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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「緊張と弛緩」(10)

何の感情も籠っていない目で足元の死体を見下ろし、そして彼女はグラスホーンを振り返った。

砕けた窓から風が吹き込んできて、一条、髪が頬にかかった。

一瞬で終わった戦闘の様子とあいまって、奇妙な美しさがそこにはあった。


「大丈夫?」


また自分は、身動きできないまま彼女の声を聞くんだな、とグラスホーンは奇妙にも思った。顎を蹴られた余韻はまだ強く、身体が動かない。不明瞭な声をあげると暗殺者はつかつか歩み寄って来た。


「蹴とばしておいて言うのも悪いんだけど、脳が揺れてるからあまり動かないほうがいいよ。そして、ええと、何から説明しようか。揺れが治まってからでいいんだけど、その、悪気があった訳じゃないんだよ。なるべく殺さない、って約束を破っちゃって悪い、とは思ってる。いや、マジでさ」


ぽんぽん、と彼の肩を叩き、彼がうつ伏せに倒れたままのベッドの脇に腰掛けて少し黙る。黙って彼女は、何か考えているようだった。目をつぶるとそのまま気絶してしまいそうだったのでグラスホーンは何とか身体を動かそうと試みるが、まるで自分の身体でないようにうまく動かない。


「これさ。誰の差し金だと思う?」


暗殺者は彼の横で本棚を眺めながら問いかけた。くぐもった返事に、思い出したように首を振る。


「ああ、いや、動けるようになるまでそのまま聞いてくれていい。わたし、今少し考えているところなんだけど、ちょっと答えが出てない。不自然なんだ。だってさ、ほら、見てごらん……って、動けないね。無理して見なくてもいいや。この魔法鎧、ロイヤルガードの装備だ。正面からやりあったことはないけど、中身の技量がどうであれ、ちょっと遠慮したい感じの魔力素だよねこれ。…って、そうじゃない。問題はこいつの強さより、なんでロイヤルガードなんかが出張ってきたのかってことなんだ。これ、王の護衛が仕事でしょ、ねえ?」


言いながら彼女は立ち上がり、腕組みで顎に手を当てながら入り口へと歩いた。


「言っちゃ悪いが、重要区画でもないこの辺りの警備に、こんなゴリゴリの戦闘装備を着込んでくること自体がおかしい。ナイトシフトだって言っても、まるで"何かを予想していた"みたいだ。それにこの寝室は、廊下から二回、扉を開けないと入って来られない。もし仮に不審な気配に気付いて来たんだとしても、ここは貴族様の居室だ。最初の玄関の扉はどうやって通過したんだろう?ロイヤルガードにはマスターキーを使う前にノックするって文化がないのか?」


彼女は破壊された扉の傍らに立ち、爪先で押す。ドアノブが吹き飛ばされているが、扉自体はゆっくり動く。


「見なよ、ノックどころか、ドアノブの使い方も知らないらしい。そんな野蛮人でも務まるなら、わたしもロイヤルガードに履歴書を送ってみたいもんだよ。一体週給幾らくらいなんだろう。さすがに公職だし、賞罰無しじゃないと厳しいかな。でもわたし、この国ではまだ何もしていないと思うんだけど。…って、そら、やっぱりだ。応急の仕事じゃない。ドアノブだけを、なるべく音を立てずに吹き飛ばすように組んである。最初からこのドアを、ブリーチするつもりで来てたな」


独り言のように呟きながら、彼女は扉を調べている。グラスホーンは喘ぎながら体を捻って仰向けになった。


「ガードを、殺した、のか……?」

「おっ、動けるようになったのかい」


暗殺者の声は相変わらず、はぐらかすみたいに軽かったが、グラスホーンが抗議の意味で唸ると小さくため息をついた。


「まあ、しかたないと思う。この場合、正当防衛に近いよ。これはノーカンにして欲しい」

「殺人が、罪にカウントされない世界は、地獄だ」

「いや、この国の法律の話じゃない。わたしと君との契約の話だよ。それに、今回に関しては君の命を救ったってこともあると思うよ。少なくともわたしが見るところによるとさ」


暗殺者は戻って、まだ体を起こせないグラスホーンを見下ろしながら解説を始める。


「ダウンしてて見えなかっただろうけど、このロイヤルガードは倒れている君を一瞥もせずに窓に向かったんだ。これがどういうことだかわかるかい。さっきも言ったけどこいつは、"中で何が起きているのか判っていた"んだ。わたしが君をイジメて、いたぶって、殺すか、半分死ぬような目に遭わせているはずだってことを知ってたんだよ」

「……なんだって?」

「いや、一応、自分で言うのも面の皮だけど、訂正しておくよ。わたしはそんな野蛮なこと、してないし、するつもりもなかったんだからね」


暗殺者は何故か顔を赤くしたが、咳払いしてから、ともあれ、と話を続ける。


「ともあれ、玄関のドアをそっと開けて廊下から侵入して、他の部屋には目もくれずに君の寝室に向かってきている。しかも君の寝室を開ける際には、施錠の確認をすることもなく爆破だ。それはやはり、ここにわたしたちが居る、って確信している人間の行動だよ」


暗殺者はため息をついた。


「そして、倒れている君を助け起こすでもなく、割れた窓に向かって突進だ。これって、説明つくかい?凄腕のロイヤルガードの状況判断っていうのは、そんなに瞬時にできるものだろうか。答えはノーだ。そもそも、音だけを頼りにしか判断できない状況で、窓の破壊音は中の人間が逃げたのか、それとも外から人間が入って来たのか判らない。なのに、こいつは明らかに"追った"」

「それは」

「つまり、誰かが、この状況を事前に、こいつにブリーフィングしてたんだってこと」


話を聞いているうち、段々視界がはっきりしてきた。見慣れた天井の、深い板目が見える。ゆっくり揺れてはいるが、二重に見えたりはしない。それについて何か、合理的な説明が出来るだろうかと考えたが、思い付かなかった。

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