「敵、敵の敵、敵の味方」(12)
長い沈黙が流れた。
ハニカムウォーカーは残ったエールを飲み干し、プラムプラムは椅子に深く腰掛けて、少し遠くを見ながら何かを考えているようだった。テーブルを汁で汚すのを嫌ったプラムプラムによって、大皿に載せられた生首は奇妙な果実のように影を落としている。
「いっこ、先に言っておくけど、あたしトラブルは巻き込むのも巻き込まれるのも大好きだけど、同じくらい、友達とかも好きなのよ」
ふうっ、と大きく息をついてプラムプラムは身体を起こす。
「ねえ、メアリ。あたしは宮廷の中にも友達が結構いる。それはあなたも知ってるでしょ。確かにロイヤルガードの人たちとはそんなに仲よくしてないけど、でも、顔と名前くらいは結構知ってると思う。長く住んでると色々あるし」
じじ、と明かりの焦げる音がした。夜ももう深い。生首を間に置いて向かい合う二人の女の間にも、均等に時間が流れている。
「考えてみたらさ、これ、あたしの友達の首だって可能性あるじゃん」
口をへの字に曲げた友人を前に、ハニカムウォーカーは目を丸くした。ほんとだ、と囁くように声を漏らす。
しばらく黙って、彼女は首を振った。
「……まだ間に合う?…これ、持って帰ろうか」
真面目な口調で呟く暗殺者を見て、プラムプラムは堪えきれないように、ぷうっと吹き出した。
「いいよ、もう。ここまで来て後に引けないよ。それに、中身を見なかったらもう絶対寝れない。好奇心が爆散しちゃう。あたし原型をとどめていらんない。ただ、でもさ、覚えておいて。あたしは友達の中で、誰と誰だったらどっちが大事とか、そういう序列を決める意味はないと思ってる。けど、この首が、あたしの友達の首だった場合、ちょっと冷静でいられるか分かんない」
「ごめん」
「やめて、開ける前から謝られると困る。そういうの本当やめて。ていうか中身、見たの?」
「見てない」
女二人は顔を見合わせながら、テーブルの上の生首を覗き込んだ。
「いい?兜から出すからね」
「気をつけて。大丈夫だと思うけど、首だけでも動くかもしれない。噛まれないようにね」
「ちょっと!じゃあメアリやんなさいよ」
「やだよ」
折衷案として、兜を二人で逆さに持って振って中身を皿の上に落とすことになった。フルヘルムのバイザーやら飾りやらを掴んだ二人がそっと揺すると、若干の引っ掛かりを残して「中身」が皿の上にごとりとまろび出た。
「……なんてこと」
プラムプラムが息を呑み、胸を押さえるように身体を強張らせた。
暗殺者は、反応せずに彼女の表情をじっと見ている。しばらく声を失い、プラムプラムはようやく暗殺者の顔に目を戻した。暗殺者は体の向きを変えて彼女の目を見ていた。彼女は気付いていないようだったが、暗殺者は何かに備えるように、静かに息を止めていた。
明らかに動揺しているプラムプラムは、まるで音を立てることを恐れるように息を吸った。
「……友達じゃない」
ようやく掠れた声でプラムプラムは絞り出すように告げた。
ハニカムウォーカーは大きく息をつき、よかった、と呟いて身体の力をすこし抜いたようだった。
「よくないよ」
プラムプラムはもう一度喘ぐように息を吸った。その目は少し潤んでいる。頬もすこし上気しているようだった。
「これ、ロイヤルガードじゃない」
「……知ってる人なの?」
彼女は勿体をつけている訳ではなさそうだった。プラムプラムは身悶えして答えた。
「メアリ、これ、宮廷会議のメンバーだよ。赤襟一族のゲッコ。天覧試合では武位五位だった。ゴリゴリの武闘派一族の嫡男。もう、トラブルの匂いしかしない。あたし気絶しそう」




