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ヴァルデンライヒ王国の王都モントガッセ、国王陛下のお膝元に敷地を構える王立魔術学院はその校舎と敷地を表す「湖の乙女」の名セーネで親しまれ、そこには国中から半ば強制的に集められた、15歳以上の魔力のある国民―そのうち9割以上が貴族の子息―が、日々切磋琢磨しながら魔術の研鑽に励んでいる。
ちなみにセーネはヴァルデンライヒ王国誕生の際、後の初代国王に手を貸した水の精霊らしいけれど、今のこの国には精霊というのは存在しないので、よくある王家に正当性を持たせるために出来た国立物語のようである。
細長い柱に支えられたドーム型の施設がいくつも重なり合い、そのところどころに不可思議な形の塔が幾何学模様を描くように聳え立つ。柱に沿って永遠に水が流れ続け、その水は敷地を囲って循環している。物理的に不可能なつくりをしたこの建物を支えているのはもちろん魔術の力である。
私が前世で死ぬ前に見ていたアニメ(元はゲーム)「the Last whisper〜俺以外は選ばせない〜」、通称「ラス俺」のスタートは、この王立魔術学院の入学式からスタートする。アニメでは毎回冒頭でこの学院のことを説明して、そのときにこの広大で美しい敷地の様子が流れる。
実物を目にすると思わず見入って、その天までそびえる建物の天辺を探したくなる。後ろで学院の敷地を区切る門の扉が閉まった。前世では細かい設定に触れることはなかったけれど、この学院は簡単に敷地外に出られないように物理的に厚く、さらに魔術がかけられた門に守られている。その上、魔力のある貴族の子どもの入学は強制だった。突然王宮から手紙が送られてきて入学の準備をするように案内があり、入学式の前には馬車を送ってくる徹底っぷり。
父によると、はるか大昔に魔術で大きな力を手にした地方貴族が王族に謀反を起こそうとしたため、魔術の知識や技術は全て王族の把握するものとなったそうだ。セーネの物語といい、魔術の管理といい、中央集権型の封建制度を保つのも一苦労のようだ。
大勢の生徒の顔には緊張と興奮が滲んでいるけれど、私は緊張はしない。準備は万端である。
ソフィア・ボルソン、15歳。ヴァルデンライヒ王国の王都以外の16の領土のうち、アルノルド伯爵が治める地域のさらにまたその一部を治めるエドガ・ボルソン子爵の一人娘。
私の前世がただの庶民会社員であることを考えるとものすごい出世だけれど、貴族社会の中でいうと男爵よりは上だけれど伯爵の使いっぱしりのような身分であると知ったのは、この国の身分制度を勉強して、実際に社交場で色々な立場の人を見るようになってからだ。だけど私の父エドガはアルノルド伯爵にその力量を買われてわりと大きめな裁量をもらっているし、両親が私を溺愛して甘やかすばかりで、たいして強く拘束するようなことを言ってこないので、貴族社会での身分が高くなくてもそれほど窮屈な思いをしていない。
15歳になった私は、原作のソフィアと外見を離すべく、前髪は伸ばして、後ろの髪は編みこんでゆるくまとめた。ソフィアは前髪をななめに流して、ハーフアップにして、幼少期よりはおとなしい色合いの赤いリボンをつけていた。実は以前一度髪をショートカットにしたこともある。そのときは母には泣かれ、くせ毛がぴょこぴょこと跳ねて朝の仕度の時間が長くなり、あまり良いことがなかったので、あきらめて伸ばしたままにし、せめてもの抵抗で結んでグリーンのリボンで結んである。
ステージのように盛り上がった場所には、生徒とは年齢層が異なる教員らしき人たちが並んでいる。そのうちの1人、中央の男性が前に進み出た。金髪碧眼の大変美しい人で、長髪をゆるく後ろにまとめている。堂々と立つ様子はとても気品がある。
「フレンリッヒ様だわ」
「お近くでお姿を拝見するのははじめて」
近くの生徒がざわめきたつ。それも納得のイケメンっぷり。これほどのイケメンだったらもしかして攻略対象だったかな?と記憶をたどろうとするが、こんな人はいなかった気がする。金髪碧眼は王道の人気なので、絶対1人はいたと思うんだけれど。
「新入生諸君、誇りある王立魔術学園への入学、心より祝いの言葉を申し上げる。貴殿らの未来には国王陛下も大変な期待をお持ちであり、その現れとして、貴殿らの入学試験用にと生きた黒頭サラマンダを100頭、生のムントレイク1000本が届いている。陛下の期待に答え、各々実力を存分に……」
フレンリッヒの挨拶はまだ続いているけれど、入学試験という単語を聞いた瞬間に生徒がいっせいに騒ぎ出した。私も聞いてない。というか見てないというか。そんなものは原作には出てこなかったはずで、アニメがはじまったときにはソフィアはもう学園の一員だった。
「みなさま、お静かに。入学試験といっても、今年は生徒が多いですから、クラス分けをするだけです。みなさまの入学は決定しています」
フレンリッヒの横から、少し年配の女性が出てきた。この人はアニメにも出ていたから顔は見たことがある。入学試験といわずにクラス分け試験といって欲しかった。そういうことならば原作でもクラスはクラスIとクラスIIに分かれていて、ソフィアは上位のクラスIだった。ただし尻尾。私は主人公と違い、主席を取るつもりでいる。この国内の魔術の全てが集結した学院で魔術をマスターして、今後自分の身にふりかかえるあらゆる厄災は自分の手で片付けてみせる。どんな試験か知らないけれど、絶対に余裕綽々で1位を取る。
当初の私の目的は、ゲームのヤンデレキャラと仲良くならないようにして、無事に生き延びることだけだった。だけどこの世界で暮らすうちに、敵はヤンデレキャラに限らないことが分かった。私は身分が高くないわりに父が目立つから、領地の外へ出るとものすごくいじめられやすい。弱気な態度を示せば馬鹿にされいじめの標的にされる。えらそうにしていても嫌がらせはされるけど、一方的にやられたままでゴミみたいにつぶされるのを黙っているわけにはいかない。しかもいじめられてメソメソしていると、アランやゲオルグとの距離が縮まってしまうからだめだ。そして、見事卒業まで生き延びた暁には、私を待っているのは独身女としての生涯。実家は金持ちでも親はいつか死ぬ。この国では女性は後継者として認められていないから、父が死ねば領土も爵位もどこか遠くの血族のものだ。そしたら私は1人で生計を立てていかなくてはならないから、女性でもつける専門性のある職業につくつもり。趣味で選ぶなら庭師、現状の身分で選ぶなら家庭教師、収入で選ぶならドクターが理想だ。
とにかく色々な理由で、私は優等生であることを示さなくてはならない。気合と準備は十分。
先生に連れられて場所を移動し、いくつかの通路に分かれた廊下に連れて行かれる。廊下の先は分かれて庭のようになっていて、その中心には、トカゲみたいな生物、頭に黒い斑点があるのであれが黒頭サラマンダだと思うのだけど、そのサラマンダがうねうねと体を動かしていた。
「みなさんには、あのサラマンダの下にある黒炭石をとってきてもらいます。黒炭石というのはサラマンダのエサですから、貴方たちは、サラマンダにとっては自分の食料を奪おうとする敵ということになりますね。大怪我をしても学園には優秀なドクターがおりますから、全力で挑んでください。そのときのスピード、技術、魔術の工夫でクラスを決めます。それが終わりましたら温室に移動してやけどを治す治療薬を作っていただいて、最初の試験で負ったご自身のやけどを治してください。それも試験に含めます。なにかご質問は?」
王立というからもっと形式張って筆記がメインかと思ったら、ばりばりの実技試験だった。確かに魔術は知識だけでどうにかなるものではないのだけど。
先生が後ろの壁際のほうに目をやった。1人の生徒が先生を睨みつけるように見ている。
「どうぞ、キース殿」
「サラマンダは殺しても構いませんか?」
「構いませんよ。みなさんは、自分自身が一番実力を発揮できる方法で行っていただければよろしいです。正解はありません。私たちが見ているのは基礎力で、みなさんの選んだ方法によっては、専門性を伸ばしていくようアドバイスをするかもしれません」
え、なにその中二っぽい質問。私は若干、いやかなり引いた。先ほど挨拶をしていたフレンリッヒと同じ金髪碧眼で、同じ顔。キースのほうが少し幼いけれど、それにしてもよく似ている。
キースと目があった。睨まれた。頭の中にわっと記憶が流れ込んでくる。キース、現国王の三男で野心家。顔が良くえらそう。なんでも完璧にやらないと気がすまない。暇つぶしに入学した学園だったが、王族の自分に対する態度と他の人に対する態度が変わらないソフィアを見て興味を持つ。いわゆる「お前、俺に興味がないなんておもしろいやつだな」のキャラポジション。
完璧に見えるが内心全てを自分どおりにしようとする子どもっぽいところがある。ソフィアがそんなキースの面倒をなんだかんだ見ている中で、一緒にいるのが当たり前になっていき、お前は俺のものだろ感を出してくる。ソフィアもキースには自分がいないとだめだと、共存性を高めていく。バッドエンドは国王に交際(ソフィアはそんな話は知らない)を否定されたキースが国王暗殺をもくろみ、キースはそのまま投獄される。ソフィアは王族をたぶらかした罪でキースとは顔も合わせないまま処刑される。ハッピーエンドは国王を殺して2人で犯罪者として逃亡し、最後は処刑される。ちなみにソフィアの最後の音声ありの台詞は、死ぬのが怖い、離れたくないというキースに、「私がついてるから大丈夫だよ」。何が大丈夫なんだ。死んでるだろうが。しかもキースは王族なので毒殺だが、ソフィアは悪女として王都の広間にはりつけにされて、国民に罵詈雑言を浴びせられた上に火あぶりです。あ、ゲオルグのエンドは無理だと思ったけどキースも相当だ。
こういう男はへこへこしてくる貴族が嫌いなので、適当に礼儀正しくへこへこしながら、できるかぎり関わらないようにしよう。
生徒が順番に名前を呼ばれ、試験がはじまった。




