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私は目の前に立ちふさがるゲオルグを見上げて、観念して呟いた。
「……ただの寝不足です」
最近やけに、ゲオルグが私を気遣っていることには気付いていた。ハーブティーを渡してきたり、よく分からないチャームを渡してきたり(先生に聞いたら魔よけのお守りだった)、授業で分からないところがないか毎回聞いてきたり、悩みがないか、疲れてないか、色々声をかけられるたびに、私は特に何もないと回答してきた。
そして今日、教員専用の図書館の入り口付近、教員補助生は自由に立ち入り出来るが、普通の生徒は、教員または教員補助生の付き添いでなければ足を踏み入れることはできない場所にいる。2学生の定期試験のレポートの参考図書を選出するのを手伝って欲しいといわれてついてきた。2学生の定期試験なので、私の意見なんて聞いてどうするのかと思ったけれど、1学生の内容を完璧に理解していない生徒も多いので毎年1学生の意見も参考にしているのだと言われ、ゲオルグ以外にもう1人教員補助生がいるとなれば、私にはゲオルグを疑う根拠がなかった。今となっては本当か嘘かは分からない。
一緒に来ていたもう1人の教員補助生が用事があると言って消えてしまい、私はゲオルグと一緒にいくつかの本を見繕っていた。少し高いところにある本に手を伸ばしたところ、ゲオルグが後ろから手を貸してくれたので、お礼を言おうと向き直ったところで、図書室の本棚とゲオルグにはさまれて動けなくなってしまった。そうして、「そろそろ話してもらえないか?」と詰め寄られ、冒頭に戻る。
「だから、その原因は?」
機嫌がよくないことが分かる口調だった。基本的に穏やかな顔をして、声を荒げることもないゲオルグの、めずらしく緊張感のある態度に少し恐怖心が出てくる。「関係ない」とつっぱねてしまいところだけれど、ここ数日何度も何度も逃げてきたのでそろそろ限界であろう。観念して長く息を吐いた。最近自分でも流石に顔色が悪いことは自覚がある。さっさと説明してしまおう。
「夕食の後に部屋で勉強をしていて、集中するとベッドに入るのが遅くなってしまうんです。今後は朝早く起きることにします」
嘘は一言も言っていない。事実、私は今、ものすごく勉強をしている。授業が終わったら教科書などを片付けるために部屋に戻り、夕食の時間まで勉強する。移動、食事中はその前に勉強したことを暗証し、そして夕食の後は先生をつかまえて質問したり、教室で1人で魔術の練習をする。入浴して明日の授業の予習をした後、またしばらく勉強する。朝は余裕を持って起きて昨日の内容を復習している。
これも全てキースが私のいかさまを疑って、授業中に人の手元を凝視したり、私が理論を理解しているのか確認するように重箱の隅をつつくような質問をしてきたり、突然授業とは関係ない魔術を見せてきて、感想を聞いてくるからだ。キースと私の関係は原作とは全く違う方向に動いていて、私はキースの面倒なんて1ミリも見ていない。それなのに時々原作の台詞が出てくるものだから発狂しそうになる。まだ「お前はおもしろいな」と言われていないことだけが救いだ。私はこのいかさま疑惑を乗り切り、早くキースとの縁を切らなければならないのだ。
私は今日この後に待っている授業のことを考えて暗い気持ちになってくるが、気を取り直して目の前にいるゲオルグと目を合わせた。ゲオルグは真顔のままだ。
「そんなトンチで納得するとでも?」
「トンチのつもりはないんですけど……」
「夜遅くても朝早くても眠る時間は一緒じゃないか。ソフィアの成績なら体調を崩すほど勉強する必要なんてないよ。何かやりたいことがあるなら手伝うから話してくれ。研究なら教員補助生の名前があれば、使える施設や資源もかなり増えるから俺の協力があったら便利だ。それとも、俺のことは信用できないか?」
そんなに深刻そうな顔をしてもらうようなことではない。私の良心が痛んだ。ゲオルグは原作のゲオルグよりもずっと性格が安定しているけれど、顔が同じだし、婚約者という立場も同じだ。どうしても近づき過ぎないように逃げてしまっていることに罪悪感を感じる。ゲオルグは親切で、誠実に接してくれているのに、私は誤魔化したり逃げたりしてしまう。これ以上無駄に心配させてしまうのも悪いので、私は正直に説明することにした。
「そういうことではなくて、その、キース様が」
「キース様?」
ゲオルグが私の肩をつかむ。
「王族の名前で脅されてるのか!信じられない。魔術で人の言葉を奪うのはれっきとした犯罪なんだ。まさかキース様が……」
「ちが、違います!単にいかさまを疑われてるだけです!」
突然強くなった力に驚いて、私は叫んだ。このままではゲオルグがキースに危害を加えかね
ない。そんなことでゲオルグが捕まったりしたら私は罪悪感で死んでしまう。ゲオルグは私の発言に首をかしげる。肩から手を離した。
「いかさまって、どういうことだ?」
「キース様が、あの入学試験のときから、私がいかさまをしているんじゃないかと疑っているんです。多分、私は魔力があまり多くないから」
「なんだって?」
「ゲオルグ様も授業中の様子を知っていますよね。私が何かするたびに睨んでくるし、私が本当に理論を理解しているのか確認するようなことを聞いてくるんです。だから私はちゃんと実力でこのクラスにいるってことを証明しないといけないんです。
その、この学院は王族の支配下にあるから、疑われたまま退学とかにされても困りますし、私は身分も高いわけではありません。両親にも迷惑がかかってしまうと大変なので」
キースとの縁を切りたい理由については詳しく説明もできない。ゲオルグから見て違和感のない理由だけ告げると、ゲオルグはしばらく考え込むようにしてから、授業のように説明をし出した。
「まず、俺から見て、キース様はいかさまを疑っていないと思う。ただ、これは本人に聞かないと分からない。
次に、確かにこの学院は王族の強い影響下にあるが、王族でも個人に特定の生徒を退学にする権限はないんだよ。この学院が立てられる前は、貴族が力を隠してひそかに力や財産を蓄えたり、魔術を悪事に利用したり、他国との戦争に協力しなかったり、色々問題があったから王家が管理するようになったんだ。王族の力で生徒を好きなようにできるとなったら貴族から反感を買うから、几帳面すぎるほどに公正な評価をしたがる学院だ。そこは心配しなくていい」
「そうなんですか」
「そうだ。だからソフィアが心配する必要はない。心配事はなくなったか?」
ゲオルグが私を安心させるように微笑む。
「さて、それをふまえて1つ提案なんだけれど、俺からキース様にいかさまの話は聞いてみる。で、疑われているわけではないならソフィアは勉強しなくて良いし、本当に疑われているなら俺と一緒に勉強する。どうだろう?」
「え」
想像もしていなかった提案をされて、私は返事につまってしまった。確かにゲオルグの言うとおり、キースに話を聞いたほうが事実はすぐに分かる。そしてゲオルグに教えてもらったほうが勉強もはかどる。良い事しかないように見える。けれど、教員補助生を独り占めした私にはいったい何が起きるのだろうか。そのうえ、私はこの学院内で唯一ゲオルグだけが定期的に会話をする人間だ。さらに婚約者というのは、あまりにも距離が近すぎるのではないだろうか。
「大丈夫です。自分でキース様に話します。立場の強い人を介入させるのは卑怯なので」
ゲオルグは私の返事が予想外だったようで、数回瞬きしてから返事をした。
「ソフィア、全部自分で解決しなくていいんだよ」
「私の気がすまないですし、私の問題は私が解決します。貴方には関係のないことです」
少し強く拒絶しすぎたかもしれない。ゲオルグの反応を見ると心臓がうっとつぶれそうになる。
「問い詰めるようなことをして悪かったよ。でも本当に困ったら、いつでも俺がいるから。それは忘れないでくれ」
1人でなんでも解決したいわけじゃない。
本当はだれかに助けて欲しいし、今だってなんで私がこんなに頑張らなきゃいけないんだと叫びたいくらいだ。でも私がソフィアでいる限り、だれかと仲良くなったら将来何が起きるか分からなくて、安心して頼ることなんて出来ない。
私の目の前にいるゲオルグは、ソフィアをひどい目にあわせるゲオルグじゃないかもしれない。でも、ならどうして、原作と同じ台詞を言うんだろうか。




