第二十話 悦虐のソムリエ
バトル会場は、広い円状の闘技場。
ルールは、戦闘不能、もしくは場外にて、退場。最後まで残っていたメンバーのいるパーティーが勝者。
──戦いは始まった──
バトル開始直後、戦いはいきなり大波乱を見せた。
エリザは、持ち前の体術を生かし、ザックパーティーの回復の要、アリスを強襲。
アリスは詠唱をする暇もなく、詠唱破棄のできる魔法を使うが、その魔法はエリザの体質が相殺。エリザは、ナイフの柄でアリスの後頭部に一撃を入れた。
その瞬間、アリスは気を失い、戦闘不能となる。
次に、エミリア。相手はクーリンだ。
エミリアは、バトル開始の合図の前に詠唱を行っていた。もちろん、開始前に発動しなければ、ルール違反ではない。
その後、開始の合図に合わせて「イマジナリーアクシズ」を使用。風のように敵陣に走りこむ。
そして、一撃必殺の毒針を使用し、見事クリティカルヒットを決め、クーリンは戦闘不能となる。
最後に、シグルドとミゲル、わからない奴同士の戦いだ。
シグルドの能力もわからないが、あのミゲルという盾使いの能力もわからない。
けれども、シグルドは瞬殺しますと豪語していた。なので私は、シグルドにすべて任せた。
ミゲルはドラを鳴らす。だが、シグルドは、その瞬間古代の力を発生させ、音が発生しなくなる固有結界を使用した。
その後シグルドはミゲルに接近する。それに対してミゲルはこん棒を振り回すが、シグルドの魔剣グラムの一撃の方が遥かに上だ。
シグルドは、ミゲルをあっという間に闘技場の外へと吹き飛ばし、勝利した。
さすが、古代のロボットというべきか。能力は計り知れない。
「なんだこれは……俺は、夢でも見ているのか……」
ザックは、驚いた様子でつぶやき、目を丸くして放心状態に陥っていた。何が起こったのか、まるでわかっていない様子だ。
無理もない、自分の仲間があっさりとやられてしまったのだ。
連携もクソもあったものじゃない。そんなものを使う暇さえ与えなかったのだから。
私は、ザックを指さし、一言投げる。
「これが現実だ……ザック!」
会場はブーイングの嵐だ。
「ふざけんな! お前ら! やる気あんのか!」
「負けたら金返せちくしょー!」
ザックパーティーに賭けた観客は、顔を真っ赤にしてザックを怒鳴りつけた。
誰も、こうなることを予想していなかったようだ。
ザックは剣を構え、私を親の仇のように睨みつける。
「く……お前だけでも……この俺が直々に倒してやる! 俺をなめるなよ!」
「初めからなめてなどいない!」
私は、体を大の字にして構えた。
剣は抜かない。もちろん、防具はただの飾りだ。
「おのれ……それを世間ではなめているというのだ! そんなチャラチャラした防具付けやがって、この姫騎士風情が! 思い知らせてやる!」
ザックは、イノシシのように私に向かって突っ込んでくる。
だが、私はそれに動じない。なぜなら、対人スキルでは、私の方が上だからだ。
今ここで、奴はその理由を味わうことになるだろう。
「防具など……犬に食わせろ……己の体だけが防具となる!」
「黙れ! このドM野郎が!!」
「ドM? 少し違うな。お前は所詮ノーマルだ。そういうやつには、私はただのドMにしか見えないだろう」
「なにぃ!?」
「確かに、相手から痛みを受けて快楽を得る部分は一緒だ。だが私は、ただ痛みだけを快楽としているわけではない。相手の攻撃、スキルがどれほどの苦痛なのか、どんな種類の痛みなのか、それを味わい、試すことで知的快楽をも得ているのだ」
「な……屁理屈を……」
「これがただのドMと私の違いだ! 体に張り巡らされたこの全神経が欲している。新たなる技を、そして、その痛みを! 私の目指すところは、言わば、「悦虐のソムリエ」だ! この世のすべての攻撃を、私の体で受け止め、感じてみせる! さあ来い!」
──あえてくらおう! その攻撃を!──
第二十一話 騎士職
「い、言われなくても、一撃で仕留めてやる! くらえ!『トールハンマー』」
ザックは戦士の最上位スキル、『トールハンマー』を放った。持っていた剣が光り輝き、その光はハンマーを形作る。
「叩き潰してやる!」
ザックは、掛け声とともに光のハンマーを振り下ろす。
その光は、私の頭を直撃した。
「はっはっは! 脳みそをぶちまけろ!」
ザックの私を嫌う意思は伝わった。だが、ザックの攻撃は、ただの単調な攻撃にしか感じなかった。もちろん私の心にはほとんど響かない。
「何か言ったか……ザック……」
ハンマーの輝きが消えた。おそらく、奴は私の無事な姿を見て驚愕するだろう。
「な……なんだその……ところどころにモザイクがかった姿は!」
ザックは、顎が外れたかのように大口を開けて騒ぐ。
おそらく、私の傷口からの流血にメタ的な何かが発動したのだろう。だが、この程度のモザイクなど、取るに足らない問題だ。
まだ、モザイクが見れる状況なら、私は健在だからだ。
「何を驚いている。私はまだ倒れちゃいない。それに、もっとあるのだろう! 私はモンスターと戦っても、戦士と本気で戦ったことはまだ一度もないからな! いい機会だ! 全ての技を持って私に挑め!」
「ふ……ふざけるな! それで無事なわけがあるかあああ!」
ザックはこざかしいスキルを連発し始めた。攻撃力を上げ、貫通力を上げ、挙句の果てに必要のない『ハイパーアーマー』まで使う始末だ。こうなるともう、最高の一撃は期待できない。奴はただ、自分の恐れを隠すために、連続攻撃を繰り出しているだけなのだから……。
「倒れろ! 倒れろ! 倒れろおおお!」
ザックのでたらめなスキルの連打は、まるで、子供のグルグルパンチのようだ。
こんな攻撃では、心に響かないどころか、逆に怒りさえ感じてしまう。
「おい、お前……もう、いい加減にしろ!」
思わず、その醜態を見かねた私は、軽くザックの顔面をグーで殴りつけた。
ザックは、私のその軽いパンチで、ふらふらと片膝をつく。もちろん、私のパンチに威力があるわけではない。いわば今のパンチはザックの心を折ったのだ。
「お前が私に与えたダメージは、今お前が感じた私のパンチのダメージと一緒だ」
「中途半端な騎士風情が……理解できない……理解できない……やっぱり俺には……お前が理解できないいいいい! なぜだ! それだけの強さを持っていながら、なぜ戦士やガーディアンの職に就かない!」
ザックは混乱していた。
それもそのはず……奴は結構長い間同じパーティーにいたのにも関わらず、私の本当の能力を把握することはなかった。私を騎士職というだけで軽く見て、それ相応の仕事しか振らなかったのだ。
奴はただ、仲間に自分の思うとおりの攻撃だけを要求するのみの効率主義者だ。もちろんそれに逆らえば、パーティーにはいられない。
……私も嫌というほど暴言を受け、その快感のうちに追放に至ったわけだが……。
「それは、私が適職者だからだ。……なぜ、騎士職はなり手が少ないか……それは、お前が言うように中途半端なステータスに起因する。攻撃力なら戦士、守備力ならガーディアン。今じゃその役割の担い手がいなければパーティーは成り立たない。けれども騎士は、なり手によっては最強クラスのディフェンダーとアタッカーになれるのだ。それを今、この私が証明してみせよう!」
「適職者……最強クラス……! 馬鹿な! そんなことがあるはずが……」
「エリザ! 放て!」
「わかりましたわ。最高の魔法をお見せいたしますわ!」
私はエリザに、召喚魔法の使用を指示した。
「異次元世界に宿りし眠る破壊の神よ、時空の壁を越え、この領域に顕現せよ。『エクス・デス・マキナ・アーム』!」
暗雲と稲妻の中から、黄金に輝く巨大な腕が勢いよく降下する。
だが、その攻撃はザックへ向けてのものではない。私に向けられたものだ。
「ぐほあああああああっ!」
体がどうにかなってしまいそうなこの圧力、この一撃のワクワク感はたまらない!
私は、その攻撃を全身に受け、勢いよく潰された。
それを目の当たりにしたザックはつぶやく。
「な、なんだ……気でも触れたか! いや、こいつはいつも……ならばこれは……自滅……いや……仲間割れ……!?」




