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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「敵、敵の敵、敵の味方」(10)

だから言ったでしょ、と低めの声でハニカムウォーカーが目を逸らしたまま呟くと、プラムプラムも若干声を落とした。


「まあ、うん。あたしが悪かった、とは思ってないけど、ちょっと冷静になった」

「わたしは、わたしも悪かったって思ってるよ」

「……しっかし、すごいもの持ってきたね。開けて嫌な気持ちになったもののランキング、史上一位を更新しかけたよ」

「この中身でも、ランキングトップの更新できなかった?」

「いまのところ一番は、預かった瞬間に落として、ガシャン、って明らかに割れた音がした聖遺物。包み、最初は怖くて開けられなかった」

「それは……つよいね」

「あの時はさすがに血の気が引いたよ。バレないようになんとか修復したけど」

「したんだ」

「した」


二組の客が帰った店内である。どちらも慣れたものなのか、また店主が何か始めるのだろうといった風の反応で特に文句も言わず、すんなり出て行ってくれたようだ。厨房の中でも片付けが始まっている。さすがの店主も、二人きりになるまで包はみを開けないでおくということにしたようだった。


包みの中身は、昨晩、暗殺者が切り落としたロイヤルガードの生首であった。確かに、そんなものを持って歩くことも、人に見せることも、通常であれば正気の人物のやることではない。


「ああ、自分で食べたぶんの皿とかは、わたしが片付けて帰るよ」

「ん、助かる」


暗殺者は淡々と蛇のから揚げを齧っている。この展開をある程度は予想していたのだろう。特段焦る様子も、考えている様子もない。

一方店主の方は、生首の代わりとして、同じくロイヤルガードの懐から拝借した謎の小瓶を手渡されたからだろうか。興味を別の方向に向けたせいか、もともと肝が据わっているのか、そこまでショックを受けた様子ではない。

瓶の中身を光に透かしながら、振ったり、歯車の一掴みと重さを比べたり、ホビットは首をひねって考え込んでいる。


「メアリ、これ、中身に見当はついてる?」


困った顔で彼女は首を振った。


「わたし、その辺のアイテムの知識はゼロだから、考えても仕方ないって思ってるのもあるけど、入手した時の情報も少なすぎてお手上げ。あ、調べるのに必要なら蓋を開けてもらってもいいし、中身も別に残さなくてもいいよ」

「ちょっとこれは、蓋、あけない方がいいような気がするなあ。……拾ってからこれ、開封した?」

「ノン。そのままで見てもらった方がいいと思って、何も触ってない。日なたにも置いてないし、なるべく冷暗所においておいたよ」

「すごくいいね。薬学の基礎を教えた甲斐があるよ。うちにくるお客が皆、メアリみたいだったらほんと楽なのに」


暗殺者はまた控えめに首を振った。厨房の片付けが終わったようで、給仕たちが会釈をして帰ってゆく。


「予備知識なしで、プロが見たところの感想は?」

「そうねえ。まず、これを詰めたのは多分女で左利き。中身に関しては、食べ物でも飲み物でもない。勿論、たぶん薬でもない。一番ありそうなのは、何かの塗料とかそういうものじゃないかなあ。開けたくないのは、蓋を開けることをトリガーにした何かの呪物ってこともありそうだから、ってとこ。最悪、人工精霊の瓶詰ってこともありえるでしょ」


暗殺者は少し目を丸くした。


「どうして詰めたひとの事が分かるの?」

「可能性の話だよ。この瓶は香水の瓶だと思う。これに関してはあたしも詳しくないから何処の銘柄かわからないけど、男の人の持ち物じゃないんじゃないかなあ。それにこれ。コルクかな。中で一度栓をして、その上から丁寧に封蝋を使ってるけど、ほら、蝋の垂れ方見てごらん。左手で瓶を持って、こう掬って、くるくる回しながら固めた感じじゃない?まあ、右手で外に向けて回してもこの垂れ方にはなるから確実じゃないと思うけど、でも、少なくともあたしは左利きの人の仕事だと思う」

「すごい」


淡々とした声だったが、感嘆に偽りはなさそうだった。プラムプラムも、得意げというほどではないが満足そうな表情になる。


「……それで、この小瓶とこの包みがなんか関係してくるんだよね」


店内が完全に二人きりになったことを確認して彼女は戸締りをした。

改めて開けるよ、とプラムプラムは包みを開きなおした。包みの上、ごとり、と横向きに置かれた生首の、兜の意匠を見て流石に息を飲む。


「これ…!」

「そうなんだ。ロイヤルガードのものだと思うんだよ。兜の中身は誰なのかまだ見てない。宮廷に、知り合いはもう居ないからわたしが見ても判らないと思ったし、なるべく手を加えない状態で見てほしかったんだ」


プラムプラムは考え込むような顔になって、兜に顔を近づける。


「これ、死んでから、多分大分経ってるよね」

「どうしてそう思うの?」

「まずは臭い。それから切断面が荒い割に、体液とか血の滲みが少なすぎる。死んでから大分経ってから落としてると思う」

「……あたり」


メアリ・ハニカムウォーカーが低く返事をすると、店主は一歩、後ろに下がった。


「メアリの仕事なの?」


暗殺者は、しばらく身動きをしなかった。

問いかけながら一瞬身構えかけたプラムプラムが、ふう、と息をついて緊張を解く。暗殺者の姿勢に敵対的なものはない。そもそも、彼女を脅して何かをさせるつもりだったとしても、それが通用するわけもない。彼女が一筋縄でいかない相手だというのは暗殺者は知っている筈なのだ。


暗殺者は、何とも言い難い表情だった。静かに彼女は、プラムプラムの目を見ていた。


その視線で、それが誰の仕事なのか、答えを聞かなくても理解は出来た。

何か事情があるのだろう。経緯はさっぱり判らないが、嘘はついていないようだ。何より、単に他にアテがなかっただけなのかもしれないが、自分を頼って来た友人である。


それにそこには、彼女の大好物である「大問題」の気配がした。ロイヤルガードと敵対するということは、ことによっては龍である王とも敵対するということだ。彼女が何よりも大好きな、火のつくような厄介ごとの気配だ。まだ誰にも知られていないであろう、とびきりのトラブルの気配がした。

彼女は彼女で、戦闘職ではないのに争いや闘争が大好きという、火のような自身の欲望に忠実に生きてきたのだ。


しばらく見つめ合ったあと、プラムプラムはぷうっと頬を膨らませた。


「あたしもそうだから人の事言えないけどさ!」

「プラム」

「メアリ、トラブルに他人を躊躇なく巻き込んでくとこあるよね!」

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