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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「わたしたちは友達が少ない」(4)

不穏な沈黙が満ちる。

エルフの表情は読めない。整った顔というのはそれだけである種の威圧感がある。ましてや無表情なら尚更だ。

プラムプラムはしばらく彼女の顔を見つめてから両手を上げた。


「なんか喉渇いた。やっぱり一杯貰うわ」


降参のポーズ。プラムプラムは職人で発明家だが、商人でもある。対立する空気を無駄に作っても何もいいことはない。それよりは譲り、譲ったという事実を目に見えない「貸し」として押し付ける方がはるかに有益だ。

エルフはふんわりと笑った。片手を耳の側に寄せ、ぼそぼそと呟くように召使への指示を済ませる。


「便利なもんね。お嬢、人形と暮らすのは慣れた?」

「ええ。がちゃがちゃと無作法で下等な短命種と比べたら、はるかにお行儀がよろしいですわね」

「言い方。あたしだけじゃない。お嬢と比べたらみんな短命種よ。その言い方はあんまりいい気分じゃない」

「あら、貴女や貴女のお友達は特別よ。お気を悪くしたらごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。何故かしら。貴女たちも短命種だっていうこと、いつも忘れちゃうの、おかしいわね。フフ。そんなの、見たら分かるっていうのに」


プラムプラムはため息をつく。

黙るしかない。他人に対して「全生物を平等に愛せ」とは言えない。他人の偏見や差別意識を端から端まで咎めるのは、他人の生き方の根本に口を出すということだ。

プラムプラムが口を出せるのは、「あたしは気に食わない」「あたしは聞きたくない」「少なくともあたしといる時はやめて」。他人の生き方は、それがどれだけ自分のそれと違っていても、有害でも、致命的に衝突しない限りプラムプラムは尊重することにしていた。

意図的にか無意識にか、エルフはその隙間を衝く。おそらく彼女としては「貴女だけは特別」という栄誉を与えたつもりでいるのだろう。絶望的なすれ違いがそこにはあったが、見た目の上でだけは噛み合う。二人は衝突しないまま向かい合う。


たぶん、ハニカムウォーカーもこの手のやり取りに疲れたのだろうなと思う。彼女に悪気はないのだ。悪気なく、エルフ以外を下に見ているのが彼女だ。虫以下のものにも偏見を持たずに接して、万が一評価に値する存在であれば平等に接する、接してあげる慈悲深いわたくし。彼女はその自分の姿を気に入っている。

彼女は、宮廷会議で同僚だったドワーフ族のマールストライクを話題に出す時、必ず「わたくしの親友」ではなく「わたくしのドワーフの親友」と表現した。

長年の偏見で凝り固まって、敵意をむき出しにするよりは上等だと思うべきなのだろうが、見ようによっては覆しようもない絶望的な断絶と言ってもよかった。そこに差別など存在しないと思い込んでいる無邪気な差別は、時に他人をズタズタに傷つけるし、原理的に解決のしようがない。

クソ女、という評価がぴったりだとは思わないが、一部の人々が彼女をそう呼びたくなる気持ちも分からないでもなかった。


「で、誰がきてたの」


背もたれに体を預けて足を投げ出し、なるべく気軽に聞こえるようにプラムプラムは話題を戻した。

誰かが来ていたのは明白だった。誰も来ていないなら、あんな変な沈黙を挟む意味がない。エルフは目を伏せて静かに笑う。


「オトコ?」


悠久を生きて、未だ生娘であるという噂がエルフにはあった。下世話な噂だ。確かめようとしたことはない。ただ、彼女をくすぐるにはこの切り口の方がいいだろうという確信もあった。彼女は、特に酔うと殊更なのだが、自身の交友について興味を持たれることを好んだ。むしろ下世話の一歩手前まで踏み込まれることを喜ぶ。


「ねえ、詳しく聞かせてよ」


プラムプラムが身を乗り出すと、エルフはしなっと頬に手を当てた。満更でもない様子。


「そういう、色気のある話ではないのです」

「でも男なんだ」

「ええ、まあ」


驚いた。彼女がこう反応するということは、少なくとも身分の高い誰かだ。口の端に、微かな優越感のようなものが覗いている。プラムプラムは現在の宮廷会議の面々を思い返した。イケメン、富豪、実力者、誰かいたっけ。


「ザーグ・アンデレック。仕事のついでですけれど、ここ最近、よく一緒に飲んでますの」


ヒュッ、と思わず喉から音が漏れた。

赤襟のザーグ。フェザーグラップ・アンデレック。

赤襟傭兵一族の最強当主、武闘派の中の武闘派、老いてなおステゴロ無敵の名も高いアンデレック家の家長だ。

そしてそれは、ハニカムウォーカーが持ち帰った首、ゲッコーポイント・アンデレックの父親の名でもあった。


「つ、付き合ってんの」

「いえいえ、そんな、まさか」


柔らかく手を振るエルフは、満更でもなさそうではあったがおそらく本当に付き合うつもりはないのだろう。赤襟一族はヒューマンだし、実力者ではあるが貴族ではない。

だが、万が一というのがあるのが男と女だ。


彼女は、もう一度自分の目的を思い出す。ハニカムウォーカーが斬り落とした首の持ち主。ゲッコーポイントを差し向けたのが誰だったのかを聞き出すためにやってきたのだ。


ゲッコはハニカムウォーカーを狙ったのか、それとも彼女と一緒にいたというエルフを狙ったのか。リィンは関係しているのか、無関係なのか。死体が動いていたのはなぜなのか。首を持ち去ったダークエルフは何者なのか。宮廷で蠢いているという陰謀。それにリィンが関わっていないはずはない。問題はどの程度、そしてどのポジションで関わっているかということなのだ。

話の登場人物にゲッコの父親は関係ない。関係ないはずだった。


「お待たせいたしました」


人形が静かに入室し、細いグラスを二人の前にサーブする。細かい泡のたつ薄紅色の酒。上等なものなのだろう。


なんだかややこしいことになってきた。

考えても仕方ない。なるようにしかならないのだ。プラムプラムは意を決して、あまり得意でない酒を飲み干した。


「……おかわり」


彼女は旧友の整った顔を見る。エルフは艶然と微笑んでいる。


「プラム。聞きたいことがあるというのは、わたくしの交友関係についてではないでしょう?」


どう切り出そうか迷っていた話題は、相手が開いた。まあね、と頷くことしかできない。エルフは少し思案したように天井を見上げ、当ててみましょうか、と自らもグラスを呷る。


「先月の、地下礼拝堂の火事のこと。そうじゃないかしら?」

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