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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「緊張と弛緩」(4)

メアリ・ハニカムウォーカーの悪戯っぽい笑みは、あまり長く保たなかった。きらきらと微笑んだ口元が、少しだけ所在なさげにもごもごとうごめき、そしてへの字に曲がった。少し生気が戻って来たとはいえ、グラスホーンの目は死んだままである。


「まあ……そうなるよな」


落胆したような、微妙な口調に、縛られたままのグラスホーンはまだ状況を理解できずにいる。


「わたしは、その、説明が難しいんだけどね。きちんと仕事をするというのはとても大事なことだと思っているんだ」


胸を張って彼女は宣言し、そしてすぐさま自分の過去を思い出したらしい。


「いや、まあ、確かに故郷のギルドに居た頃は褒められる仕事ぶりではなかった。ただ、あれはわたしを指名した仕事ではなかったんだ。どうでもいい仕事、誰も笑顔にならない仕事、惰性のような殺し合いの連鎖、暇つぶしのような権力闘争、いや、言い訳は止めよう。たしかにあの頃のわたしは言い訳の仕様もなく、仕事に対して不真面目だった。不真面目というか、逆に、今よりももっと、わたしの中の倫理に対しては真摯だったといえるかもしれないけど、職業人としては、まあ、失格だったよ。オーケー、認めよう。わたしはあんまり仕事について胸を張って語れる立場にはない」


彼女は手ぶりを交えながら自己完結し、そして肩を落とした。声のトーンはさらに一段落ちた。


「ただ、その過去の反省を踏まえてね。フリーランスになった今はもう少し、頼まれたことはきちんとこなすようにしようと思っているんだよ」

「僕は……」

「悪かった、グラスホーン・パトリックノーマンマクヘネシー。ひとつはっきりさせておこう。わたしは今夜、決して君を殺さない。約束するよ。これを最初にきちんと伝えないと安心して話が出来ないよね」


メアリ・ハニカムウォーカーは控えめに、何も持っていないことを示すように両手を上げた。


「わたしは、君を”死ぬほどこわい目”に遭わせるために、この宮廷への潜入に便宜を図ってもらった。誰にって?そりゃリィンお嬢様に決まっている。彼女は腐っても、この、龍の王に傅く第一権力、宮廷会議の一員だ。侵入者を手引きするために、警備を誤魔化すことくらいは造作もないらしい。まあ、権力者のひとりがそんなあけすけに不正を働く姿勢というのは問題だと思うけど、わたしには好都合だった」


ひらり、と手を振ると、何も持っていなかった筈の彼女の左手に、魔法のようにナイフが現れた。


「わたしはね、君に会いに来たんだ。グラスホーン。わたしみたいなタイプには、自分が行動を起こすために言い訳とか儀式とかが必要なんだよ」


一歩、彼女が近付くと反射的にグラスホーンは体をよじった。死と暴力の匂いを感じた、肉体の反射だ。ただ、暗殺者は特に気に留めた様子もない。


「初めから整理してみよう。わたしはここに、依頼を受けて君を脅かすためにやってきた。その目的は今、果たされたね。君は漏らす寸前までビビり、明日の朝には白髪が増えていることに気付くだろう」


彼女はナイフを持っていない方の手で、髪をかきあげて耳にかける。


「しかし、その過程でわたしはひとつミスを犯した。よりにもよって、依頼人の名前を君に教えてしまったんだ。リィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリーム。ああ、これ覚えるのほんと大変だったよ。貴族制はクソだね。まあいいや。ともあれ、とっくに抜けた身ではあるけど、わたしがギルドの流儀に沿うならば、依頼人への守秘義務によって君のことを殺してしまわなければならない」


縛り上げられた彼の隣、ベッドの端に腰掛けた彼女の、肩から腰へのラインが月光に映える。


「しかし、ここにひとつ、ルールの衝突が生まれる。人間の作ったルールは、複雑に組み合わされるほど、おかしなことになる話はしたよね。つまり、この場合は君がわたしに何か依頼をすれば、その瞬間から君はわたしにとっては依頼主になるってことだ。わたしがその依頼を解決し、わたしたちが無関係の他人に戻るまでは、わたしには、依頼主である君を殺してはいけないというルールが発生する」


半身をよじって、肩越しにメアリ・ハニカムウォーカーはグラスホーンの目を見つめた。


「勿論、矛盾関係にある、達成不能な依頼を同時に受けてはいけない、というルールもあるんだけど、今やわたしはリィンお嬢様からの依頼は達成している。仮にまだ済ませていなかったとしても、君からの依頼を受けること自体には問題はないはずだ。だってわたしが受けた依頼は、君を死ぬほどこわい目に遭わせてやれ、というだけだからね。焼鏝を君のケツに、失礼、その、お尻に突っ込むというのはプランとしてはオファーされたけど、金額を伝えたら取り下げられた」


くるくるとナイフを弄びながら、彼女は伸びをした。


「それが『たのむ、殺さないでくれ』だとしても、わたしの仕事と矛盾はしないわけだから、受けてもよかったんだよ。君、何で命乞いをしなかったんだい」


話の着地点が今ひとつ見えてこないが、今は何かの解説のパートに入ったらしい、ということをグラスホーンは理解した。今までに彼女が語った事は、とりとめもないようにみえてそうではなかったようだということを理解した。散りばめられたヒントから正解を選べば、おそらく自分は本当に殺されずに済むかもしれない。

ごくりと唾を飲んで、なるべく優雅に聞こえるようにグラスホーンは尋ねた。


「もう、ある程度、息を深く吸っても、構わないかな?」


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