第5話 水の気配 揺れる炎
『……残念だ、とても残念だ……』
暗くて狭い場所。
『諦めないといけないなんて……!』
誰も聞いていないひとりごとを壁が吸収した。
一滴。少量の水が一カ所に集まり、重さで落ちて跳ねた。
波紋が小さく広がる。
「……聞こえる。よく聞こえるよ、生々しい恨み言がね」
湖の水面に腰掛けて耳を傾ける。人の形をした水は水面をじっと見つめていた。岸辺を波がたゆたう、風もないのに波紋が広がる。不意に、小さな黒い足が片足だけ水に入った。
「おや、めずらしい」
黒い足の持ち主は水の上をひたひたと歩いた。
「君は水が苦手だと思っていたよ。特に火の性質を持つ君はね」
後ろを見なくても誰か分かっているのかのような口振り。
「……ネレイス。何故こんな所に?あなたの住処である水の源は……」
少し被せ気味にネレイスは口を開く。
「あぁ、ここじゃないよ。恥ずかしながら、この建物内にいる閑古鳥を怒らせてしまって、水の底ごと凍りつけにされたよ」
「凍りつけ、の割には水面は穏やかだけれど?」
「まだ目覚めたばかりだから底と私の両足くらいだね」
間抜け。そんなことを思うだけに留めた。
「……」
ちゃぷりと水は揺れ動く
「……灯してみたんだろ、城中を」
凍らされたことは些細なことであるらしい。
「みた。そしたら、夢に干渉されたんだ。繰り返す夢ほど嫌なことはないよ、眠ることは楽しみの一つなのにね」
瞳の奥の炎が揺れる。
「〝ともしびの猫ランタナ〟も嫌がる怪物ヴェクサシオンと色のない城……か」
異質だねとネレイスは言うと水に溶け込み消えた。
猫、ランタナは前足をひと舐めした。