「敵、敵の敵、敵の味方」(22)
「いいかい、そういうのは早く言うんだ。怪我のし損じゃないか。かわいそうに。わたしたちだって無駄な手間がひどい。しかし盗みに入るにしてももう少し相手は選ぶべきだよ。この店はひどい。そりゃ財宝はあるんだろうけど、来て、見て、体験もしただろ。襲うには割りに合わないよ。なんだって、命あっての物種だ。この後、質問を再開するからちゃんと聞かれたことに答えて、生きて帰るんだよ。そして、盗賊仲間に宣伝するんだ。あの居酒屋はヤバい。店主はキレてるし罠もたくさんあるから、みんな遠回りして帰るんだよって」
「メアリ」
プラムプラムは文句を言いたげだったが、暗殺者は、いいや、いや、と首を振った。
「ねえ、グレイ・グー。わたしが猿轡を取ってあげるのはこれが最後だ。もう、わたしは次、猿轡をしない。何度も取ったり、噛ませたり、楽しい仕事じゃないんだ。この布だってタダじゃない。どうしても静かにしてもらいたいと思ったら次は、君を殺すことにするよ。分かってもらえると嬉しいけど、これは脅しじゃない。後片付けはめんどくさいとは思っているけど、わたしも、そこの人も、君のことを“どうしても殺したくない”とは別に思ってないんだからね」
少し乱暴に猿轡を毟り取るとダークエルフは、ぶは、と涎交じりの息を吐いた。
「わ、私が、ダークエルフだから、こんな、ひどいこと」
ダークエルフの涙まじりの声に、暗殺者が眉を顰める。
「それはいま、関係ないだろ」
「だって」
「種族は関係ない。君がニュークスだったとしてもわたしは同じように扱ったと思うよ。人の家に勝手に忍び込んできたのは君のほうだろ。人の、ええと、家じゃないか。人の店、いや、店なら別に勝手に入ってきてもいいのか。参ったな。まあ、なんか、とにかくさ。怪しかったんだよ。判るだろ」
「私たちは、ずっと差別されてきたんだ!」
「なんか話が噛み合わないな。わたしは、君たちダークエルフの話はしてないよ。わたしがしているのは、君の話だ。ええと、侵入、そうだ、不法侵入してきた“君”のことを話してる。意味は分かるかい?ああ、なんだか面倒くさくなってきてしまったな」
ダークエルフは、突きつけられたままのナイフと暗殺者の顔を交互に見ながら、一度口をつぐんだ。
「誤解があるといけないけど、わたしは、誰とも分け隔てなく君を扱っているよ。王侯貴族であっても、同じように刺すし、同じように縛り上げるつもりだ。さあ、では外套の秘密から行こうか。駆け引きも面倒だから教えておくけど、わたしは順番に上から刺すよ。黙秘する場合、君は明日から残念ながら"パッチアイ"だ」
「……げる」
「ん?」
ダークエルフが小さい声で呟いた。下を向いていて、その目の光は見えない。
「そのアーティファクトは、先払いの外套。それを所有する限り私は誰にも負けない。私を差別した連中はみんな、這いつくばって謝るまで許さない」
「わたしが聞いているのは名前じゃない。それはさっき聞いた。聞いてるのはその仕組だよ」
「だから、見せてあげるよ、先払いの奇跡をさあ!」
顔を上げたダークエルフの目が赤く光った。暗殺者は間髪を入れずに彼女の右目にナイフを突き立てた。
ずぶりと柄まで刺さった筈がそのまま突き抜けた。
「うわあ、まただ!」
ハニカムウォーカーの叫び声とともに、ダークエルフの手足の拘束具もばらりと落ちた。完全に、灰のようなものを残してダークエルフは消えてしまった。
「この外套は、私の痛みを奇跡に変えてくれる!私が苦痛を先払いする限り、私は無敵!」
同時に部屋のどこかから声が響き、暗殺者は低い態勢を取った。プラムプラムも咄嗟に彼女の脇まで飛び、背中を合わせるようにして店内を窺う。
ぱちゅん、と音がして入口付近のテーブルの上の瓶が弾けた。
び、と音がして窓枠に何かの破片が突き刺さった。
「私は、私たちダークエルフを差別した者たちを、決して許さない…!」
「だから、今それは関係ないだろ!」
「私は痛みを支払い、嫉妬でひとを差別するお前たちのような、下等動物どもを薙ぎ払う剣になる…!!」
「君の物言いの方がよっぽど差別的じゃないか!!」
怒鳴り返すハニカムウォーカーが目を細めるが、ダークエルフの姿も、攻撃してくる何かの姿も見えない。無予告で瓶が飛んで来て、暗殺者の頬を掠める。
「やっぱ、ヤバいアーティファクトだったんじゃん」
プラムプラムは横目で闖入者から剥ぎ取った外套を確認するが、置いてあったはずの場所から綺麗に消えている。何らかの手段で彼女が外套を取り戻したのは間違いない。
低い姿勢をとったまま、ハニカムウォーカーは囁くような声量で告げる。
「痛みを何かの力に変換する能力だってさ。二回目に刺した傷が治っていなかったとこから見ると、自動発動型ではない。もしかしたら、トリガーが何かのキーワードなのかもしれないね。さっきの“取引しよう”というのが、わたしに向けた言葉でなかったとしたら彼女、なかなかクレバーだよ。しかし、結果的に質問には答えてくれてるよね。ああ、咄嗟に刺しちゃったけど、かわいそうだったかな」
「メアリ、そんなこと言ってる場合?」
「マナーだからね。一応、謝っておこうか」
そろそろと姿勢を変えて、壁際に暗殺者が跳ぶ。店内を見渡せる位置に張り付いたが、店内には何者の影も見えない。呼吸を合わせてプラムプラムも机の影に移動していた。
「ねえ、グレイ・グー!」
ハニカムウォーカーが叫ぶと、声の方向に向けてまた瓶が飛んできた。くねるようにかわし、壁に当たって砕ける刹那で瓶を掴む。
「思うんだけど、君、本題に入る前に前置きが長すぎるよ!答えてくれるつもりなら最初から答えたらいいだろ。咄嗟に刺しちゃったけど、わっ、危ない、ああもう!君もなんか暴れてるし、謝ろうかと思ったけどこれ、やっぱりノーカンだ!」
「黙れ、ホーンド!」
「うわ、ひどいな、そんな罵り文句久々に聞いたよ!」
ホーンドとは有角人種に対する罵り文句である。この世界では、比較的多様な亜人が多く罵り文句には事欠かない。
「今度は私がおまえたちを拷問する番だ!」
ダークエルフの怒りに満ちた声が響く。




