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私のバラがめちゃくちゃにされたあの後、私はあわてた顔の父と母に連れられてドクターの治療を受けた。治癒の魔術といっても、魔法みたいに(魔法なんだけど)何もなかったようにできるわけではないらしい。光の魔術を応用して体が持っている治癒力を上げて、かさぶたになるくらいまで回復してもらった。
かゆくて指でひっかけてしまわないように手にもこもこした布を巻かれて、なんだか気持ち悪いなと思いながら、その日はベッドに押し込まれた。
そして次の日。
優秀な使用人たちによって昨日の装飾品は綺麗に片付けられた大広間に、私、両親、そしてなぜかアルノルド伯爵とゲオルグがいた。私は両親に引っ張られるように椅子に座ったところだ。
ゲオルグの顔は半分くらいがまだ布で覆われている。魔術で傷ついた体は、普通の外傷より治りが遅いのだと本で読んだことがある。ゲオルグの顔は極度の緊張状態のように引きつっている。まだ痛むのかもしれない。
アルノルド伯爵は険しい顔をして立っている。なぜこの中で一番偉い人が椅子に座らずに立っているのか、不思議に思って立ち上がろうとすると、伯爵に手で制された。
「ソフィア様」
「はい、アルノルド卿」
「この度は愚息が至らぬせいで、貴殿の顔に傷を作ってしまったこと、大変心苦しく思っている」
アルノルド伯爵はおじいさんだけれど、悲しげに瞳を伏せる様子はそんじょそこらの若い男性よりもよっぽど美しかった。私の顔の傷なんてもう痛くもないし、多少かゆいくらいで気にならない。この立派な人に謝罪をさせてしまっているかと思うと大変申し訳ない気持ちになってくる。
「あの、こんな傷気にしないでくださいませ。そのうち消えますから」
「いや、嫁入り前のご令嬢に傷を作って責任を負わないわけにもいかない。先ほどボルソン卿とも話をつけたところだ。ゲオルグが成人した暁には、我がアルノルド家の一員として迎えよう」
「え?」
私はマナーも考えずに自分の両隣に座っている両親の顔を見た。父は満足げだし、母はうれし涙を流している。この人たちはだめだ。
続いて当事者であるゲオルグを見る。ゲオルグは私を見て痛ましそうに顔をゆがめ、そして目をそらした。
何か言え。
嘘でしょ。ちょっと待って。
このままでは昨日のバラ園のことに加えて、ゲオルグとの関係までシナリオどおりになってしまう。昨日の話ではゲオルグはまともな感性を持っていると思ったのに、親のいいなりになって土気色の顔をして立っている様子からは、どう見ても幸せな家族になれる感じはしなかった。
このままプレッシャーに負けて親の期待に押しつぶされて、自分らしさを出せずにずぶずぶと底なし沼にはまっていく未来が見える。
私の頭の中に、絶対に拒否という言葉が踊るけれど、その方法は分からない。両親とアルノルド伯爵は私とゲオルグを無視して和気藹々(アルノルド伯爵の表情は変わらない)と話を進めている。まだ成人もしてないのに結婚式の話とか孫の話とかしてる。早くなんとかしないと。
「ゲオルグ様!」
私は椅子から飛び降り、暗い顔をしているゲオルグの手をとった。
「貴方は、本当にこのままで良いんですか!昨日の広間で、ダンスをしながら私に話してくださった話は嘘ですか。立派な領主になるんじゃないんですか」
ゲオルグの見えているほうの瞳が驚きで見開かれる。私はさらに詰め寄るようにして続けた。
「こんな、大事な配偶者選びも親の言いなりになって、そんなんで、跡を継げるんですか?自分のことも自分で決められないで、大勢の民の人生に責任を取れますか!そんな根性なしのところへ嫁に行くのは嫌。私は、顔にどんな傷が残っていたって、自分の選んだ人のところへお嫁に行きますから!貴方とは結婚しません!」
ビシッと指を刺した。
大広間に私の声がこだまする。頼んでもいないのに何重にも反響し、そのコントラストでその場にいる全員が反応も出来ずに固まって無言であることが強調される。
「何か言い返すくらいしたらどうですか。それとも3つも下の私に口で勝てないの?」
だめだしで、鼻を鳴らしながら言い捨てる。さあ、きれてテーブルをひっくり返すくらいしたらどう。そしてこの縁談をめちゃくちゃにしてほしい。
「そ、ソフィア、なんてことを言うのかしら。ああ、信じられない……」
母が貧血になって倒れてしまった。慌てて父が支える。お母様、ごめんなさい。でもこれは私の命に関わる問題なので、私は譲ることはできないんです。
「ソフィア、君は誤解してる」
ゲオルグが一歩前に出て、そのまま片方の膝を床に着き、私の手をとった。やけどをしていない顔の半分、グレーグリーンの瞳がゆれている。
「俺は父の言いなりで君に婚約を申し込んだわけじゃない。俺が父に親同士の話をまとめてもらうように頼んだだけだ。
昨日君と話をして気付いた。俺は父や兄みたいになれないことをずっと気にしていたけれど、俺らしいやり方を探していけばいいのかって。
それを、君と一緒に探したい。顔の傷はただのきっかけにすぎないんだ。今まで色々な家の子を紹介されたけど、俺がこの先もずっと一緒にいたいと思ったのはソフィアだけだ。だから、お互い大人になったら、結婚しよう」
リーン、ゴーン、と頭の中で鐘が響いている。
美しいグレーグリーンの瞳の真剣さにつられて首を縦に振りそうになって、私は慌てて現実に意識を連れ戻した。いやでもあなた、私の目を潰してお屋敷に閉じ込めるんでしょ?原作でも思ったけど、ヒロインに惚れるのが早すぎるんじゃないか。
「たった一度でそんなことを思うなんて、ゲオルグ様は惚れっぽいんですね」
「そんなことはない。今までだれと話しても、こんな気持ちになったことはない。なんでも正直に言ってくれるからすごく話しやすいし」
「一度話したくらいで分かったように言われるのは不愉快です。思い込みで話を進めるのはやめてください。手も離して」
力をこめて引っこ抜こうとするのに、放してもらえない。こういうときの男女差というのは本当に恐怖だ。早く体術も魔術も一流になって自分の身を守る自信がほしい。ぎゅうぎゅうと遠慮なく手を握られている。怖い怖い怖い。
「放さない。なら、お互いをよく知ったらうなずいてくれるってことだな?」
「そんなことは、言ってませんし、私はしつこいひとは、きらい、ですから!」
思いっきり手をすっぽ抜いた勢いで、私は床をゴロゴロと転がった。
受け身を習っていて良かった。起き上がって叫んだ。
「とにかくこの話は絶対になしです!お、追いかけてきたら絶交しますから!」
親の反応が怖いけれど、私は私のために必死なので譲れない。いい逃げてそのまま廊下に出る。
ぽかんと口をあけたままのアルノルド伯爵が少し気の毒だった。




