被監禁日誌(4)
いい機会だ。
自分の状況についても残しておこうと思う。
それは彼女の状況とは無関係だし、僕は自身の弁明と主張を自分の口で行う予定だが、万が一ということがある。
もしも、何らかの事情によって僕が話をできない状況に追い込まれた場合。そう、例えばそれこそ何らかの要因で死亡したり、重篤な障害を負った場合、これから残しておくことが、僕の語れる唯一の証拠になるわけだ。
つまり、僕は何重もの意味で今、これを残しておかなければならないとも言える。
しかしなんと言ったものか。
とても難しい。
僕は慎重に言葉を選んでここに残す。
実は、僕は自身が投獄された原因に心当たりがある。
正確には、宮廷会議が『僕を投獄しなければならなくなった理由』に心当たりがある。
僕を襲った賊は、何の情報も残してゆかなかった。僕は、彼女が何者であるかを知らない。だが、賊を差し向けた当人には心当たりがある。僕は、襲撃の夜を幸運にして生き延びた。おそらく、賊を差し向けた人物にとっては誤算だったことと思う。
今度こそ確実に僕の口を塞ぐため、その人物は僕を投獄したのだろうというのはそれほど難しい想像じゃあない。
僕は……。
……なんとも難しいな。
僕が懸念しているのは僕を地下牢獄から攫い出した彼女のことだ。彼女は、自分がこの記録にアクセスすることはないと言っていた。盗み見をしないというその言葉を僕は信用している。
僕が心配しているのは「彼女に覗かれるかもしれない」ということではない。
むしろ本来知るべきでない情報を知ってしまった結果、彼女がよりまずい立場に追い込まれてしまうのではないかということだ。
彼女がこの記録にアクセスする時。それが興味本位の覗き見でない場合。おそらく僕に何らかのアクシデントが起きていることと思う。その場合、彼女も無事ではないことと思う。
僕と同じタイミングで捕縛されているだけならまだいい。
今僕は、僕だけが倒れ、彼女が生きて逃げ延びた場合のことを考えている。
僕がこの記録を持ったまま、再び彼らの手に落ちるというプランは残念ながら現実的ではない。
宮廷会議の面々が、捕縛した僕の懐からこの記録を発見し、誠実に中身を確認した結果「誠実に、公平に対応してくれるだろう」という期待は極めて楽観的だと言わざるを得ない。
僕を陥れたであろう人物、そしてその人物と極めて近い関係にある人物、どちらも宮廷会議の中にいる。この記録が最初に彼らの目に触れた場合、初めから存在しなかったかのように握り潰される可能性が極めて高い。実際、僕は何かを主張をする機会すらろくに与えられず、地下牢に放り込まれた。
僕の弁明を聞いてくれなかった相手が、この記録の内容だけは信じてくれるケースというのが、はたして存在しうるのだろうか。
そのことを考慮すると、彼女に促されて記録をつけてはいるが、この記録が効果的に機能するケースというのは極めて少ない。
つまり、消去法ではあるが、僕に何かがあった場合、僕はこれを彼女に託すべきだというのが理性的な判断になる。僕はこの記録を、自分が積極的に脱獄したのではないという弁明のためではなく、もっと別のことに使うべきなのだ。
しかし、これは、大いなる矛盾だ。
僕を救済しようとするための記録は、彼女にとって不利になる証拠でしかない。彼女にとっても利用価値があるかもしれない告発は、それを知ることで新たな危険と敵を招く。僕たちにとって、これはそもそもが不公平なゲームだ。
彼女の弁護をするためには、そして自身の潔白を示すなら、本来ならあやふやな未来に賭けるべきではないのだ。今は何が何でも逃げ延び、信用できる味方を見つけて、正面から再び挑むしかない。
この記録は脱獄の罪を軽くしたり、逃れたりするための「保険」であるべきではない。それは、宮廷会議に対する「武器」であるべきだと思う。
この記録を聞いているあなたは、誰だろうか。
僕にはあなたか誰だかわからないが、ただ信じてほしい。
僕は自分の保身のためだけではなく、そして彼女の立場を救済するためだけでもなく、宮廷会議に潜む大きな間違いを告発するためにこの記録をつけている。
ただ。
やはり、この秘密を彼女と共有すべきとだとはどうしても思えない。彼女は直情だし、何より「人の話を聞かない」。万が一、彼女が「宮廷会議に対する武器を得た」と感じてしまった場合、僕は僕の闘争に彼女を巻き込んでしまうことになる。
それはフェアではない。
僕自身は、彼女とミームマルゴー氏とのトラブルに関与するつもりが全くないというのに、彼女だけを僕の闘争に巻き込もうというのは、全くもってフェアではない。
どう残したものか、いまだに悩んでいる。