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「ソフィア様!」


天井は真っ白だった。病院?

霞みがかった視界のモヤモヤがはっきりしてくると、すぐ目の前に人の顔があることがわかる。

若くはない女性。頭に白い被り物、メイドのような服を着ていて、痩せている。目の下にクマがあるので寝不足らしいことが分かる。


「アーリャ?」

「ソフィア様!」


アーリャってだれ?

私は自分の口から自然と出てきた言葉に疑問を持つ。だけど、私はアーリャというのは人であると知っているし、彼女は私が物心つく頃からずっとお世話をしてくれているメイド長だ。そして私は、ソフィア様と呼ばれている。だれ?私だ。


「???」


私は昨日アニメを見ながらコタツで寝ていた。うとうと気持ちよくて、なんだかあったかいなあと思って、意識がぼんやりしていて、眠くて、目の前は灰色がかっていて、熱くて、


「あっつい!」


急に足元が熱くなって、私は飛び上がった。そうだ。家が火事になったんだ。気付いた時には部屋中が煙で覆われていて、何も見えなくて、苦しかった。

コンロで鍋焼きうどんを作っていたのにそのまま寝てしまって、アパートのみなさんにきっと猛烈な迷惑をかけ、私は死んだらしい。


「ソフィア様?」

「あ、アーリャ…私、私っ」


心配して顔を覗き込んでくるアーリャに抱きつく。

私は昨日、アーリャが止めるのを無視して噴水の周りを片足立ちしたり踊ったりして遊んでいて、大きな犬が吠えたことにびっくりして落ちて頭を打ったんだ。怖かった。熱かった。苦しいけど誰もいなくて、コタツはあったかくて、水が冷たくて、布団がふわふわで、焦げた匂いがして、金魚の水槽みたいな水の匂い、鼻から水が入って痛くて、頭がごつん、って、痛くて…


「怖かったよおおお」


自分の泣く声がうるさくて、頭がいたい。鼻水と涙が溢れてくる。



ソフィア・ボルソン。ボルソン家のエドガ・ボルソン子爵の一人娘、7歳。

前世は確か享年30手前くらいで、名前は忘れた。一人暮らし。そろそろ猫を飼いたいなと思っていた時期で、死に方を考えると、お迎えしてなくて本当に良かった。

前世と今の記憶が頭の中で混ざり合うのが怖くて気持ち悪くて、涙がどんどん溢れてきた。


アーニャの胸に抱かれて永遠かと思える時間を泣き続け、頭が痛くて仕方なくなって眠り、目を覚ました時、私は結構冷静になっていた。

物心ついてから7歳まで、私はかなりやんちゃというか、能天気で明るい、子供らしい性格だったような記憶があるけれど、現在前世の記憶を取り戻した私は前世も合わせて30歳を超えている。

仕事でも年齢にしてはまあまあの地位を獲得してバリバリ働いていたような気がする。多分。妄想でなければ。


どうやら私は転生して、この素敵なお家の一人娘として生まれたらしかった。

どこかのスラム街や野生の動物が溢れる森とかではなく、今のところ安全で命の危険も衛生的な危険も感じない。

平和。親は私に優しく、特に困ったこともない。

貴族なんて勝ち組な人生を送ることができる第2回目の人生。しかも30年の人生経験がある私はもはやチート。

過去の社会の知識がどれくらい通用するかは知らなけれど、常識はそこまで変わらないでしょう。人間社会だもの。


「転生万歳!!」


ベッドの上でぴょんぴょんと跳ねると、柔らかい布団がふんわりと私の足元を包む。

楽しいし気持ち良い。窓の外には左右対称の美しい庭が広がっている。大きな噴水を右に曲がっていくとバラ園があって、そこはソフィアの母親が大切に育てている。ソフィアは母ほど器用ではないから任されたバラを枯らしてしまって大泣き。そんなソフィアの手を優しく握って、不器用な従兄弟が慰めてくれる。

「大丈夫だよ、ソフィア。きっとバラはソフィアが好きすぎて、人間になろうと思って死んだんだよ。すぐにまた会えるよ」

よくよく聞くとトチ狂ったこのセリフ。このシーンは確かソフィアが10歳の時で、お相手は従兄弟のアランだった。まだ私は出会っていないアランだ。


「ん?」


私はまだ混乱しているらしい。自分の目で見てきたこの庭と、誰か別の人の視点で見た庭がある。


アランはソフィアの従兄弟で一つ年下である。青く見えるほどの真っ黒な髪、神秘的な紫色の瞳。珍しい瞳の色を理由に周りから避けられており、両親のどちらとも違う瞳で母親が浮気を疑われて心を病み、父からもネグレクトに近い扱いを受けている。大人しくてソフィア以外には全く心を開かない。

学校に入学すると、ソフィアの周りにいる友人男女誰にでも嫉妬して、ソフィアが学校にいたくなくなるように嫌がらせをしたり、ソフィアの陰口を広めていじめを助長したりする。そしてソフィアが辛くて泣いている時には、自分だけが味方だよと言って優しく慰めてくれるのだ。


「…これって…ラス俺…?」


ラス俺、『the Last whisper〜俺以外は選ばせない〜』というなんとも言えないしょっぱいタイトルの乙女ゲー。発売本数は多くないものの一部のファンに熱狂的に受け入れられていた、はず。私は死ぬ直前までこのゲームを原作としたアニメを見ていた。ゲーム自体は未プレイだ。押入れにしまってある。


なぜならこのゲームは攻略対象のキャラが全員ヤンデレで、主人公が物理的、精神的に痛い目をみることで有名だったから、怖気付いてとりあえずアニメから入ることにした。キャラデザは好みだったけれど、攻略wikiを見たらエンドが怖すぎて怖気付き、結局プレイしないまま、かわいそうなソフトは私と一緒に炎に焼かれたわけである。


「その恨み…?」


いや、ソフトにそんな意思はないはず。

私はハッと思い出したように鏡を覗き込んだ。

真っ白な肌に、桃色の頬。子供らしく丸っとした目は栗色で、目の色より少しだけ明るい髪は柔らかいくせ毛。赤いリボンが頭の上に可愛らしく咲き、いかにも主人公然とした美少女がそこにいた。


「この顔って、主人公…?」


主人公のデフォルト名はソフィアで、アニメでもソフィアという名前だった。


「ってことは…」


このままでいくと、ソフィアは15歳になった時に魔法学校に入って、ヤンデレの攻略対象に囲まれて過ごし、誰と仲良くなっても物理的または精神的に楽しくない人生一直線だ。


例えば、先ほど思い出したアランに好かれたら、学校ではひたすらいじめ抜かれて、最後はその犯人だとバレてしまったアランと心中エンド。ハッピーエンドでもバッドエンドでも心中は変わらなくて、主人公がアランの気持ちを受け入れるかどうかの違いだけ。後は…よく思い出せないけれど、とにかく殺されるか、五体満足ではない状態にされるか、監禁されるか、精神が崩壊するか、何らかの形で私は自由を奪われる。辛い。辛すぎる。前世は火事で苦しみながら死に、今世はまだ会ったこともない男に痛い目に合わされるなんて。


でも。


私は死と痛みへの恐怖でパニックになりかけていた頭を落ち着かせた。

これはチャンスでもある。

私はまだ誰とも出会っていないのだ。だから、この先誰にも遭遇せずに過ごすことだって可能なはず。

そうすれば私は貴族の令嬢という勝ち組な身分だけを楽しんで、命の危険からは逃れることができる!

まだ私の人生が詰んだわけじゃない。

よし、と小さく気合を入れると、控えめなノックが聞こえた。


「ソフィア、少し良いかしら?」


母の呼びかけが聞こえた。


「はい、お母様」

「あなたに紹介したい人がいるのだけど、ご挨拶できる?」

「それって…」

「あなたの従兄弟なの。名前は…」

「いや!」


ソフィアには従兄弟は1人しかいない。将来私をいじめて最後は心中しようとしてくるアランただ1人。冗談じゃない。

私は驚いている母を見て、とっさに言い訳をする。


「き、今日は挨拶したくない。だれにも会いたくないの。お願い、お母様、明日なら…」

「ソフィア…そうよね。怖い思いをしたばっかりだもの。お部屋にいたいわね。アランにはまた今度ご挨拶しましょう」


少し残念そうな顔をして、母が扉を閉めた。

シナリオの力って怖い。早速1人目に出会ってしまうところだった。


正直明日も明後日もお断りだけれど、いつまでも引き延ばすことはできない。

従兄弟を避け続けるにも限界がある。ここは会うことを前提として、絶対に好かれないようにしないと。ただし、嫌われすぎると別の理由で殺されるかもしれないから、私から相手に危害を加えるようなことはしない。何しろ相手はいじめのために他の生徒を操るような知能犯だし、邪魔なものや気に入らないものは排除しようとしてくる可能性があるのだから。できるだけ関わりたくない。


主人公ソフィアは、明るくて可愛くて素直で元気で誰にでも優しい。

だったら私はその逆。無愛想で意地っ張りで偉そうで冷たい感じで行こう。

天然で可愛らしい女の子の真逆だ。なんでもできて偉そうで、相手をちょっと小馬鹿にしたりする自慢屋のいやな貴族令嬢のソフィアを目指す。

それから、最悪の展開になったときのために護身術も本気で習得しないと。


「よし!」


目標ができると、目の前がパッと開けた。いける。

7歳から努力すれば、きっと何にだってなれる!命がかかっているのだから、私は本気だ。


取り急ぎ図書室で魔術の勉強から始めることにする。魔術学校に入る前に、全学年でやることを予習しておけば間違いなく優秀な生徒の仲間入り。だってまだ7年もあるのだから、頑張ればきっと習得できる。


私は死と苦しさしかなかった未来が急に明るく希望に満ちたような気がして、スキップしながら図書室に向かった。

ほとんどが父の本なので難しすぎるけど、多少は基礎的な本もあるはずだ。なかったら家庭教師を頼んで、オススメの本を選んでもらう。


重い扉をギギ、と音を立てて開く。

少しだけ空いた隙間から、宝石のような紫色が見えた。

部屋にアランがいた。


嘘でしょ。


目が合ってしまった。もうすでに扉を閉じるには不自然すぎるほどに開けてしまっている。今更閉じたら、私がアランを意図的に避けていることがバレて、何と思われるかわからない。私はアランのことは気にしないふりをして、部屋に堂々と入った。


従兄弟のアランがソフィアに興味をもつきっかけは、確か主人公から一緒に遊ぼうと誘ったことだったはず。

アランは家ではひたすら無視されているし、温かく声をかけてもらったことがない。

なのでまずは、絶対に私から声はかけない!


私は遊ぶ気は無いということを示すために部屋にあった本を数冊抱えてソファに投げ、自分はその隣に座った。読書タイムを決め込む。アランなんていないという作戦だ。心臓はばくばくしているけれど、顔には出ていないはず。


静かなアランは特に何も言わず、本を読むわけでもなく、窓の外を見ている。

気になって視線の先を見ると、そこは母が育てているバラ園だ。花が好きなんだろうか?


とにかく私はアランを無視して、無事に、仲良くなるというフラグを回避することができた。

何冊か目を通した本のうち、ある程度理解できそうなものを回収して、部屋を出ることにした。


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