「敵、敵の敵、敵の味方」(17)
「警告は二度する!その1、気を付けろ!その2、逃げようのない熱が来るぞ!以上、警告終わり!」
長椅子の背に片足をかけ、三つレンズのゴーグルを装着したプラムプラムが何かを上に押し上げるようなハンドサインをした。
床に膝をついていた暗殺者は、消えたダークエルフの正体も含めて事情が飲み込めているようには見えなかったが、即座に椅子を駆け上がった。プラムプラムと同じく、壁際の椅子の背の上に位置を取る。
「火の魔法ってのはさ、違う言い方をすると、温度を上げる魔法なんだよ。そんで、温度を上げるってのは、振動させるってことなんだ。それで別にそれは、魔法にしかできない仕事じゃないわけ」
体格と比較して大きなゴーグルを下ろすと、プラムプラムのその丸い顎と口元はまるで子供のように見えた。彼女は、先程腰から抜いた魔道具を振る。
ぶうん、と部屋全体が振動するような、奇妙な音がした。部屋の気配が変わる。空気がすこしみっしりしたような感じがした。ぶらぶらと揺れていた丸太罠は、同じリズムでまだ揺れている。
「振動が伝わるというのは、触れていることを必ずしも必要としない。魔素もいらない場合がある。ここはあたしの城、あたしの店にエラグ虫が一匹も出ない理由、考えたことある?」
プラムプラムは部屋の中に目を配り、大きさが合わなくてずれそうになるアーティファクトを押さえながら大きく口を開けた。白い前歯が覗く。
「メアリ、これ、ことによるとエッグいから目をつぶってた方がいいかもよ!」
掛け声とともに、部屋の唸り声ははっきり聞こえるくらいに大きくなった。
「なんなの、この音」
答えずにプラムプラムはただ、動きを制止するジェスチャーを見せた。数瞬があり、部屋の隅で小さな悲鳴と爆発音がした。
「ネズミだ。やっぱりどこからか食べ物の気配を嗅ぎつけてくるものなんだね」
呟き終わる前に、別の部屋隅から今度は盛大な悲鳴が聞こえた。
「あ、あああ、煮える、身体が、あああ!」
目を向けると、先程灰になったはずのダークエルフがテーブルにすがって這い上がろうとしているところだった。先ほどまでは、確かに何もないように見えていたところだ。
「復活してる、なんなの、あれ」
「メアリ、そこから動かないであいつ、床に落とせる?」
無言で暗殺者が手を振ると、ダークエルフがテーブルにかけた左手に再び、細いナイフが生えた。同時に、すこん、という軽い音。
「い、いたあああ、あ、吐く、ゲボ出る!」
片手を縫い止められたダークエルフは膝をつき、今度はシルエットを崩すことなく、人の形を保ったまま大きく喘いだ。プラムプラムが魔道具を操作すると部屋の唸り声が止んだ。部屋を満たしていた何かの気配は瞬時に霧消したようだった。
「ストップ、これ以上店を汚さないで」
ゴーグルをあげた店主がぴしゃりと止めると、涙目のダークエルフは彼女の方を見た。口元に、吐く寸前だった涎の糸がひかる。不明瞭な音を出す彼女の前にプラムプラムは降り立った。もう降りて大丈夫だよ、と暗殺者を促す。
「お客さんさあ……ああ、お客さんだよね?刺客さんとかじゃないよね?」
その声はあどけないが冷たい。
ダークエルフが涙目のまま顔を上げると、プラムプラムはナイフを引き抜いた。あああああ、と派手な悲鳴があがる。
「でもさあ、お客さん、床とテーブルに傷ついちゃったじゃない。困るのよね、こういうの」
隅で、小さくハニカムウォーカーの「ごめん」という呟き。




