「緊張と弛緩」(14)
「結論から言うと、こいつ、わたしたちがやる前に死んでたんだと思う」
暗殺者はナイフをロイヤルガードの服で拭い、切断した首を無造作に下げて立ち上がった。その姿はかなり猟奇的に映る。そして、彼女の言う通りに首からは殆ど血液が滴ってはいなかった。
「あ、残念だけどゴーレムの類ではないよ。今、確認したから確かだ。確実にこれは人間の死体。中身は見ない方がいいと思う。知ってる顔だと、ちょっと辛いかもしれないだろ。この死体、まだ腐敗はしていないけど、体温は残っていない。つまり、君の手に残っている感触は人間を刺した感触で合ってる。残念だろうけどさ」
いつつ、と殴られた頭部をさすり、何かを探しながら、彼女はそのまま話を続ける。
「何度か、アンデッドの連中を始末したことがあるんだけどさ。あいつらはあいつらで、よく判らない力を源泉にして動いてるみたいなんだよね。でも、だからって何から何まで未知の力で動いてる訳じゃない。ベースはあくまで、元々の肉体だと思うんだ。証拠に、足を砕けば歩かなくなるし、首を落とせば動かなくなる」
彼女はベッドの上に目当てのものを見付けたようだった。借りるよ、と暗殺者はグラスホーンの枕のカバーをはぎ取り、兜ごと首をくるみ始めた。
「あ、スケルトンなんかは別だよ、あれは正確には多分、骨を媒体にしてるだけの何かだ。たぶん、ゴーストみたいなものだと思う。元になる損傷の度合いが強い程アンデッドのパンチ力は落ちる訳だから、スケルトンの膂力があんなに強いのは、アンデッドと別のソースじゃないと理屈に合わない」
グラスホーンは二の句を継げずにいる。唐突に始まった蘊蓄、そしてその謎の行動。
「専門に研究しているわけじゃないから推測だけど、アンデッドっていうのは、新しい命みたいなものを与えられてるんじゃなくて、損傷している器官を魔力とかで補強したり繋ぎなおしているだけなんじゃないかな。完全に欠損した機能を補うようなのは聞いたことがない。目を潰せば見えなくなるみたいだし、鼻を潰せば臭いを追えなくなる。極端な話、脳につながる路、つまり頸を完全に切断してやれば、首から下に関しては命令が来なくなるわけだからね。動かなくなるんだ」
「ちょっと待ってほしい」
ようやく口を挟むと、手を止めて暗殺者はへらっと笑った。
「君、今夜はその台詞、多いね」
「自分の行動を振り返ってほしい!」
「ああ、これ?」
ひょい、と彼女は首級を包んだ枕カバーを振った。
「だって、また、起きてきたら嫌じゃない、ねえ」
「だからって、切り落とす必要は」
「わたしは必要だからやる。ぬめぬめした排水口も、黴だらけのまな板も、必要だから掃除するんだ」
「じゃあそれは」
「こいつを寄越した犯人を見つけるために必要じゃないかと思ってさ」
「必よ」
「持ってって調べるのさ。正確には調べてもらおうかと思っている」
まるで質問されることを予測していたように、早足の回答。
「ああ」
暗殺者は、思い出したように息をついてグラスホーンの目を見た。
「そういえばさっきちらっと話題に出たけど、"首"を持ってくのも"強盗"にカウントされるのかな?」
長く沈黙してからグラスホーンは答える。
「死体…損壊という…罪もある」
「へえ。その罪は、殺すときに頸を刎ねたとしても適用されるの?」
「いや、たぶん、そうではないが」
「そうなると、頸を刎ねて殺すのより、殺してから頸を刎ねた方が罪が重くなるってことだよね」
「そうなるな」
「ふうん、変なの」
ハニカムウォーカーは、ンフ、と小さく笑った。
「まあいいや。どっちにせよ、さっきの小瓶を持ってくから、結局罪が一つ増えちゃうわけだね」




