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「な、なんなの、今のは?」
私は一瞬のうちに小さくなったキースの背中を見ながら思わず呟いた。正直ショックである。こちらは空気も読まずに必死に試験で1位を取ったというのに、遊びに来ているだなんて。
「ソフィア、落ち着いて」
「落ち着いています。でも私は今の発言は受け入れられません。私は本気だし、ゲオルグ様だってご自身の研究のために残っているのに、あんな風に言うのは許せないわ。一言いってやらないと…」
「それについては俺から注意しておくよ。学院では元々の身分よりも教員補助生や教員のほうが立場が強いんだ。王家も関係なし。根拠もない中傷発言は厳重注意の対象だ。ここは神聖な魔術の学院だからな」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、ゲオルグは真面目腐った顔で告げた。立場がどうとかではなく、私はキースに一言言いたかったけれど、関わらなくて済むならそのほうが良い、と自分を説得して肩の力を抜いた。それを見たゲオルグの表情が和らぐ。
「それにソフィアが何か言わなくたって、同じクラスにいれば君が本気なのは伝わる」
「だといいですけど……もうタイなんて甘い結果にはしません」
「ソフィアなら出来るよ」
ふにゃ、と目元のやわらかい微笑み。どうもこれがくすぐったくて、私はゲオルグから目をそらした。ごまかすように強めに言う。
「ゲオルグ様、あまり私の傍にばかりいると、他の生徒にも誤解されます。教員補助生は1人の生徒に専属でつくものではないでしょう」
事実、私とゲオルグ、そして先ほどのキースのやりとりを見て、あからさまに私たちに注目する生徒が増えた。いったいいつになったら教室に着くのか。
「もちろん、評価をつけたり授業のサポートは平等にするよ。さあそろそろ教室につく。俺は全員ついてきているか確認するから、ソフィアは前の生徒に着いて進んで。大丈夫だよな?」
ゲオルグが私の頭に手を置き、軽くぽん、と叩く。私はその手を払いのけた。
「当たり前です」
最後に会ったときが子どもだったからか、やけに子ども扱いしてくる。楽しそうに微笑む顔さえむかつくが、近くにいた先生に咳払いされて、ゲオルグはようやく列の後ろのほうへと走っていった。
角を曲がったところで、生徒たちの足の進みが悪くなってきた。もう教室の入り口が近いみたいで、人身事故で遅延があった駅のホームみたいに、行き場のなくなった足が道を求めてもぞもぞと動いている。
左右前後から押されてかなり不快な思いをしつつもなんとか教室の中まで入った。ほとんどの生徒が入学前から知り合いの生徒で固まっているから、私は1人で一番前の中央のテーブルに座った。ここなら誰も近寄ってこない。
テーブルがうまってくると、前のほうで様子を見ていた先生が中央へと進んだ。先ほどフレンリッヒの話のときに前に出てきた先生だ。赤灰色の髪をした年配の女性で、穏やかなだけれど威厳のある雰囲気をしている。
「さ、みなさん席につきましたか?ヴァルデンライヒ王立魔術学院へようこそ。そしてクラスIへようこそ。私はこれから3年間みなさんの担任を勤めます、エリネ・スンドビュベリです。担当は光の魔術、特に治癒を得意としています。また、寮長として女子寮西の塔の管理も行っています。寮はクラスとは関係なく分けられていて、2人一組から3人一組の部屋を用意しています。寮についてはこのオリエンテーション終了後にクラスIとⅡ合同で男女別で案内しますので、みなさん質問がありそうですけれど、後にしてくださいね」
ここにいるのは貴族の子息がほとんど。つまりだれかと相部屋なんで想像もしていなかったようで、不満の声がざわざわと聞こえてきた。私も常に1人でだれとも仲良くならないつもりだったので、私と同じ部屋になった生徒が少し可愛そうだ。できれば3人部屋で、あとの2人が仲が良いといいのだけど、ここは運に任せるしかない。
「ヴァルデンライヒ王立魔術学院は、その名のとおり国王陛下の名の下に設立された学院です。みなさまの成績は全て王宮へと共有されております。学院内での研究結果、そしてみなさまの知識、技術はすべて王国の財産ですから、そのことに自覚を持って、日々精進していただければと思います。この学院の目的のひとつは、国民の魔術に関する知識や技能を統一し、さらに発展させることです。それがひいては国の繁栄につながると陛下がお考えのためです。そのために留年や退学といった制度はありません。ただし成績の芳しくない方には特別クラスを受講していただきますので、そのことを肝に銘じておいてくださいね」
国力としての技術の底上げと、突き抜けた天才が出ないようになる二つの側面があるのかもしれない。これまでが家で自由にさせてもらってきていたから、学院の雰囲気は少し窮屈な感じがした。
「さて、今日は、先ほどの試験の復習として、サラマンダの生態について、そしてやけどの治療薬の作り方を簡単に説明して終了としましょう。夕飯は大広間で日没前に始まります。鐘がなりますので遅刻をしないように。さてサラマンダと言えば……キース殿、なにか?」
教室の前の黒板に向かってチョークを浮かせ、サラマンダ、と記入した先生の手が止まる。生徒がいっせいに後ろを向いた。キースが挙手している。
「文字が見えませんので前のほうへ移動しても?」
「もちろんどうぞ。そのほかに黒板が見づらい方はいらっしゃいますか」
先生の呼びかけに反応する生徒はいない。キースが立ち上がり、ゆったりとした動作で前のほうに歩いてくる。いやいやいや、待て。
私はキースが到着する前に前を向いた。そして少しだけ左側に詰め、自分の荷物を右側に置いた。視線を左斜め下にむける。私の膝に影が落ちた。
「荷物をよせてもらえるか」
「……どうぞ」
もうすでに私は半分よりはしによっているのだが。文句を言おうと思っていたのに自分から話しかけたら負けな気がして黙ってしまった。この男に対してへこへこするというのは、無理だ。何か言われるたびに頭にきてつい睨みそうになってしまう。
「ずいぶん教科書を使い込んでいるようだな」
先生が発言を続けているというのに、おかまいなしでキースは私に話しかけてきた。だれかの中古を買うしかないような貧乏人だと思われているのかもしれない。
「そうですね」
私は小声で短く返すと、黒板に目をむけた。真面目に聞いているので話しかけないでほしい。
「入学前からずいぶん熱心なことだ」
キースは私の教科書の書き込みをぶしつけに見ている。まさか先ほどの試験のいかさまを疑われているのではないだろうか。だとしたらかなり失礼な話だ。私はこれまで真面目に勉強してきたし、あの試験だって本気で受けている。
「陛下の期待に沿おうとするのは臣下として当たり前のことです。この授業も貴重な時間。キース様も前も向いてはいかがですか」
原作のソフィアがタメ口を利いてもなんともなかったくらいなので、この学院内ではある程度無礼講と予想し、強気で発言した。私はキースの表情は見なかったけれど息を呑んだような反応の後キースは黙って前を向いたので、結果問題なかったようだった。




