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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「緊張と弛緩」(6)

「僕は、彼を確かに知っていた。真面目な子だったよ」


グラスホーンは呟きながら、少年の姿を思い出した。直接、護衛関係にある騎士ではなかったが、着任した日、律儀に回廊の研究室を挨拶に回っている姿を覚えている。まだ傷一つない、ぴかぴかした軽鎧に着られているような初々しい姿だった。この建物の警護を仰せつかりました!と胸を張る少年。

回廊は危険の多い場所ではない。仮にも龍の宮廷の一角である。賊が押し入るなんてことは殆ど考えられないのだ。つまり、そこの警護というのは実質閑職である。つまらなそうな仕事にも腐らず、きらきらした目をした新人騎士を、彼は珍しく思った。

後日、幼く見えたがハーフリングではなく、本当に年若いヒューマンなのだと聞いてたいそう驚いた。試験を通過した正規の騎士だと聞いてさらに驚いた覚えがある。中庭に変死体が見つかったと聞いた日は、それが彼のことだとは知らされなかった。数日後にそれが彼のことだと、人づてに聞いた。結局、別れの挨拶は出来なかった。


「僕は、彼を殺した犯人についての情報は持ってない。信じてもらうしかないが、本当に知らないんだ。あなたの求める情報を、僕は提供することが出来ない」


グラスホーンは喋りながら、考える。

彼は宮廷会議の下にある研究院の、戦闘とは無縁の魔術師であった。専門は契約魔術の研究、拘束術式の開発、古代語の翻訳である。出身地である西方列島の言語を使えるものが龍の国では少ないため、重用されてはいたが、そうそう要職という訳でもない。彼がこなしてきたのは、契約内容の記録や、複数のルールのチェック、ほとんどは事務と研究だ。殺し合いだけでなく、捜査や推理も本職の仕事ではない。


「近衛を動かして、捜査を進める権限だって僕にはない」


言いながら彼は、自分が少年騎士の死の真相を探るためには何の役にも立たないということを改めて意識したが、暗殺者は別段落胆した様子も、予想外だという表情もしていなかった。

暗殺者が考えているのは、少年騎士、ヴァレイの事であることは間違いない。その死の真相を知りたい、復讐をしたいという言葉に偽りはないだろう。だが、その為のピースとして彼が協力できることは一体何だろうか。

おそらく、彼女が求めているのは「そうではない」のだ。彼女は、彼に何かをさせようとしているのではないのだ。グラスホーンは直感的にそれに気付いているが、うまく言語化出来ずにいる。


「しかしあなたは、あの子の仇を討ちたがっている。だってわざわざ僕に、その話を」


グラスホーンは、今自分が知っている情報を呟き、声に出すことで、ようやくたどり着いた。彼は息を飲み、そして顔を上げた。


「ミス・ハニカムウォーカー、もし、見当違いなことを言っていたらすまない。あなたは、依頼されない限り”掃除”をしない。そういう信条を持っているのかな」


暗殺者は表情を変えないまま、息だけでひゅう、と音を立てた。


「失礼な。わたしの部屋は、常に片付いているよ。掃除は実益を兼ねた趣味、わたしの生きがいといってもいい」

「すまない。回りくどい言い方だった。掃除じゃない。"殺し"だ」

「……そっちに関しても、半分は趣味みたいなものかな。さっきも言った通り、わたしは自主的にやるときはやる。やりたくないときはやらない」


意地悪を言っているようではなかった。言葉遊びではあるが、はぐらかしているようでもない。


「言い訳や儀式が必要、とあなたは言ったね」


慎重に言葉を選び、腕組みをして彼は暗殺者の腿に留められたホルスターを見つめた。


「つまり、あなたは復讐がしたい。しかし、自主的に始めるには、何かが邪魔をしているんだね。おそらくそれは、そう、後悔だ。あなたは自分を許せずにいる」


返事はなかった。


「彼が騎士になるのを、自分の介入が後押ししてしまったのを、後悔しているんだ。きっと、あなたは自分を責めているんだ。自分にそんな、正義の味方みたいなことをいう資格があるのかって」


少し長い沈黙。核心を突いた感触があった。


「だから、あなたは誰かにそれを命じてもらいたかった。自分が動く理由が欲しかったんだ」

「待った。グラスホーン。君は、その」


さえぎって暗殺者は彼に指を突き付ける。さっきまでは見せなかった、名状し難い表情をしている。


「悪いけどさ、君、ぜんっぜんモテないだろ!」

「失礼な。あなたが儀式や言い訳が必要だって言ったんだ。僕はそのリクエストに応えているだけで」

「違う、そうじゃない、なんて言ったらいいんだ。君は、その……性格が悪いな!」

「仕事が丁寧だと言ってほしいな。僕にとっても重要な場面なんだ。誤解や、勝手な推測で話を進めたくはない。もし仮に間違った理解であなたに依頼をするとなると」

「判った、判ったよ。いい。わたしが悪かった。わたしが悪いんだ。でも……その、あんまりいじめないでほしい」


グラスホーンは、表情を見られたくない、とそっぽを向いた彼女を見て思わず笑ってしまった。自分についてだって、少し前まで死の恐怖におびえていたとは思えない。自分の情緒の振れ幅にも笑ってしまう。


「ミス・ハニカムウォーカー。僕は、何故だかあなたのことが嫌いになれないよ」

「わたしは嫌いになりそうだ」

「結構。僕があなたにする依頼の内容は決まった。そう理解してもらっていいと思う」

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