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ハニカムウォーカー、また夜を往く  作者: 高橋 白蔵主
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「鉄血」(7)

龍は人間の言葉を解さない。

それは、人間に興味がないということではない。龍は、種としての人間には興味があるらしい。だが、それだけだ。個々を愛している訳でも、その身を削って尽くしてくれる訳でもない。龍は龍で、それでしかない。龍は判断しない。ただ選ぶ。龍の選択肢に「過ち」はない。正確には、人の理で龍を測ることはできない。龍の選択が人に災いをもたらすとしたら、龍がそれを必要としたということだ。人はそう考えるしかない。


人は、そのようにして龍と付き合うしかない。

しかし、それでも龍に惹かれるものは居たし、龍の国の門を叩く者は途絶えたことがなかった。彼らの中には、龍から時折賜ることがあるという「特別な加護」を求めるだけの者もいたが、その大半がただ、龍という存在に魅せられたものたちだった。龍は、どうしたって異才を惹きつけるものだった。


王という存在は、龍と似た性質を持つ。

王は民を愛し、統べるが個々の民をひとりひとり覚えたりはしない。多くの王にとって、民は顔と名を持つ個人の集まりではなく、いつのまにか民という概念そのものになる。王は地平に降りてはならない、というのは鷹の国だけの王訓ではない。人と並んで立つ王は、長命であればあるほど、いつか必ず過ちを犯す。

それは歴史上繰り返されてきた事実であるが、しかしその事実は、人と並ばぬ王であれば決して間違えない、ということを担保しない。


龍の国の王は、龍であり、王だった。


白亜の宮殿は広く、孤独な龍の居城だった。ごく限られた召使いだけが入城を許され、王である龍の身の回りの世話をしている。

その龍の城の門代わりとして聳える柱状墳墓のさらに手前。

柱状墳墓より一回り大きい円形の建物が調音台、いわゆる宮廷会議と呼ばれる行政府がおかれている建物である。花官、根官といった六官が務めるのもこの建物を中心とした放射状の宮廷だ。

龍の国で「宮廷」という言葉は、主にこの円卓状の建物全体のことを指す。

宮廷会議に名を連ねる強者たちが集まる議場だけを指す場合、それはしばしば『慰霊碑』と呼ばれる。


慰霊碑には、当代首席である微睡のマルスクエアがひとり、座っている。本体ではない。その精緻な彫刻にも似た人形は彼女の義体だ。本体を写し取ったような白磁の頬、金の髪。同じエルフの一族ではあったがリィンとは印象が全く違う精悍な横顔。マルスクエアに魔術の才はない。彼女は、剣の腕だけで首席を勝ち取った。『騎士』と彼女は呼ばれている。


奇しくもこの三代、首席は連続して女性であった。


先代は魔術に秀でたヒュームだったが失脚した。

バンライン・バンブーシガー。主に『大臣』と呼ばれていた彼女は、もともと龍の魔術の研究者だった。そんな彼女の失脚のきっかけは、王である龍とは別の、邪龍を崇拝しているのではないかという告発だった。

実際のところ彼女の邪龍信仰については事実だったのだが、他ならぬ龍が「追放の要なし」としたため、特に罪に問われることなくただ、自ら職を辞するのみに留まった。龍の国の法には、邪龍の刺青を背中に入れること自体を咎めるものはない。彼女は龍の国の物資、知識を使って邪龍の召喚を目論んでいるともされるが、現時点ではまだ、行動に移す様子はない。起こしていない罪では誰も彼女を裁けない。

宮廷の部屋こそ辞したが、彼女はまだ龍の国に暮らしている。


微睡のマルスクエアは、新しく首席を決めるための天覧試合の決勝において確かに大臣と対決したが既に、大臣に戦意はなかった。それよりは同じく首席の座をかけて争った鉄仮面の魔女、グラジット・ミームマルゴーの方がマルスクエアを苦しめたと言ってもいいだろう。

三つ巴の決勝戦を制したマルスクエアが主席についてから、龍の国に大きな乱れはないが、水面下で起きている政争、陰謀が消えることはない。


バンライン・バンブーシガーの、前代の首席は王母である。

この国において龍は七年ごとに人間の母体を借りて生まれ直すことを繰り返している。なぜ王母が主席に座れたのかという理由を簡単に言えば、王母は「王をニ度産んだ女」だったからであった。

王は再び産まれる先を選ばないと言われている。

龍の国の歴史でも類のないことではあるが、事実、彼女は二度、王を産んだ。


もともとヒュームの彼女にそこまで特別な才があるわけではなかったが、その意味では、その異常な「確率」が彼女の才だったのかもしれない。あるいは、確率が彼女を覚醒させたのかもしれない。

もともと慣習によって重用されたお飾りの役職のはずだったが、宮廷に入り、異常とも言える政治的な手腕を発揮した。最初の七年で彼女は、龍の国をほとんど我が物とする権勢を見せた。その末の、二度目の出産である。

王である龍と同じくひとの名を捨て、自身を「王母」と呼ばせるようになったことからも知れるかもしれないが、一時期のそれはまさに王ほどの権勢であった。だが龍はそれを頓着しない。龍による贔屓や配慮ではなかった。これまでの全ての例を見ても、龍に親子としての情があったとは思えない。


王母は、二度とも産み落とした我が子を一度だけその腕に抱き、そして二度と子に触れることはなかった。


王母は首席を務める間、上奏、儀式、勅宣、その全てで恭しく傅き、龍である王に対して完全なる臣下の礼をとった。ただ、龍がそこに絆されたとは考えにくい。それまでも、そしてそれからも、龍は何ら王母に便宜を図らなかった。妨げることもなかった。王母がのしあがったのはひとえに彼女の才覚によるものであった。


一代で宮廷会議の仕組を変えた王母は、龍の試しを経ることなく首席に収まったが、もともと龍の定めた天覧試合の開催周期までは変えられなかった。彼女はある種の怪物ではあったが、武、魔、共に特に秀でたものはなかった。

その裏にバンライン・バンブーシガーとの政争があったという噂もあるが、禅譲、という形で天覧試合を待たずして彼女は退いた。表舞台から姿を消して尚、彼女の影響を受けるものは多く、彼女自身もまた、依然として宮廷に部屋を持っていた。


そして今。

微睡のマルスクエアは鉄でできた甲冑を身につけ、首席に座っている。今の時間の慰霊碑には、彼女の他に誰も居ない。彼女は椅子の背に軽く体を預け、眠っているように見える。人形だからだろうか。その胸は上下していない。そう。それはまるで死んでいるかのように静かだ。

天窓から、わずかに曙光が差し込んでいる。壁で柔らかく反射した光が、わずかに彼女の頬に影を作っていた。不思議なまでに荘厳な美しさがそこにはあった。


マルスクエアの本体は、遠征の地にある。

遠く離れた地で彼女は異界の神を殺すために剣を振るっている。もう半年になろうか。定期的な連絡だけが彼女と龍の国を繋ぐ。宮廷の銀細工師が義体を作った。魔術的な繋がりを作った。


龍は首席の不在を許した。


それがどんなことを引き起こすかについても、頓着しなかっただけなのか、それとも考えもつかなかったのか、それは誰にも分からない。

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