黒いカルテ
「黒いカルテ?」
「そうそう、私が新人で入った頃だから二十年以上昔の話よ」
病棟で一番の古株の都築さんは言った。
「時たま、なにもしてないのに黒ずむカルテがあったのよね。本当にファイルに挟んでるだけで誰も触らないのよ。だけどだんだんと黒ずんでいくのよ。でね、その黒ずんだカルテの患者さんは必ず死んじゃうのよ」
最後の方の都築さんの声は囁くようだった。
「都築さん、私が今週末初めて夜勤やるって知ってるから怖がらせようとしてるでしょう。もう、止めてくださいよ!」
「本当だって。私も何度か見たことあるんだから。
最も最近はカルテもみんな電子化されてるから、黒いカルテにお目にかかることもな―――」
「うわっ!」
叫び声の主は吉野先生だった。
「どうしたんですか、大きな声上げて」
「パソコンの画面が壊れ……
いや、違うな。データが壊れたのか。
カルテが真っ黒だ」
「「カルテが……真っ黒……」」
私たちは顔を見合わせて呟いた。
果たしてそのカルテの患者さんは、私が夜勤の夜に亡くなられた。
2019/07/09 初稿