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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「鉄血」(11)

「黒ツノ」

「はい?」


立ち止まったまま、ハニカムウォーカーは目をつぶってぎごちない笑顔を浮かべた。


「わざとらしい演技はやめろ」


ザーグは苛ついた様子ではない。臓物と血まみれの店内で、今はただ、彼女の人品、情報を吟味しようとしている顔だ。おそらく、彼が息子を探すためにこの酒場を訪れたというのは真実なのだろう。ひと月前、地下礼拝堂の火事翌日からザーグの息子、ゲッコーポイント・アンデレックは行方不明になっている。


“宮廷からの借り物”という口ぶりのもの、扉の下敷きになった彼の護衛か何かのついでに、不確かな情報を確認しにきたというところだろう。


本気か冗談か、彼自身が口にした呟き。酒場で乱行パーティが開かれ、そこにゲッコも参加しているなどというのは控えめに評価しても与太でしかない。そんな程度の情報の真偽を確かめるために同行したともなると、ザーグの中でゲッコ失踪の手がかりはいよいよ行き詰まっていると言わざるを得ない。


ザーグは知らない。

行方不明になった息子が、何者かによって歩く死体へと変えられていたことを知らない。彼がまるで使い捨ての駒のように扱われ、眼前の暗殺者によって首を落とされたことを知らない。そしてその首が、胡乱なダークエルフによって持ち去られてしまったことを、まだ知らない。


「つまらん情報でもいい。真偽も問わん。本当か嘘かも自分で確かめる。なんなら金もやる。お前が何か知っているなら、それだけの価値はある」


ザーグは真剣にハニカムウォーカーを見つめる。ハニカムウォーカーは作り笑顔を解いて、躊躇うように唇を動かした。


宮廷の地下牢で受けた襲撃。赤襟からロイヤルガードの鎧を支給されたという襲撃者の証言が仮に事実だったとしても、実際の赤襟傭兵一族が関与している可能性は低いと言っていいだろう。ハニカムウォーカーが龍敵に認定されていることを知っているのであれば、ザーグの一連の反応はむしろ不自然だ。

やはりそれは、誰かが赤襟を騙っているのだ。


ただ、彼女は、躊躇っている。

子を亡くした父親に、どのように伝えるべきか、どこまで伝えるべきか。


「アンデレック卿!」


またもや話を遮って、ドアの残骸からようやく這い出した男が金切り声のような高い声でザーグを呼んだ。


「この者は、私を、踏みつけに!」


男はフランチェスカを指差して、地団駄を踏みかねない怒りの形相だ。衣装は彼のものではない血に汚れ、額に二箇所、傷を負っている。歳の頃は、壮年に差し掛かるころだろうか。女たちよりは大分年上のヒュームだ。


「そこの女も、この私に、賤しくも不意打ちを!!」


ザーグが心底うんざりしたように振り返った。当のフランチェスカは、毛ほども関心を持った様子もなく、彼の救出に手を貸した傭兵と何かを話している。

ザーグの目線から一旦逃れ、ハニカムウォーカーはあからさまにほっとした顔になった。彼の背中越しに額傷に微笑みかけ、小さく手を振る。煽られたと感じたのか、彼の顔はみるみる赤黒くなる。


額傷の、反射的で浅い敵意の相を見るに、ハニカムウォーカーが龍敵認定されたということ自体も、真実ではない可能性が高そうだった。まだ周知されていないだけという可能性も残ってはいるが、少なくともこのチームとは別の何かが彼女に刺客を送ったのだ。

ザーグがあしらうように手を振った。


「そっちの金髪はうちの客分、身内のミスだ、許してやってくれ。こっちのこいつの話は知らん。この騒ぎの犯人ではないらしい。何か文句があるなら自分で話をつけろ」

「……ッ!!」


男はむしり取るように、襟の赤い布を振り回した。


「こんなものまで着けさせて、まるで意味がないではないか!」

「意味はあったぜ。それを着けてなかったら多分、そいつはドアの下敷きになった時点でお前さんにトドメ刺してる」

「……ッ!」


ザーグは彼に対して苛ついた様子を一切隠さない。嘲るとまでは行かないが、あからさまに厄介者扱いをしているようだ。


「乱戦になるとうちの連中は見境がねえんだ。出る前に説明したはずだぜ。何もなきゃいいが、何かあった時にその布を着けてないと“間違い”が起きる可能性があるから気をつけろってな。それ、今、取っちまっていいのか」


話しながらだんだん腹が立って来たようで、ザーグの語気は尻上がりに荒くなる。


「あとな。なんか勘違いしてるみたいだが、俺がお前さんのお供にきてるんじゃねえ。お前さんが俺について来てるんだ。分かったら、俺からやれと言われたことは、やれ。やるなと言われたことは、やるな」


明確な威圧に、額傷は黙った。反論しかけ、取りやめ、額傷は射殺すような目線から逃げるように背中を向ける。


「では、私はここに来た本来の目的を、果たさせてもらう」


不満そうに、それでも彼は赤い襟飾りを巻き直した。

意外なことに、彼は酒場のこの惨状に対してそれほど衝撃を受けた様子ではない。酒場で起きた騒動の張本人をただす様子もない。では彼が何を目的としていたのか。ハニカムウォーカーが眉をひそめる。ベティ・モーも、背中で聞いているのは間違いない。


彼はフランチェスカと話していた傭兵を呼んだ。一瞬、傭兵はザーグの方を見たが、当主が頷くのを受けて手伝ってやることにしたようだった。2人は並んで手洗いに入っていった。


「昔なら、ぶっ殺してるとこだ」


呟きながらザーグは再びハニカムウォーカーに向き直った。ハニカムウォーカーは、観念したようにザーグのそばの席に浅く腰掛けている。


「ミスタ・ザーグ」

「なんだ」

「わたしは…おそらく…赤襟のゲッコ、ゲッコーポイント・アンデレックの行方を…知っている。少なくとも知らないとは言えない」

「あいつと会ったのか」


ザーグの表情が変わる。


「これは、正確な言い方を……しなければならない問題だ。正確には、そう、うん。そうだね。会ったと…言えるとは思う。そして、彼の行方を、一部は知ってる」

「勿体をつけるな」

「ミスタ・ザーグ。わたしはこういうのに慣れてないんだ。だから、気に障ったら許してほしい」


ハニカムウォーカーは大きく息を吸った。


「まず、ゲッコーポイント・アンデレックはもうこの世にいない」


ザーグの表情は変わらなかった。


「お前が、殺したのか」


ハニカムウォーカーは答えなかった。2人のやりとりは、おそらく他の誰にも届いていない。2人の間にあるのは、ただの沈黙だ。ザーグは、ハニカムウォーカーの目を、ただ見つめた。

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