「敵、敵の敵、敵の味方」(20)
猿轡を外されるなり、ダークエルフは叫んだ。
「と、と、取引しよう!」
彼女の唇に、暗殺者がそっと指を当てる。
「まあ、待ちなよ、君。物事には順番がある。さては、片付けは苦手なほうかな?部屋を片付いた状態に保つコツはね、一つの仕事を始めたらきちんと最後までやり切ることなんだ。中途半端にしておくから色々なものが散らかるんだよ。気の進まない仕事であればあるほど、始めた以上は最後までやらないとね」
「待って、待って」
「ダメダメ。他人であっても、拷問するのはあんまり楽しい仕事ではないんだよ。決めつけるみたいで悪いけど、君だってそうでしょう?お互い、嫌なことは早く終わらせてしまおう」
「お願い!絶対損はさせないから!その“先払いの外套”もあげる!足りないなら宝石でも何でも盗んでくるからさ!」
暗殺者はプラムプラムの方を振り返り、プラムプラムが首を振った。暗殺者も頷く。
「ううん。さっきから、なんか話が噛み合わないんだよなあ。いまの君の状態で交換条件を出すなら、床とテーブルに開けた穴、補修します、とかじゃない?三箇所も穴が空いちゃったんだよ」
プラムプラムが大きく頷いた。
「メアリ、それ、すごく大事なとこ。最初のと二回目はまあいいとして、そのテーブルに開けたのは許せない。マジで、マジで直してもらうんだから」
「ほら、オーナーもああ言ってる。それにさ、その魔法のマントかな。くれるって言ったけど、別にわたしたちは、このまま君を殺して奪い取ってもいいんだから、交渉になってないよ。それに、君が持っている一番高価なものがそのマントしかないっていうのをオープンにしちゃうのもあんまり筋が良くない」
「私、名前、グー!グレイ・グー・エッジハット!料理は週に二回くらいはする!たしかに私の仕事は、真っ当な仕事じゃないけど、あんたたちをどうにかしようなんて思った訳じゃない!ほんとだよ!お願い、殺さな、もが」
首を振りながら暗殺者はもう一度猿轡を付け直した。
ダークエルフは首を振ってもがくが、手足を拘束されている状態ではなんともならないようだった。
「プラム、いまの名前、どう思う?」
「グレイ・グー?まあ、“不気味なやつ”って、いい二つ名だとは思うけど、偽名だね。聞いたことない」
「なるほど」
振り向いて返事をしながら暗殺者は、テーブルから抜いたナイフを、ダークエルフの手の甲のしるしに迷いなく突き立てた。
「……!…!!」
ダークエルフはのけぞり、猿轡のせいで声にならない悲鳴を上げる。
「君さ、実際、ガッツあるよな。この状況でまだ嘘つこうとか、普通考える?」
「…!!……!」
「ちょっと興味湧いてきたよ。なんというか、うまく言えないけどとにかくガッツを感じる。一応、予告しておくけど、自分の足でなるべく帰ってもらいたいからさ。残りの目、肩、肘、足、のしるしのうち、足を刺すのは最後に回すよ。なに、これは難しい話じゃない。残りの四つの質問のうち、一個でも誠実に答えてくれたら、自分の足で帰れる可能性があるってことだからね。これは感心したわたしからの、好意によるプレゼントだと思ってもらっていい」
暗殺者は本当に感心したような顔をしていた。プラムプラムの表情は読めない。背もたれに腕を組んで顎を埋め、じっとダークエルフを観察しているようだ。
「ナイフ、抜いてあげたいけど、抜くと血が沢山出て汚れちゃうからこのままにしておくね。これ以上店を汚してオーナーを怒らせるとわたしはこわい。暴れると痛くなるかもしれないし、血も沢山出ることになるから気をつけてほしい」
「メアリ、あたしのせいみたいにしないでくれない?!」
「ほら、もう彼女、最初からすでに結構怒ってるんだよ。君のせいだぜ?忍び込むだけならまだしも、忍び込んでることがバレるようなヘマするから」
暗殺者が奇妙な笑顔を浮かべ、ダークエルフは目を見開いて彼女を見つめた。
「さあ、嫌なことはどんどん進めてしまおう。あと質問は4つ残ってたんだっけ。外套の秘密、最初の攻撃をいなした秘密。…なんか、さっき君が言ってた“先払いの外套”だっけ?名前を聞くになんとなくこの二つの答えは分かってしまったような気がするけど、まあ置いておこう。あとは、そうだね。忍び込んできた理由と、どこまでわたしたちのプライベートな会話を盗み聞きしてたのかって」
ハニカムウォーカーはにこやかに微笑み、ダークエルフは震えながら脂汗を流した。




