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「クラス分けの発表は以上になります。それぞれ教員補助生たちが誘導しますので、教室まですみやかに移動してください。そのあとは学園生活のオリエンテーションとなります」
全員の試験終了から少し休憩をはさんで、試験結果が発表された。私の成績は見事1位なのだけれど、残念ながらタイ。もう1人の1位はキースだ。確か原作でもすこぶる優秀で、仲良くなったあとはソフィアの勉強を見てくれたこともある。元々優秀なことに加えて、彼は努力家だった。影でストイックに努力する姿は、容貌に加えて彼の魅力のひとつだった。
試験内容は生徒に容赦のない実技のように思えたけれど、実際は魔術で動きを鈍くしたサラマンダは対した脅威ではなく、攻撃は弱々しかった。治療薬を作るのも材料は必要な量ごとにすでに分かれていたから、器の中で混ぜて光の魔力を少し込めれば良いだけの簡単なものだ。薬を作るというのは名前ばかりで、単純に魔力を物体に込めることができるかを見ているみたいだった。
貴族の子息なら入学前に家庭教師の元で魔術の手ほどきを受けるのは当たり前だから、よほどの怠け者でもない限り、今日の試験は楽勝な内容だったはずだ。そんなわけで気合十分だった私は些かやりすぎた感じもあって、先生たちは目を点にしていた。良い成績なのだから恥じるつもりはない。ただ試験の意図を理解せずに空気を読まない強力な魔術を使ったのは、見せびらかすことしか頭にない生徒だと思われたのではないか、心象が悪くなったかも、という苦い気持ちが少し残った。
生徒たちは思い思いの感想をささやきあいながら移動する。クラスIのシンボルは白い百合の花だ。ひらひらと舞う紺色の旗を見ながら、前の生徒についていく。時々私のほうに視線を向けては、すぐに顔をそらして何かひそひそと呟きあう生徒もいて居心地が悪い。
「ソフィア、1位おめでとう」
ぽん、と後ろから背中を叩かれる。
知り合いのいないはずの学園で、こんなに気安く私に話しかけてくるのは誰だろう。
警戒して後ろを振り向くと、そこにいたのは私の婚約者であるゲオルグだった。
「ゲオルグ様?!」
「何を驚いてるんだ?元気だったか」
「はい。そういえば貴方は教員補助生でしたね」
「そういえばって……手紙でずっと話してただろ」
「文字で書かれても実感がありませんでした。ほとんど学院からも出ていらっしゃらないですし、顔だって何年ぶりに見たことか……」
そこにいたのは、完全にゲオルグだった。
完全にゲオルグというか、本人なんだからゲオルグに決まっているのだけれど、アニメに出てきたゲオルグということだ。そしてポーズはゲームの立ち絵と同じ登場。片手を腰に当てるようにして、やわらかく微笑んでいる。私が知っている少年らしさがあったゲオルグと、今目の前にいる、二次元から飛び出してきたようなゲオルグが同一人物だと理解するのに少し時間が必要だった。
教員補助生というのは、15歳から3年間の教育を受けたのち、学院に残って大学や大学院的に専門を深めていく生徒のこと。領地を継げない次男三男が仕事と栄誉を求めて王都に残るために使われることが多い身分だ。ゲオルグは長男ではないけれど跡継ぎだし、アルノルド伯爵は年齢的にもすぐにゲオルグに爵位を譲りたい。いつまでの学院でのんびりしていることを苦々しく語る伯爵は実家で何度か目にした光景だ。
「悪かったよ。婚約者に寂しい思いをさせて」
ゲオルグが私をからかうように笑った。
そう。15歳のこの学園入学の時点で、私はゲオルグと婚約してしまっている。学園に入ってから結構な数の女性から言い寄られて困っていたゲオルグが、まれに社交の場に出てくると思ったら逃げる口実に私を使うものだから、噂が広がってしまったのだ。貴族社会の噂とは怖いもので、瞬く間に広がってゲオルグと私の両親の耳にも入り、事情説明も受け入れられずに婚約となってしまった。
ゲオルグとは一旦プロポーズされたときのいざこざがあったけれど、一応友達になって、それからは度々手紙を交換した。アルノルド伯爵が父の領土に視察にくるときにはゲオルグが必ずついてきていたから、そのときは父たちの影に隠れて、自分たちならどうやって領地をおさめるかというのを楽しく話し合った。つまり私はゲオルグの朗らかな性格にほだされてしまったというわけ。親切で教養があり、器も大きく見えるゲオルグが、好きな人を傷つけるような人間には見えなかった。原作のゲオルグと私の目の前にいるゲオルグを別の人だと思うようになっていた。
実際、婚約者という立場にはなったけれど、ゲオルグは巻き込んでしまったことを謝罪してくれたし、いざとなったら、伯爵家であるゲオルグの家から一方的な婚約破棄をして、私が1人でも暮らしていけるように慰謝料を送ると言ってくれた。流石にそこまでしてもらうつもりはない。私も、ある程度の年齢になってからは親同士でお見合いのような話をアレンジしているのを耳にしていたから、もうここまできたら面倒な社交会でのやり取りをさけるためにも、婚約者のままでいるほうがマシだと判断して今の立場だ。
私はだれかに理不尽にいたぶられて殺されるのが嫌なだけで、ゲオルグのことが嫌いなわけではない。
ゲオルグが楽しげに学園の敷地について話しながら歩く。建物について説明してくれるのは嬉しいけれど、私の周りの女子生徒たちがひそひそと噂話をすることが気になって説明を楽しむことも出来ない。いつまでこの廊下を歩けば良いのか。
「おい」
ざわざわと生徒たちが騒ぐ。歩みが遅くなっているのが分かって若干いらついた。おしゃべりしてないで早く足を動かして欲しい。
「ソフィア、後ろ」
ゲオルグが私のひじの辺りを引っ張り、囁いた。
「え?」
言われるがままに後ろを振り向くと、金髪碧眼、彫刻のように整った顔のキースが立っていた。キースとソフィアの初接触は何かの授業の時だったはずなんだけど……。入学式でキースを見かけて、なんて綺麗な男の人なんだろうと思っていたソフィア。授業で同じチームになったときに全然動こうとしないキースに説教をする。何を言ってもやろうとしないのでソフィアが1人ではじめようとすると、あまりにも下手なので見かねたキースが手を出してきて、完璧にこなしてしまうのだ。
『すごい!』
『……?当たり前の結果だ』
『当たり前なんてないでしょう。本当にすごいよ。教科書にもたくさん書き込みがしてあるし、上級生の教科書も読んでるなんて、努力家なんだね』
とかなんとかこんな会話だった気がする。キースは変な女だな、という印象を抱いてその場は特に話は動かない。
「失礼いたしました、キース様」
私は列になっている生徒から一歩抜けて、マナーどおりにお辞儀をした。
第三王子であるキースに対して、しょっぱなからタメ口のソフィアは対した生徒だと思う。主人公だからだろうけど。
「のろのろ歩くな。婚約者と遊びに来ているなら帰れ」
「はい?」
フン、と鼻を鳴らして、キースは大またで先頭集団のほうへと歩いていった。
私はと言えば、ぽかんと口を開けたまま動けずにいる。さぞかし間抜けな顔をしていることだろう。




