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アランの父親であるアンゼル・メルバ伯爵は、軍隊を率いた経験もあるとのことで随分と体のたくましい男性だった。私がまだ子どもで背が低いせいか、上背はまるで天井まで届くのではないかという印象だ。

長い足をカツカツとヒールを鳴らしながら近づいてこられると正直怖かった。すぐ隣にいるアランはびくっと体を震わせた。


伯爵ということは父よりも身分が高いはずだが、腰は低い。


「アンゼル」

「義兄上、手紙を出すのが遅くなり申し訳ない」

「いいんだ。調子が戻ってきたようでよかった」


アンゼルは私には目もくれずに、アランにさっと視線だけ投げた。

すぐに視線をそらす。

確かネグレクトをしていたと思ったけれど、無関心というわけではなくて、存在は気になって仕方がないみたいだった。

きっとマーサのことを愛していて、マーサに顔つきが似たアランを見るのがつらいんだと思う。顔は似ているのに、瞳の色だけが違うことで、それが余計につらさを煽るんだろう。


私はアランがアンゼルの本当の息子であることを知っているのに、その証拠を見せてあげることができない。確か、なにか証拠になることがあった気がする。wikiで読んだはずなのにどうしても思い出せない。


私はアンゼルとアランを交互に見る。堂々とした態度に男らしい体つき、大してアランは細くて弱弱しく、自信がない。大きな声、小さな声、人の目を見ながら話す、すぐに下を向いてしまう。見れば見るほど2人は正反対だ。この2人の共通点っていったい何?


父がアランの目の前に座り込んだ。


「アラン、私の屋敷に遊びに来てくれてありがとう。ソフィアの友達になってくれてありがとう」


友達ではない。

とっさにそう思ったけれど、私は訂正しなかった。

断じて友達ではない。仲良くもない。でも私に氷の魔術のコツを教えてくれたのは事実だし、私のポケットには、アランが最初にくれた氷漬けの花びらが入っている。

まだきちんとお返しも出来ていない。

せめて、アンゼルの誤解が解ければよかったのに。私はきっとその答えを知っているのに、思い出せない。


アランが私の前におずおずと出てきた。

不安そうに私を見つめている。


「ソフィア、」


アランは少しだけ手を伸ばして、そしてまた自分の体の横に手を戻す。何か言いたそうに口を開くのに言葉はなく、瞳だけが雄弁に私を見つめる。寂しい、悲しい、怖い、そんなネガティブな感情が伝わってくる。


「お前は挨拶もできないのか」


アンゼルが太い声で叫ぶと、アランの体が震えた。

下を向いたまま必死になにかに耐えているように見える。顔色はだんだん悪くなっていく。私の前で倒れたときみたいに。それでも足を踏ん張って倒れずにいるのは、父親の前だからだろうか。目をぎゅっとつぶって、アランは耐えていた。


「ちょっと待ってて!」


アランをこのまま家に戻すことなんてできない。

アンゼルだって誤解しているんだから、それを解決できれば、2人の間の気まずさだってなおるはずだ。そして、私は答えを知ってる。

外に出ないと。


「ソフィア、どこへ行くんだ!」


父の静止する声が聞こえるけれど、無視して走り続けた。

目指すは噴水だ。

あそこにもう一度落ちれば、前世の記憶がまだよみがえってきて、アランとアンゼルのつながりをちゃんと思い出せるかもしれない。


別にアランのためじゃない。

アランが親との関係を修復できなかったら、アランが病んでしまうかもしれないからだ。

頑固で、一生懸命で、健気なところが、どこか奥のほうに隠れてしまうかもしれないから。


「ソフィア、そっちは危ない!」

「なにしてるんだ!」


噴水のふちにたどり着く。

飛び乗って、そのまま勢い良く飛び込んだ。







「……フィア、ソフィア!」


目の前が真っ白で明るく開けている。

ぼかしがかかったような視界がクリアになってくると、目の前にいるのが父だと気付く。

すぐ隣には母。今回はアーリャはいないが、後ろのほうに何人か使用人が控えていている。


「お父様」

「大丈夫か、ソフィア!」


とつぜんぎゅっと抱きしめられて体が痛い。


「さ、さむい」

「ああ、そうだな。さむいな。これを」


父が私のお腹においたのは、炎の魔術を閉じ込めたものだ。良く見ると私の全身はところどころやけどした様に赤くなり、包帯が巻かれている。


「これ、火傷?」

「凍傷だよ」

「おじさま」


険しい顔をしたアンゼルが、ベッドの脇でお辞儀をした。


「義兄上、今回のことは申し訳も立たない。二度とアランが従兄弟に近づく機会がないように、私が責任を持って……」

「どういうこと?」


様子がおかしい。私が慌てて口をはさむと、アンゼルは大きな体を小さく縮めてひざまずいた。


「ソフィア、君の体に万が一傷が残ってしまったら、私はこの命で償うしかない。もちろん私に残された財産は全て君に残す」

「ちょっと待って、どういうこと?おじさまのせいで私は怪我してるの?でも、私噴水に落ちたんじゃ……何があったの?アランは?」


そもそもアンゼルが私を怪我させたからといったって、命で償う必要なんてないはずだ。

私が訪ねると、アンゼルは廊下にいたらしいアランを連れてきた。アランの顔は今まで見たことがないくらいに真っ青だ。今すぐ倒れてしまうんじゃないかと思う。


「君は、アランの氷魔法で危うく死に掛けたんだ」


え、6年ほど早い。

思わず出そうになった言葉を、私は慌てて飲み込んだ。

事情が飲み込めていない私を見て、父が外に目を向ける。

窓の外を見ると、家と同じくらいの高さの氷の柱が何本も立っていて、庭を埋め尽くしていた。


「これ、アランが?」

「ソフィアが噴水に落ちると思って、慌てて魔術を発動させたみたいなんだ。それがコントロールできずにこんなことに……」

「アラン」


私は思わず立ち上がり、アランの両肩に腕を乗せた。

アランの紫色の瞳は揺れに揺れ、水面に浮かぶ宝石みたいだ。


「アラン、すごいじゃないの!」


私は勢い良くアランに抱きついた。

ああ、思い出した。

まるで氷漬けになったように動かないアランの体に回した腕はそのままに、私は顔だけあげた。


「アンゼルおじさま、見て。あんな立派な氷の魔術を見たことある?」


アンゼルは口を開けたままだ。


「普通の子どもじゃ出せないでしょ?この国屈指の氷の魔術師の血でも引いていない限りはね」


そうだ。

私がいつまでたっても氷の魔術が上手にならないわけだ。

この世界の魔術は主に炎、水、土、木、風をメインに、光、氷などの特殊なものに分かれている。氷の魔術の能力は血筋によるものが多くて、一定以上の能力を示せば、それだけで血族であるという証拠になるほどだ。もちろん遠い親戚の可能性はあるのだけど、紫色の瞳の色がどこから来たのかというのと同じくらい、それなら氷の魔術の力はどこから来たのかという話になる。この国で、一瞬であれだけ大きな塊を作り出せるのは、アンゼルだけだ。


「しかし、それだけでは……」

「じゃあ、アンゼルおじさまの家系以外で、これほど立派な氷の魔術を使える家があるの?」

「ないかもしれないが……」

「おじさま、瞳の色っていうのはね、両親からじゃなくてもうつるのよ」

「え?」

「おじいさまとか、おばあさまとか、もっと遠くから移ってくることもあるの」

「しかし」


アンゼルはどうしても納得できないみたいだった。

自分の子どもか、他の男との浮気の結果なのか、大きな違いだから仕方がないのかもしれない。でもアランとアンゼルが親子であることは、この私が前世に誓って断言できる。

それに、黙って考え込む様子だってそっくりだ。


「ソフィアはその話をするために、わざと噴水に飛び込んだのかい?」


娘の行動を信じられない、というような顔をした父と目があった。


「まさか。私はアランがこんなことが出来るのは知らなかったわ。落ちようと思ってたわけじゃないの」

「じゃあなぜ?」


私は握ったままの右手をアランの前に出した。固まったままだったアランの瞳に光が戻ってきて、私の手に焦点を合わせる。


「手を出しなさい」


私はとても高飛車に言った。アランはしばらくためらった後、ゆっくりと手を出してきた。

右手を開くと、丸い塊がアランの手のひらに落ちる。


「見て」


手のひらを見ろといっているのに、アランはいつまでも私の顔を見ている。頑固なのだから仕方ない。


「いままでで一番大きくて、透明。これは餞別。次に会うときは、もっと立派な魔術が使えるようになってるから、調子に乗らないでよね」


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