「敵、敵の敵、敵の味方」(19)
「ええと、君」
ハニカムウォーカーとプラムプラムはダークエルフに向き直った。
「君は、料理とかする?名前は?なんで忍び込んできたの?」
「あたしたちの話、どこから聞いてた?そのマント、アーティファクト?さっきのどうやったの?」
同時に言い終えて、ふたりは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「すごい、一個も被らなかった。あたしたちけっこう気が合うね」
「ええと、幾つ質問したっけか」
「合わせてむっつ」
「六個ね、えーと、そうだな、数が半端だけどいいか」
二人の口調は屈託のない調子だったが、見上げるダークエルフの顔には明らかな怯えがある。無理もなかった。
「あたし、拷問とか尋問とか、あんまり得意じゃないんだよね」
「ひどいな。わたしだって得意なわけじゃないよ。ただ、仕事柄、仕方なく、触れるだけ。なるべくならやりたくないと思ってる」
「ならプロに任せようかな」
「今、話聞いてた?わたしは掃除をするのが仕事。こういう段階で呼ばれることはあんまりないんだ」
ダークエルフの顔が少し引き攣る。暗殺者の微笑みは、少し翳っていて表情が読めない。
「だけどまあ、料理や掃除、専門の仕事というのは少しでも得意な分野を得意な方がやったほうがいいというのは確かだからね。わたしが請け負うというのは合理的だとは思う。あんまり気が進まないけど、わたしから始めようか」
暗殺者がため息を吐くと、プラムプラムは下がって、椅子を半回転させて座った。背もたれ側に顎を載せて二人を眺める。ハニカムウォーカーはダークエルフから見て右側、怪我をしていない方の手の側に座った。
「いいかい、君。わたしはこちらから君の右側に話しかけることにするよ。決して君の左側には手を触れない。約束しようね。反対側に何かするのは、彼女に取っておくことにしよう」
そっと彼女がダークエルフの膝に指を置くと、まるで火傷をしたように体を強張らせる。
「お互いに必ず守る約束をひとつしようね。君の身体の、左側にはわたしは決して触らない。これは約束だ。わたしが約束を守り、君も約束を守る。わたしがひとつ約束を破ったら君もひとつ破っていい。君が約束をひとつ破ったら、わたしもひとつ破るよ。なるべくフェアにやろう。ね」
暗殺者は、拘束したダークエルフの前に立った。
「わたしたちは君の素性に興味がある。君は、わたしたちに色々教えてくれるつもりがあるかな?」
猿轡を噛まされたまま、ダークエルフは頷きも否定もしない。ふう、と暗殺者は息をついた。
「あらゆることを無理矢理聞き出そうとは思ってないんだ。人には尊厳があるべきだし、言いたくないことを言わない権利は誰にだってある。全ての秘密を暴いてしまうのはエレガントではないとわたしは思うんだよ」
プラムプラムは口を挟まずに、二人をじっと見ている。
「ただ、わたしたちも、友人同士の親密な空間に君が突然入って来たから困惑している。マナー違反だな、と感じているんだ。だから、というわけではないけど、ある程度は君の権利というものも足蹴にしようかな、とは思っているんだよ。だからこうして、拘束もさせてもらった」
「……」
「さっき、わたしたちが幾つか質問をしたね。わたしがしたのは、名前、忍び込んできた目的、料理をするかどうか。彼女が聞いたのは、マントの秘密、最初の攻撃をかわした秘密、あと、なんだっけ、そうだ、いつからわたしたちのプライベートな会話を聞いていたか、だ。わたしはこの質問を多分、繰り返す。ああ、でもこの6つの質問のうち、どうしても答えたくないものには答えなくてもいいよ。誰だって、生きるためには尊厳がいる。わたしは、無理してそれを傷付けようとは思わない。人の尊厳を傷つけても恨みを買うだけだし、わたしに何の得もないからね」
彼女は最初に拷問するといったが、淡々とした声からは、今のところ少しも暴力的な香りがしない。ダークエルフの表情からは初期の怯えが消え、何かを窺うような顔になっている。
「さて、先にしるしをつけようか」
暗殺者は呟いて、懐から紅を取り出した。指先につけて、ダークエルフの瞼にひとつ、肩にひとつ、肘、逆側から伸ばして拘束されている手の甲、そして足の甲に、つん、とそれぞれつけていく。
「これはサービスのオマケだよ」
ハニカムウォーカーは六個目のしるしを、横のテーブルの天板につけた。プラムプラムが不服そうな顔をしたのは、テーブルを汚されたからだろう。ダークエルフは眉を顰めたが、しるし、というのが何のことだかわからないようであった。
「では、さあ、最初の質問。君は料理をするのかな?」
友好的な、やさしい声だった。ダークエルフは答えようとしない。猿轡をされたままというのもあるのかも知れないが、何の素振りも見せずに暗殺者をじっと見つめている。椅子に縛り付けられている、圧倒にな不利な状況ではあったがダークエルフもまた、ハニカムウォーカーを探っているようだった。
「沈黙。答えたくないのかな。まあ、そうだよね。いきなりこういうプライベートなことを尋ねられてもなって感じるのは判る。わたしも常々思ってるんだ。女ってだけで料理が上手であるべきだ、なんていう偏見は時代遅れだ。あ、ちなみにわたしは料理好きだし、普段からするよ。でも、みんながみんな得意とは限らないし、仮に料理が得意だったとしても、それを人に必ず知らせなきゃいけないって訳じゃない。得意ですって答えたせいで無給で厨房仕事をさせられるなんて、たまったもんじゃないしね。ああ。じゃあこうしよう、この質問はパス、答えるつもりはないと思ってもいいかな」
ダークエルフは頷きも否定もしなかった。しばらく暗殺者はその目をしばらく覗き込み、そして、うん、と呟いた。
「オーケー。では一つ目の質問の分は、オマケのしるしの分から潰していこうね」
変わらない調子で話しながら、彼女は指をひらひらさせながら右手をあげた。きらっと何かが光った。
だん、という強い音。
テーブルにナイフが突き立てられた音だった。暗殺者はさっきまで確かに持っていなかったナイフを、いつのまにか逆手に握っていた。刃は指二本分くらいの深さまで、テーブルに突き刺さっている。刃先はさっきの「しるし」を貫いていた。
「ちょっと!!」
プラムプラムが椅子から腰を浮かせて抗議したが暗殺者は彼女の方を見なかった。
「あと質問は5つ、しるしも5つ。答えたくない質問は答えなくてもいい。次は…何を聞こうかね」
目を見開いたダークエルフは拘束されたまま猛烈に首を振り、猿轡ごしの不明瞭な声でもはっきりわかるくらい、料理経験についての何かを叫び始めた。




