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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「緊張と弛緩」(12)

メアリ・ハニカムウォーカーが振り返ろうとするのに合わせたような、完全なタイミングで折れ首のロイヤルガードが裏拳を放った。

側頭部に直撃を受けて、彼女は書棚に叩きつけられる。どう、と壁に貼りつき、一拍置いてから暗殺者はうずくまるように崩れ落ちた。苦悶の声は聞こえなかった。床に落ちた彼女は、倒れ伏してはいないが書棚にもたれかかり、動けるようには見えない。気を失っているようだった。


グラスホーンは身構え、そして、折れ首のロイヤルガードを見た。


本来正面を向いている筈の兜は半回転しており、ありえない角度で後ろに倒れたままだ。

太い腕が、無理矢理自分の頭を掴んで本来の位置に戻した。ぬちゃ、というなんとも湿った、嫌な音がした。ロイヤルガードの頭部は、肩の上に乗ってはいるがまったく安定しているようには見えない。到底、生きているものの動きには見えなかった。まさに「載っている」と表現するのが正しいようだった。

頭部から泡の湧くような、奇妙な音がした。それが、折れた喉で何かを喋ろうとしているのだと気付くまで少しかかった。気道が捻じれているので、声が出ないのだ。


「お、落ち着いてほしい」


近年稀に見るくらい動転しているというのをグラスホーンは自分の上擦った声で改めて理解した。

目の前に立っているロイヤルガードは、明らかに人外のものである。声をかけて何になるというのか。折れた首、大丈夫ですか、とでも聞くつもりなのか。グラスホーンは強く頭を振って、もう一度身構えてイメージを強くした。何に使うにせよ、マナを練っておかなければ魔術師は何も出来ない。ちらっと目をやるが、暗殺者も目を覚ます気配がない。


折れ首の佇まいはアンデッドのものというよりは、ゴーレムのような、人形のそれのように見えた。緩慢というよりは、動き全体に奇妙なちぐはぐさがある。アンデッドたちは、壊れかけながらも本能や欲望に沿ったひとつの生物として動いていることが多いが、目の前の騎士は、身体のパーツたちが別々の意思によって動いているように見えた。人形のよう、というのが一番の印象だった。

さっきの裏拳も、凄い勢いではあったが狙いすましたものではなかったのかも知れない。


意識疎通が可能な不死族のものは、この国でもめったに見かけない。いわゆる吸血鬼族のような夜の種族の存在を時折耳にはするが、彼らが定住することはないようだった。彼らはもともと王のような存在である。ロイヤルガードは名誉職ではあるが、騎士と同じく宮仕えである。不死族の王侯たちがロイヤルガードに参加するというのは聞いたことがない。

やはり、目の前で起きているのは不死族の超回復などではなく、もっと別の何かなのだ。


魔法鎧から伸びる太い腕が、首の上の自分の頭を掴み、グラスホーンの方へ向けなおした。片手で向きを固定したままフェイスガードをあけようともぞもぞ動く。そのじれったいような動きに、毛の逆立つような感覚を覚えた。その奥にあるものを見てはいけない、と言われたような気がしたが、動けなかった。


「だめだ…中身を……見るなッ」


苦しげな暗殺者の声が響き、ロイヤルガードが体の向きを変えた。再び、ぐりん、と折れた首が背中側に倒れた。首を気にした様子もなく、ロイヤルガードは声の方へ明らかに敵意を込めた動きで向かった。彼の方を見た時と違う、俊敏な動きだった。暗殺者はまだ動けないようだった。少しだけ這いずるように窓側へ逃げたが、戦える状態だとは思えなかった。


グラスホーンはようやく覚悟を決めた。彼女を、護らなければならない。


決めてからは早かった。

彼は猛然とロイヤルガードに突進した。肩から当たって突き飛ばすと、少し呆気ないくらいにロイヤルガードは倒れた。砕けた窓の下、卓の上のペーパーナイフを取る。聖別されたそれは、そのままでは武器としては心許なかったが魔術の触媒としては十分な筈だ。それは地下聖都に旅行をした時の土産の品だった。

ロイヤルガードはうつ伏せに膝をつき、手をついていた。折れた首が今度は胸側にがくりと垂れて揺れた。魔法鎧を貫通する武器や魔法の類はそう多くないが、今は選択肢の方が少なかった。


グラスホーンは二本の指を、ペーパーナイフの刃から先、中空をなぞるように滑らせた。ぼうっと光る光の刃が指の軌跡に沿って伸びる。魔力で作った刃は、切れ味抜群とまではいかないが、相手を地面に縫いとめることくらいは出来るかもしれない。

グラスホーンは息を止め、一度だけ窓の外を見た。そして、両手でロイヤルガードの首元に魔法の刃を突き立てた。

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