魔法の絵本
◇◆◇
「あなた、行ってくるわね」
「ああ、わかった」
「クロード、家のこととヴォルのことをお願いね」
「はい、かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
俺は一歳になった。たどたどしいが言葉も話せるようになり、つかまり立ちで移動することもできる。
今までは俺の世話に付きっきりだった母さんがどうやら今日から数日間、街の方に行くらしい。
「ヴォル、いい子にしているのよ」
「うん」
「ヴォルター様は赤ん坊ながらにしっかりしていますから、きっと大丈夫ですよ」
「私がいなくなって泣いたりしないかしら」
「俺がいるんだから、大丈夫さ」
「ふふ、そうね。じゃあ行ってくるわ」
「おう」
「行ってらっしゃいませ」
ラウラは玄関を出て、そのまま街へと向かっていった。
街か。こことは違って人や建物で溢れかえっているのだろうな。
「さて、ヴォル!何しようか!剣術でもやってみるか?」
ローベルトは剣のことしか頭に無いのか。まさに剣術バカって感じの男だ。
「……ローベルト様。一歳の赤子は剣など握れませんよ」
「そうか?俺は小さい頃から剣を振っていた記憶ばかりなんだがな」
クロードが少し呆れ気味に言った。
「きちんと歩けるようになれば剣の稽古も可能になるかと」
「はは、そうか。ヴォル、早くでっかくなれよ~」
ローベルトが俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
俺だって今すぐにでも成長したいわ!
「私はそろそろお昼の準備をいたします。ヴォルター様はなにか絵本でも読まれますかな?」
「うん!まほーのほん」
「ふふ、本当に魔法が好きなのですね。かしこまりました」
クロードは書斎のある二階へと上がっていった。
「そんなぁ〜、剣のほうが楽しいぞ~」
顔にひげをこすりつけないでほしい。地味に痛いんだぞ。
もっと成長したら剣術を習いたいけど、今は絵本で魔法のことを少し調べるくらいしかできないんだ。
今俺が読んでいるのは、子供向けの魔法について書かれた絵本だ。詳しい習得方法など、魔法発動のために必要な知識は書かれていないが、魔法がどのようなものなのか、どのように扱われてきたのかなどを絵付きで説明してくれている。
もちろん魔法を習うための専門書はあるみたいだが、流石に一歳児には読ませてもらえない。
それもそうだよな。何かの手違いでいきなり魔法が暴発しようものなら死にかねない。
今まで読んだ絵本には魔法は属性魔法と回復魔法、そして召喚魔法に分かれていること。属性魔法には火、水、風、土の四種類が存在していること。召喚魔法は一人につき一体の召喚獣を出することができること。強力な魔導士になると地形を変えるほどの魔法を使えるらしい。他には今までに魔導士たちが成してきた功績などが書かれていた。
クロードが一冊の本を持って階段を下りてきた。
「はい、確かまだこの絵本は読んでいませんでしたね」
クロードが持ってきた本にはファンタジーに出てくる魔法使いのように、長いローブにとんがり帽子、髭の生えた老人が大きく描かれている。
「ありがとう!」
「いえいえ」
「じゃあ、俺は庭で体動かしてくるから飯ができたら呼んでくれ」
「かしこまりました」
そう言うと、ローベルトは剣を持って庭へと向かっていった。
そうしたら俺も早速この新しい本を読ませていただきますかね。
よし、一通り読み終わった。今回の本にも新しい情報が載っていた。
魔法は使用者の体の中にある魔力を消費して使うことができること。たとえ魔力があったとしても才能がなければ魔法の発現はできないこと。
神様が言うには魔法の才能をつけてくれたらしいから、魔力さえあれば魔法は使えるのかな。
しかし、子供用の本には魔力の使い方や魔力から魔法への変換の方法は書かれていない。
父さんに聞いてみるか?いや、あれは剣術バカっぽいから無理か。そしたらダメ元だがクロードに聞いてみるか。
ヴォルは壁を伝いながらクロードのいるキッチンへと向かう。
「まほうって、どうやるの?」
「ん?もう読み終わったのですかな?」
「うん」
「さすがヴォルター様、読むのがお早いですな。ふむ、魔法の使い方でございますか」
クロードは少し考えるように顎に手をあてている。
「その絵本以上の内容となりますと、一歳のヴォルター様には難しすぎる内容だとは思うのですが」
「だいじょーぶ」
「ほほ、本当に賢い方でございますな。では、昼食を済ませましたら魔法についての話をしましょうか」
「うん!」
よっしゃあ!
クロードとしてはたかだか一歳児の好奇心に付き合っている感覚なんだろうな。
これでもし魔力の使い方がわかれば、この暇な毎日もなくなるかもしれないな。