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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「敵、敵の敵、敵の味方」(8)

メアリ・ハニカムウォーカーは、目を細めて振り返った。ひとり呟く背後の闇には、何もない。


「……今、なんか、嫌な感じがしたな」


彼女が歩いているのは市場の裏通りだ。本当に何かを感じたのか。彼女の表情は読めない。気楽そうにも見えるが、何かを考えているようにも見える。

投獄されることが決まったグラスホーンを置き、宮廷を後にしてから再びの夜が訪れていた。もう夜も遅く、窓を閉めた建物からは時々明かりが漏れてきているが、人通りはない。彼女は提げている包みを確かめるように少し持ち上げ、底に滲みが無いことを確認して、元に戻した。


「ま、いっか」


呟いた彼女が足を止めたのは一軒の酒場の前だ。

漆喰の壁、木枠の窓、立派な扉。店はまだ開いているようだった。窓からはぼんやりとした灯りが漏れていた。

扉の脇にはぼんやり光るマジックランタンが下がっている。周囲が暗くなると勝手に点くように工夫したのだという店主自慢の逸品だ。一度、商品化しようと思ったらしいが、地下迷宮に降りる時などは大抵、最初から最後まで周囲は暗い。結局、通常のマジックランタンと何が違うのかの差別化ができなくてお蔵入りになったという。


店主はもともと広場で細工物の露店を開いていたホビットだったが、弁当ついでに広げていた蛇の揚げ物があまりに売れるので店舗を構えたのがこの酒場だ。

細工物が本業だけあって、酒場の奥には店主専用の工房だけでなく、龍の国には珍しい道具を揃えた貸し工房がある。実は時間貸しの工房は非常に画期的なアイデアであり、今やこちらの収益が店主の趣味の発明を支えていると言ってもよかった。


店の名前を、シセイ亭、という。

実は正面、マジックランタンの隣に見える立派な扉は、ただの壁に戸板が打ち付けてあるだけである。実際の扉に使う木材を使いドアノブも一応は回るように細工してあるが、元から壁なので決して開かない。初見の客はまず引っ掛かる悪戯だった。

通りの脇、細い路地に面した小さい扉が酒場の本当の入口である。こちらの入り口の上には達筆で「至誠」と書いてある。無上の真心、という意味だ。店の造りからしても、なかなか癖のある店主であった。


メアリ・ハニカムウォーカーがその小さい入口をくぐって店に入ると、店内にはまだ数人の客が残っていた。

有翼人と顔色の悪い戦士のカップルと、一人で飲んでいる魔術師風の女に混じって、店主であるホビットがテーブルを一つ占有して何かを組み立てている。

目を上げた店主は細工用に使う三つレンズの眼鏡を押し上げて、暗殺者に声を掛けた。


「あら、メアリ。久しぶりじゃない、こんばんは」


丸顔に短い眉、くりくりした瞳、顎のラインで切りそろえられた髪に小さな身体。決して太っている訳ではないが、まるい、という形容詞がぴったりくるホビットだ。その愛嬌のある童顔もあって、言われなければまず店主だとは思われないだろう。

ハニカムウォーカーは上着を脱ぎながら彼女の近くのテーブルに座った。


「ごきげんよう、プラムプラム。何かお仕事の最中だよね。駄目なら出直すし、よければ終わるまで待ってるから、キリが良くなったら声かけてよ」


厨房のカウンターのそばに立っていた給仕に店主が手を挙げると、給仕は頷いて奥に消えた。


店主の名はプラムプラム・フーリエッタ。ガイドウ出身の生粋のホビットだ。龍の国に住んでからはずいぶん長く、メアリ・ハニカムウォーカーがこの国に来たばかりの頃から交流のある数少ない人物の一人である。彼女自身は特別喧嘩っ早い訳でも好戦的な訳でもないが、かなり積極的に他人の喧嘩や争い事に首を突っ込みたがるという厄介な癖がある。

部屋の片づけに関しては、乱雑さを極めていることに誇りを持ち、争い事に関しても「自分で何とかしたいタイプ」のため、まだどちらの掃除に関してもハニカムウォーカーとは直接の依頼関係になったことはない。


そんな店主が、いじっていた何かの歯車をざあっと机の横によけた。

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