかお嬢、その、あんまり飲みすぎない方がいいんじゃない」
「もうこの後は、予定もありませんし明日も休みですから」
「だから、ああ。うん。いいや。いい。話の続き聞かせてくれるならもうなんでもいいや。もう飲め飲め。そんなことより続き」
プラムプラムは完全に好奇心に負けた様子だ。
「火事で誰が死んだの」
「それが、わからなかったのです」
「何よそれ」
「本当にわからなかったの。なにも手がかりが残っていなかったのよ。焼けた人だけじゃない。礼拝堂には、ほとんど手がかりが残っていなかったのです」
優美な手がグラスに氷を落とす。かろん、という軽い音。
「その礼拝堂でなんの神を祀っていたものかも存じません。短め…ええと、ヒュームの祀る神はあんまり多くてもはやわたくしには区別がつかないということもありますが、そもそも、祭壇も何も残っておりませんでした」
濃い琥珀色の酒を、ひた、ひた、と氷に滑らせてゆく。
「ともあれ、礼拝堂の火事を見つけたのは、赤襟のゲッコ。今年からの宮廷会議の一員の、ああ、彼のことはご存じですわね?」
「……まあ、そりゃ」
一瞬、なんと答えるべきか迷ったがおそらくこれは探りの質問ではない。素直に答えるべきだ。返答がきちんと聞こえているのか、いないのか、満足したようにリィンは軽く目を瞑る。
「立派な方でしたわ。ご自分の仕事だけでなく、いつも職務に向き合われて、龍の国を支えていらした方。ヒュームの方の中にも、たまにはあんな風に立派な方がいらっしゃるのね」
「まあ、その赤襟の若旦那が火事に居合わせたのね。でも、なんで?いまどき地下迷宮なんて、用事ある人の方が少ないでしょ?たまたま?おかしくない?」
「さあ?その辺りは存じませんが、何かご事情があったのでしょう。それより大事なのは、火事が他の区画に燃え広がる前に、未然に消し止められたということなのでは?」
「まあ、そうかもだけど」
プラムプラムは両手を組み合わせ、人形の持ってきた二杯目の酒を舐めた。濃いめのアルコールの味がした。
「まあ、彼が見つけたときにはもうだいぶ火の勢いは強くなっていたみたい。礼拝堂の扉を蹴破って彼が中に入ると、そこには」
「……そこには?」
「……うふん、ごめんなさい。ちょっと調子に乗ってしまったみたい。正確には存じ上げないの。あんまりにも冒険譚みたいなのだもの、見ていたわけではないのに、わくわくしてしまうじゃない?」
リィンは実際、少し楽しそうだ。
「わたくしが知っているのは、そこから何体か、身元のわからない死体が出たということだけ。焼け焦げて、何もかもが分からない死体。一部はバラバラになっていて、証拠も何も残っていない。埋葬しようにも、名前も何も分からないのでは司祭も困ってしまうわね」
くい、とエルフが酒を呷った。
「しかし、ようやくひとり、身元が分かったのです」
エルフが、氷だけになったグラスとテーブルをじっと見つめて呟く低い声。




