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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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『悪』(18)

窺えぬフードの奥、明らかに苛々した調子で死霊術師は数歩、歩き回った。


こちらが位置を変えると、かすかに踏み込みの方向をラーフラのつま先が調整している。自動操縦のゴーレムと同じ、動くものすべてを殺すための予備動作だ。

ラーフラに、まともな意識が残っているようには見えなかった。おそらく、移動を捨て、間合いに入ったものを区別なく撃ち落とす類の構えだろう。

追い詰められた手負いの獣と同じ、単純だが厄介な構えだ。


死霊術師の一際大きな舌打ちが響く。


まったく厄介なことになった。

途中までは概ねうまく行っていたはずだったのにどうしてこうなってしまったのか。


邪魔なラーフラを無力化するために、趣味と実益を兼ねてとびきりの呪物を準備したのはよかった。呪物に記憶を籠める工程にはやたらと手間がかかったが、思った以上の反応が得られたし、かけた時間に十分見合う収穫もあった。パッシブスキルであるサイコメトリー相手に、この手のトラップが効くと確認できたのは大きい。


続くフランチェスカの懐柔には失敗したが、彼女に関しては、思い通り動くようになってくれれば、別に“生きている”必要はないのだ。だからこれも織り込み済みの誤差の範疇だった。それほどの問題ではなかった。


やはり彼女だ。


名前はなんと言ったか。この、見習い司祭が思ったよりもしっかり抵抗してきたのが誤算だった。単なる部外者にすぎないと侮っていた。何よりもまず最初に殺しておくべきだった。もともと始末するつもりではあったが、どうせならラーフラとまとめて、懐柔したフランチェスカにさせようと思って後回しにしたのが間違いだった。不確定要素は、殺せる時に殺しておくべきだったのだ。


(次回への課題だな…)


しかし、今は過ぎたことを悩んでも仕方なかった。

それよりも、もっと差し迫った問題が控えている。

死霊術師はいくつかの可能性を考えては捨て、何度か首を振った。


十中八九、ラーフラが己の正体を突き止めたというのはハッタリだろうという確信はあった。だが同時に、そう断定するには少し材料が足りないとも考えている。死霊術師は追い詰められながらも、きちんと冷静を保っていた。


ラーフラの行動は、明らかな時間稼ぎだった。

彼らは、死霊術師が遠くに居るものだと思い込んでいた。死体から引き剥がせばもう何もできない筈だと思い込んでいた筈だったし、事実、見習い道士はそれを利用して心を折った。

ラーフラがどの程度の情報を二人から得たのかは分からないが、ムル喰いをどうにか出来さえすればゴールだと思っていたのは間違いないだろう。


それに、そうでもなければ戦闘職でもない者がムル喰いに立ち向かうのは、傭兵の行動様式からは逸脱しすぎている。傭兵は戦士だが、勇者ではない。傭兵は名誉や仲間のために無駄に命を賭けたりはしない。

傭兵が命を賭けるのは、己や部隊、仲間の生存確率を少しでも上げるためだ。勇猛で鳴らした赤襟一族にだって、完全な敗け戦の戦場に無駄に踏みとどまる者はいない。


それは、単純に「勝算があった」だけなのかもしれない。

実際、その剣の冴えは、死霊術の支配下のムル喰いを圧倒した。ムル喰いを倒す自信があるなら、むざむざ仲間を置いて逃げる手はない。

だが、本当に勝算があったのなら、こちらが油断しているうちに黙って斬ればよかったのだ。

わざわざ雄叫びをあげたのには、必ず理由があるはずだった。


(もう“読む”だけじゃない)


たしかにラーフラは、そう言った。

状況からしても、事前の調査からも、もともと隠していた能力だというのは考えにくい。

彼はこの短時間で、記憶を“読む”だけでなく、おそらくは“使える”ようになった。

武器を取り、その記憶を読み取ることで持ち主の腕前を再現できる能力と解釈していいだろう。

単純ながら、恐るべき能力だと言っていい。

そして、それがたった今開花したのだとしたら、同じようにサイコメトリー能力の他の面が強化されたという可能性も、ゼロではない。


(ムル喰いを通して、お前を“視た”)


ラーフラは確かに念話でそう言った。死霊術師の知識と体験では、念話で嘘をつくことはできない筈だった。つまり、死体を通じて操作者に迫る能力が目覚めたというのは、まるきりの嘘ではない。嘘ではない筈なのだ。

だから、万が一を考えてムル喰いの死体から離れた。


では、しかし、どこまで知られたのか。それが分からなかった。見る限り、どこかに記録したり伝えたりしたような様子はない。

そこまでだった。死霊術師の持っているカードでは、どう考えてもその答えが出ない。確実には、ラーフラを始末しておくべきではあるが、今の彼はムル喰いを両断可能な剣鬼と化している。


しかもその上、そろそろタイムリミットが迫っていた。

こればかりは推測することしかできない。赤襟の任務には必ずバックアップがある。任務失敗と判断されると次の矢が飛んでくる。つまり、ここに居られる時間は限られている。

護衛任務の場合は、何らかの定時連絡をとっているのか、それとも帰還時間を設定しているだけなのか。後者ならまだ余裕があったが、前者ならそろそろ猶予はない。


剣を構えるラーフラは、見るからに消耗が激しい。

相応にリスクのある能力なのだろう。部屋にあるものを使って消耗戦を仕掛ければ体力を使い果たすかもしれなかったが、逆に一か八かと、受けの姿勢を解いて斬りかかってこられたら面倒だった。

増援が到着するまでに間に合っても、戦闘の余波で床の2人が目を覚ます可能性だってある。フランチェスカが戦闘可能な状態で目覚めた場合、最悪、己が安全にこの場を離れる障害になる可能性だってあった。


死霊術師は、大きくため息をついた。


やはり、今夜は思い通りにはいきそうにない。欲張りすぎてはいけないのだ。

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