「敵、敵の敵、敵の味方」(4)
話し相手に飢えていたソフィが語ったのは、鉄の魔女との確執であった。
ソフィは、もともと龍の国の住人ではなく、旅の途中に立ち寄っただけなのだという。鉄の魔女との具体的な争いのきっかけには口を濁したが、話を聞く限りはどうもソフィが彼女を糾弾しようとして、逆に投獄されたという経緯のようだった。
グラスホーンも、鉄の魔女、と呼ばれる人物には流石に心当たりがあった。
グラジット・ミームマルゴー。天覧試合を勝ち抜き、宮廷会議の一員として名を連ねることになった魔女である。グラスホーンは直接の面識がある訳ではないが、天覧試合で彼女を見たものは皆、その二つ名を忘れないだろう。
魔術師は皆、鉄を嫌う。それが魔力を散らしてしまう金属だからだ。しかし、彼女は鉄の仮面をつけたまま天覧試合を戦った。明らかに異質な魔女であった。寡黙で、そしてその素顔を見たものはいないという噂だったが、ソフィだけはその素顔を知っているのだという。
「この宮廷で私だけなのよ、あの魔女の正体に気付いてるのは」
壁の向こうで身じろぎする気配。
「ねえ。マクヘネシーさん、彼女の正体、教えてあげましょうか」
ソフィの声が熱を帯び、グラスホーンは咳払いをする。
「……その、気を悪くしないでほしいんだが」
どういえばいいのか暫く悩んだが思い当たらなかったので、なるべくシンプルに返事することにした。
「止めておくよ」
「……どうして?」
「第一に僕は、口が堅い方ではないんだ。自分の誠実さに自信がない。それに、見知らぬ人の秘密を一方的に知ってしまうというのは、フェアではない気がする。彼女も何か理由があって顔を隠しているんだろう」
「その"理由"が、この国の王に仇なすものであっても?」
「仇なすものであっても、だ」
厄介ごとに巻き込まれたくない、というのもあったが、鉄の魔女だって知られたくないだろうなというのも本心だった。グラスホーンはもともと、宮廷の権力闘争には興味がなかった。刺激的なタブロイドや、新聞記事を読むことはあるが、夢中になったことはない。平穏に過ごしたかったし、宮廷の中でも彼の居る回廊は、比較的平穏に過ごせるはずの場所だと思っていたのだ。
今回、暗殺者によって拘束されたままの彼を、改めて投獄しなおすよう指示を出したリィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリームとだって、明確に敵対した記憶はない。正直なところ、どうしてそこまで憎まれているのか今一つ理解できていないのだ。
色々と訳が分からない中で、新しい火種になるかもしれない秘密を追加して抱えるのは賢いとは言えなかった。
「なんだか」
壁の向こうで、少しうっとりしたような声が聞こえた。
「マクヘネシーさん、すごく、思慮深くて素敵な方なのね」
「え?」
「私、いま、自分のことを恥じてます。軽率にあの女の正体を伝えてしまったら、あなたにまで彼女の追手が向いてしまうかもしれないってこと思い当たりもしなかった。とっても浅はかだったわ。これはやっぱり、どうしても王にお伝えしないといけないことよね。私、決めたわ」
そして彼女は宣言した。
「私、脱獄します」
★文中、登場人物が知らない筈の本名で「グラスホーンさん」と呼びかけている部分がありましたが、ガチ誤記です。そういうアレではないです。ごめんなさい。修正しました。




