「敵、敵の敵、敵の味方」(21)
「“先払いの外套”…」
椅子でプラムプラムが低くその名前を繰り返した。
「プラム、知ってるの?」
「いや、聞いたことないんだけど、なんか嫌な予感がする。栄光の手とか、親切なギリー猿とか、ああいうタイプのものと同じ名付け方だとすると、なんか、猛烈に嫌な予感がするんだよね。偉大なるド変態、キルマ旧伯爵のアーティファクト命名法になんだか似ている気がする」
プラムプラムは厳しい顔をしながら歩み寄って暗殺者のナイフを引き抜いた。ダークエルフがくぐもった悲鳴を上げ、血が跳ねる。ナイフを順手に持ち替えて、右の眼球に突きつけると低い声を出した。
「今すぐ答えて。そのアーティファクト、どこで手に入れたものなの」
ダークエルフは目に涙をためながら、もがもがと哀れっぽい声を出す。視線で猿轡を指す彼女を暗殺者が代弁した。
「プラム、猿轡してるんじゃ話せないよ」
店主が苛立たしそうに喉を鳴らすと、ハニカムウォーカーがその手からそっとナイフを回収して刃を拭った。
「血の脂はさ、すぐに拭いておかないと刃を鈍にしてしまうからね。きちんと使ったら拭く。道具には手入れを、だよ、レディ・グレイ・グー。わたしたちは積極的に君を解体したいわけじゃない。解体したところで食べられるわけじゃないし、死体の嵩も張る。なるべくなら避けたい。単にわたしたちも怖いんだよ。友達同士、仲良くお喋りしてるところに突然入って来られたからさ。彼女はそうでもないだろうけど、わたしには命を狙われそうな心当たりがいくつかあることだしね」
暗殺者は言葉を切って、もう一度切っ先をダークエルフの右のまぶたに向けた。
「はっきりさせておきたいんだ。君が、彼女、あるいはわたし、もしくはその両方を殺そうとしてきたのか、単にヘビの唐揚げのレシピや売上金を盗みに来ただけなのか、それともそこにおいてある傾国の秘宝を盗みに来たのか、何が目的なのか分からないのが一番怖い。わたしたちは、はっきりさせておきたいんだよ」
暗殺者が語りかけると、ダークエルフは涙をためたまま机の上の、冷気を纏った箱に目を遣った。周囲から浮いた空気を纏う箱の存在に気づき、その中身を想像したであろう一瞬の間。その目の光は、絶望的な窮地なのに、ある種の好色さ、情欲の色に似ていた。
「……その様子だと、あの箱の中身がなんなのか、本当に分かってないみたいだね」
反応を観察していたらしい暗殺者が告げると、ハッとしたようにダークエルフが彼女の方に顔を戻す。繕っては見せたが、たしかに今、箱の方を見た彼女の視線は初めてその存在を意識した者のそれだった。財宝と聞いて、見えるものの認識の変わる瞬間。そこに嘘はなさそうであった。
箱の中身が何なのか分からないということは、少なくとも、宮廷会議の陰謀の話をしていたときにはまだ、店内にいなかったということである。
「もしかして最初から潜んでいた訳でもなくて、君、本当に最悪のタイミングで“たまたま忍び込んできたコソ泥”だっていうのかい?」
暗殺者が呆れたような声を出すと、ぶれた刃先が不必要なまでに眼球に近付き、ダークエルフは哀れっぽい泣き声をあげた。




