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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「敵、敵の敵、敵の味方」(23)

乱れ飛ぶ瓶やら調味料を、ハニカムウォーカーは出来る限り受け止めてはいたが、投げる方も狙いが乱れてきたのか壁にあたるものも増えてきた。がちゃん、と音を立てて調味料入れが壁に当たって砕け、どろりとした中身が壁を汚した。荒れていく店内を見て、プラムプラムがさっきから全く声を出していないのが怖い。


「あのさ!」


暗殺者はお手玉のように、受け止めた瓶を足元の椅子の上に積みながら叫ぶ。


「わたしたちは、聞きたいことがあったし、答えてくれなそうなだから拷問しようと思った。でも君はどうなんだい。さっき拷問って言ったけど、拷問したいんだったら、何かわたしたちに聞きたいことがあるんじゃないの?別に殴られなくても、答えられることだったら答えるけど」

「質問したいことなんて、ない!」


姿の見えない声は即答である。一瞬ハニカムウォーカーが目を丸くした。

瓶などが飛んでくる方向はまちまちで、声もいくつかの方向から聞こえてくるようであった。


「それは、拷問じゃなくて、痛めつけたいだけだろ。ああ、この場合は仕返しのほうがぴったりくるのか。でも、そんな些細な問題はどうでもよくて、わたしたちが本当に聞きたかったのは、君、一体何しに来たんだってことなんだよ!一体!何しに来たんだ!」

「黙れ、ハニカムウォーカー!」

「ひゃっ」


名前を呼ばれて彼女は首をすくめた。


「わたしを知っているのか!」


ダークエルフは黙った。投擲物だけは引き続き、ひっきりなしに飛んでくる。

返事をしながら、暗殺者は器用に太腿のホルスターからナイフを抜き、声の方向のひとつに投げ返した。すこ、と軽い音がして壁に突き刺さる。悲鳴はない。


「ははあ、なるほど、誰かに雇われたんだな、君……って、うわ、危ない!刃物を投げるなって!ああ、いや、わたしが言うのも説得力ないけどさ、それは料理に使うもので、投げるものではないだろっていうか、やめろって!瓶も駄目だ!どれも、この店のものであって君の物じゃないんだから投げるなって!」

「私は、誰にも私を、私たちを、馬鹿にさせない!」

「だから、聞かれたことには聞かれたように答えろって!」


飛んで来た包丁を、今度は声の方向に投げ返す。同じく壁に刺さるが、悲鳴はない。


「ねえ、グレイ・グー!ごめんなんだけど、わたしたちは今夜、君にかかわっている暇がないんだよ!」


叫びながら彼女はプラムプラムに目配せをして指をさした。声の出元は確かに彼女の指す方向のようであった。プラムプラムは眉間に深い皺を寄せたまま、指された方向に魔道具を向けた。唸りを上げる音がしてすぐさま壁面が焦げ始めたが、やはりダークエルフの悲鳴は聞こえない。効果がないと見るや、すぐに唸りは止む。もう、出力ミスった、と舌打ちと共にプラムプラムが悪態をついた。


「私を捕まえようとしても、もう無駄だ!いいか、今から二人ともズッタズタのボロクソにしてやるからな!」


ダークエルフの声がひときわ大きく響き、そして投擲も止んだ。プラムプラムはテーブルの影から身体を出し、低い体勢のまま隣のテーブルの影に移った。ハニカムウォーカーも、店主と交差するように位置を変える。


しん、と店内に静寂が満ちた。


ハニカムウォーカーは椅子の上、半目になって投擲用のナイフを構えている。音に注意を払っているようだ。プラムプラムは膝をつき、三眼のゴーグルを再び被っている。


プラムプラムは焼けるような怒りの中、冷静にダークエルフの言動を思い返していた。ほとんど意味のあることを言わなかった中、おそらくは失言から拾った情報たちを組み合わせてゆく。


侵入してきた目的は不明だが、ハニカムウォーカーの名前を知っていたということ。戦闘能力は不明だが、“先払いの外套”というアーティファクトというのが彼女の基本的な戦術だと思っていいだろう。今のところ、それは防御的なアーティファクトのようにも思える。

使用するのに制約があるのか、単にインターバルが必要なのか、一度目の無効化のあと、追撃の振動兵器で煮えた火傷、姿を現した後に刺された傷は無効化されていなかった。苦痛に悶える彼女を拘束、無力化するのに大した手間がかからなかったことを考えると、素の戦闘力はそれほど高くない筈だ。見たところ、格闘の苦手な自分よりも弱いのではないかと踏んでいる。


痛みを支払うことで奇跡を起こす、と彼女は言っていた。だが、今のところプラムプラム達が目にしたのは攻撃を無効化して灰のように姿を消す謎の回避と、気配探知にも温熱感知にも掛からない隠形術だけである。

ダークエルフが攻撃に使っているのは、店内にあった瓶や調度品だけである。特に龍の国においては威嚇や牽制だとしても効果は低い。

普通に考えて、まだひとつふたつの“奥の手”が用意されていると考えるのが妥当だった。彼女自身、先ほど披露した指向性の振動兵器はいわゆる奥の手、必殺兵器ではない。店内のメンテナンスを兼ねて携帯できるよう開発途中の、いわば試作品である。プラムプラムだって友人であるハニカムウォーカーにさえ見せたことのない切札は残してある。


襲撃者の目的にもよるが、こちらを殺すつもりなら忍び込んだ瞬間に奇襲を仕掛ける筈だ。そうしなかったことを考えると、別の目的があるに違いない。

そしてそれは果たされたのか。

瓶が止んだ今、ダークエルフの次の動きがいずれにせよ正念場であるという予感はした。


傍にある砕けた瓶を横目に、プラムプラムはあらためてぎりぎりと唇を噛んだ。気に入って仕入れた竹エルフの里の工芸品だ。高価なものではなかったが、彼女の持ち込んだガラスと組み合わせたことで意匠の幅が広がった。短い滞在期間だったが、思い出の品なのだ。


最初、わざわざ姿を見せて挑発したことに意味があるはずだ、とプラムプラムは頭を巡らせる。さっきからずっと考えていたが、答えが出なかった。姿を消していることが何らかの能力の発動手順に干渉している可能性、あるいは、自分の姿を見せること自体が目的の可能性。そうなると、捕まって見せたのもわざとではないかという疑いすら出てくる。しかし、やはり目的がわからない。


ハニカムウォーカーの何かが目的のようではあったが、赤襟からの追手ではない。赤襟のゲッコの関係者でないことは、例の箱を見た、無垢な反応から見て間違いない。となると、宮廷の陰謀関係からの追手だろうか。


宮廷の陰謀、赤襟のゲッコ、グレイ・グーと名乗ったダークエルフと、メアリ・ハニカムウォーカーという友人。

彼女は、ダークエルフの素性に思いを馳せる。もともと数が少ないことと、定住せず毒魔法や盗賊稼業につくものが多いため、多くの国で鼻つまみ者扱いされることの多いダークエルフ族。


「………?!」


プラムプラムはゴーグルを押し上げて立ち上がった。ガタガタっと派手な音がした。

ハニカムウォーカーが反応しそうになって体勢を変えた。店内の動きに目を配りながら、どしたの、と小声で声をかける。無防備に立ち上がったプラムプラムに向けられる攻撃はない。不気味なほど店内は静まり返っている。


「やられた!」


プラムプラムが悲痛な声を上げた。


「あいつもう、ここに居ないよ!あと、箱!」


プラムプラムがテーブルの上を指した。冷気を纏った箱、赤襟のゲッコの首を収めた宝物箱と、その横に置いてあった謎の小瓶がいつの間にか消えていた。


「あいつ、首、持ってっちゃった!!」

これで一旦、「敵、敵の敵、敵の味方」は一区切りです。


次章、いまひとつ活躍できてない主人公、メアリ・ハニカムウォーカーに活躍の機会はあるのか。

下水道に連れ去られたかわいそうなグラスホーンは無事か。

謎の鉄拳脱獄誘拐犯であるソフィの罪状は満貫から跳ね満に届くのか。

長ったらしい名前のリィンお嬢様はどれだけクソ女なのか。

宝物だと思って首持って逃げたダークエルフのグレイ・グーは一体何を考えてるのか。

プラムプラムはドチャクソ汚れた店内の掃除をついにメアリに発注するのか。

赤襟一族は、長男の死を知ったのか。首のない死体の身元はどうやって調べるのか。


そして主人公の大事な動機である少年騎士の謎の死の真相は、果たしてボンヤリでも分かってくるのだろうか!


次回、お楽しみにー。

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