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ゲオルグに2人で話がしたいといわれ、どうやって逃げるか考えていたところに助け舟が来た。父である。音楽の演奏がはじまるのでダンスをしなさいと言われた。
そしてその結果、私はゲオルグと仲良くおててをつないで、踊っている。助け舟だと思った父の声は地獄の入り口だったのである。
ヒールを履いているのに、ゲオルグの身長が高すぎて首が少し痛いし、先ほどの令嬢たちは私を睨んでくるし、アランも私をじっと見ているし、変な汗が湧き出てくる。手袋をしていてよかった。
「ソフィア様はよく畑を見に行くんですか」
「よくというほどではないですけど、ええ、まあ」
曖昧に返事をする。
「ゲオルグ様も畑に興味があるんですか?」
「えーと、畑というか」
ゲオルグの返事は歯切れが悪い。どうやって言葉を繋ごうか考えているようで、視線は右へいったり左へいったりする。
「その、俺も父と一緒に領土を回ることがあるのですが、村の人たちが何を考えているかとか、どうやって生活しているとか、細かいことを聞く機会がないんです。ソフィア様はずいぶん詳細な話まで聞いていたようだったので……」
そんなことを話題にされるとは予想外で、私は思わずゲオルグの顔をじろじろと見てしまった。
ゲオルグはぽつぽつと自分の事情を話し始める。もちろんその間もダンスのステップは完璧だし、私もミスをしない。傍から見れば完璧に踊っているように見えるはずだけれど、私とゲオルグの会話はロマンチックな男女の会話ではない。
村の人たちに溶け込むにはどうしたらよいかとか、納税が遅れてた場合にお互いの父がどんな対処をしたとか、魔力を込めた道具をどうやって農業に生かすかとか、そんな話だ。
私は今のところ農業についてしか詳しくしる機会はないけれど、ゲオルグはもっと大きな街で商人とやり取りをすることも多いみたいで、経済の回し方にも興味があるらしい。
そして父親が高齢なことを受けて、このあと自分が領主となったときに、配下の貴族が問題をおこしたりしないように、信頼されるようにと努力しているみたいだった。
学園に入ってからの、定期的に不安定になってはソフィアを強く抱きしめて、小さい子どもみたいに耐えているイメージが強いゲオルグだけれど、真面目な好青年みたいだった。
13歳のときからこんなに将来のことを考えているなんて大変だ。
「俺は父のように成果を残していないし、兄のようにみなを率いていくカリスマ性もない。だからこそできるから距離を近くして、信頼関係を築きたいと思っていますが、うまくいかないんです」
グレーグリーンの瞳が伏せられる。物憂げな顔が大変絵になる美少年である。ついつい真剣に話をきいてしまう。
「その、人間関係なんて地道に築くしかないですけれど、続ければきっと、みなさんもゲオルグ様の誠実さに気付きますよ。すぐ近くの貴族だけではなくて、領地の民全員に興味を持つ姿はとても素晴らしいと思います」
これまでずっと父の仕事を後ろから見ていく中で、色々なタイプの領主がいることも見てきた。ゲオルグが自分の役割から逃げないで向き合っているところは尊敬するし、彼が将来的に伯爵になってくれたら、私の父も、私がなんらかの手段でこの土地を継ぐとしても、良いなと単純に思うのだ。
「その、少なくとも私は、そう思います」
ついつい喋りすぎて、私は苦し紛れに付け足した。あまり無責任なことを言っても良くない。
「……ありがとう。今日、君に会うことが出来てよかった」
花がほころぶような、なんて女の子にしか使わないと思っていた。
だけどそう形容するのが最もふさわしいと思えるような、やわらかい笑顔だった。
「あ、失礼しました。馴れ馴れしいことを」
「いえ、構いません。その、年も、身分だって、ずっと下ですから。話しやすいようにしてください」
「分かった。ありがとう。でも、ソフィアが10歳だなんて信じられないな。俺の周りにはこういうことを相談する人もいなくて……その、年下でしかも女の子のソフィアにこんな話をするのは失礼だったかもしれないけど、楽しかった」
ま、眩しい。
ぺかーっ!と後光が見えるような眩しい笑顔。イケメン少年の笑顔が刺さる。絶対に仲良くなるものかと警戒マックスだった私を、良心がずきずきと傷つける。私は思わず胸をおさえた。
「ソフィア、どうした。具合が悪いのか?」
「いえ、あ、えっと、はい。少し人に酔ったみたいなので、外に出てもよろしいですか」
「大丈夫か。それなら一緒に……」
「1人で大丈夫です!」
これ以上この笑顔と令嬢たちの視線を浴びていたら死んでしまう。
私は失礼のないように形式に沿って一礼をして、窓のほうへと走った。護身術を習っているうちに、人の動きを予測できるようになってきたので、人ごみでもすいすいと進むことができる。ちら、とゲオルグに視線を投げると、ダンスを申し込む令嬢がゲオルグに向かって殺到しているところだった。ごめん。追いかけてくることはないだろう。万が一のことがあるので私は広間から見えないようにカーテンの後ろに隠れた。
「ふう」
外に出る。
熱気で暑くなっていた室内から開放されると、どっと疲れが体にのしかかる。
少し喉が渇いていて、水をもらってくればよかったと後悔した。
一瞬だけ中に戻ろうかなあなんて思うけれど、室内の人ごみを見るとそんな気持ちも失せてしまう。
ゲオルグは観念したのか、順番に色々なご令嬢と踊っているようだった。13歳なのに立派だ。
アランもそうだったけれど、ラス俺本編が始まるのは15歳からだから、キャラたちにはその前の人生がある。そして学園に入学する前の彼らは、当然ながらその年齢の彼らと全く同じではないみたいだった。
もしかして私は必要以上に警戒しすぎていたのかもしれない。
もちろん、わざわざ仲良くなるつもりなんてないけれど、今みたいに意地でもソフィアと逆を行く必要はないのかも。彼らには彼らの考え方とか、人生があるのだから、いつも決まったとおりに動くわけじゃないし、今のところヤンデレになりそうなそぶりは全くない。
私は、自意識過剰なのかな?
見た目がソフィアだからって、私は演技をしなくても、そもそもソフィアみたいに愛情にあふれた魅力ある女の子じゃない。現実世界でもてたことだってないし。
まあ、だからこそ、前世は1人っきりでアパートで死に絶えたわけですが。これで同棲している彼氏でもいたら、私はここにはいなかっただろう。
今までずっと気合を入れて無愛想にしてきたのがばかばかしくなってきた。もうちょっと人付き合いだって楽しめばよかったし、友達も積極的に作ればよかった。アランとも、普通に友達になれたかもしれなかったのに。
「学校に入ったら、友達できるかな」
ぼそ、と呟いた声が消えるのと、私の目の前に長い影が伸びるのは同時だった。
部屋からもれる明るい光の魔術で、くっきりと暗い影が出来ている。
「ソフィア」
少年に独特の高い声が夜のバルコニーにはっきりと響いた。
アランの横顔を、部屋から漏れた光の魔術が照らす。紫の瞳がまっすぐ私を捉えていた。