第6話 コミュニケーション欠乏症
翌朝、多少の気まずさを感じながら宿を出た。
泥棒のようにコソコソした出立だったから、尚更自尊心が傷ついた気がする。
そんな僕とは真逆に、オリヴィエは上機嫌だった。
何がそんなに嬉しいのか、いつも以上に笑顔を振り撒いている。
「それで今日はどうされます?」
「そうだなぁ、またあの洞窟に行ってみるかな」
<おう坊主、そんな装備じゃ死にに行くようなもんだぜ>
「うわ、女神様。急に話しかけないでってば。」
僕の言葉を聞いた途端に目を輝かせたオリヴィエ。
街の往来でお祈りのポーズはやめてほしい。
僕はこれ以上目立たないように、積み上がった木箱に身を潜めた。
<アンタ初期装備なんだね、世の中なめすぎじゃない?>
<はぁ、お店が利用できないだけなんですけど?>
<うっ……。も、もう大丈夫よ。悪態はつかれるかもだけど、きっと相手にしてくれるよ>
<えーー、ほんとですか?>
正直言って、全く信用できない。
門前払いをされ続けた苦い記憶のせいでもあるし、軽薄な神様の言だからでもある。
<あのね、アンタがオリヴィエちゃんとイイコトしてる間に、こっちはすんごい働いてたんだからね? 上司にも散々怒鳴られたし?>
<え、女神様が一番偉いんじゃないの? ていうか見てたんですか?!>
<まーこっちも色々あんのよ。で、お店ならきっと行けるわよ。金はあんの?>
<買い物に使えるのは50ディナくらいです。で、見てたんですか?>
<しけてんのねー。まぁとりあえず行ってみんよ?>
<はぁーー、わかりましたよ>
釈然としないけど、促されるまま武器屋へと向かった。
時間が早いせいか、通りで見かける人の数はまばらだ。
店先で掃除をする人、何かを届けに走る人、荷物を商店へ運び込む人などがチラホラ目にするくらい。
目の前の作業に夢中なのか、誰一人こちらには注目しなかった。
後ろ指を指されなくなったけど、僕は油断しない。
何度目かの入店の時に、ボウガンで威嚇されたことは忘れたわけじゃない。
まぁこの街のお店じゃないんだけども。
店に入ると正面の奥がカウンターになっていて、そこには筋肉モンスターとも言うべき筋骨粒々な男が立っていた。
「お、いらっしゃい兄ちゃん。そんな格好じゃ危ないぜ。うちの防具見てってくれよ」
「え、あの、僕を追い返したりしないんですか?」
「お尋ね者でもないだろうに何言ってんだ。それとも冷やかしか?」
「あ、いえ、客です! 盾を探してます!」
よかった。
本当に・・・よかった。
はじめて街の人と普通の会話ができた。
それだけで今日の収穫は十分な気がする。
「見たところ駆け出しだろ?だったらこの辺が妥当だな」
「これはスモールシールド?」
「薄く延ばした鉄を正円にしたものだ。小さい分動きを邪魔しないから初心者にはピッタリだ。兄ちゃんは片手剣だしな」
確かに軽いし、それなりの頑丈さがある。
あのネズミの針くらいなら防げそうだ。
「これいいなぁ、いくらですか?」
「そいつは85ディナだ」
「うっ、85かぁ」
足りないな。
食料代を合わせても60ディナしかない僕には高嶺の華だ。
盾があれば楽になると思ったのにな。
「なんだ、いらねぇのかい?」
「欲しいんですけどお金が足りなくって」
「おぅそうかい、ちょっと待ってな」
そう言って男は背後の小さな戸棚を開けて、中を漁り始めた。
お目当てのものが見つからないのか探すのに苦労している。
筋肉質の恵まれた体が目的の邪魔をしているようだった。
「待たせたな、こいつはどうだい? ウッドシールドだ」
ゴトンと重そうな音をたててカウンターに乗せれた盾は、長方形の形をした木の盾だった。
形のせいかもしれないが、さっきのスモールシールドに比べて一回りくらい大きそうだ。
「少し重いけど、ちゃんと使えそうです」
「そいつは厚手の木板を三枚重ねて、革で板の連結と補強をしたものだ。そいつは弟子が作ったもんでな、性能に問題はねぇが形が少し歪なんだ」
「ほんとだ、確かに重心がずれてますね?」
「まぁ、あれだ。防御力は問題ねぇ。在庫処分品だから30でいいぞ」
「ほんとですか? 買います!」
嬉しい。
心の底から喜びを感じる。
戦闘が楽になる事がじゃない、お手頃の装備が買えたからじゃない。
今初めて、僕は人間扱いしてもらえたんだ。
それがもう、すごい進歩と言うか、別世界に来た気分と言うか。
心の荒波に揉まれながら、歓喜の声を叫びそうになるのを懸命に堪えた。
「そんなに喜んでもらえると弟子も嬉しいだろうな」
「あ、いえ、これは。すいません」
「おいおい、謝んなよ。そうだ、暇はあるか?武器の性能について教えてやろうか?」
「え、いいんですか?」
「この時間に客はほとんど来ないからな。オレも暇なんだよっと」
身をよじらせてカウンターから出た店主は、展示品の前で考え事を始めた。
武器のレクチャーをしてくれるみたいだけど、その為の吟味だろう。
壁には何本もの鋭く光る剣があり、立派な装飾の施された槍、大きな弓にボウガンなどなど、強力そうな武器がズラリと並んでいた。
何百、いや何千ディナかかるかわからない。
手にいれるのも、上手く扱うこともできないだろうな。
戻ってきた店主が大小3本の剣を目の前に置いた。
「いいか、一口に剣と言ってもたくさんの種類がある。まず兄ちゃんの持ってる短剣についてだが」
店主の丁寧なレクチャーが始まった。
僕は目新しい情報の波を前にして置いてきぼりを何度も食らったが、彼はその度に話を中断し、説明内容を変えてくれた。
ふと気になってオリヴィエの方を見ると、黒猫とくつろいでいた。
膝に乗せて頭や顎をなでたりしている。
「とまぁ、これが剣の知識初級編だ。理解できたか?」
「あ、ありがとう、ございました」
「また聞きてえ事があったらいつでも言えよな?」
「はい、前向きに検討します」
僕たちはお礼を言って店を後にした。
武器屋一軒だけとはいえ、親切にされたことが嬉しかった。
多少気疲れはしたけども。
「レインさん、この猫ちゃんに名前はないんですか?」
「そういえば何もなかったなぁ」
「このまま一緒なんですから、何かつけましょう。ちなみに女の子ですよ」
「うーーん、体が黒いからミクロってのはどう?」
「………いいと思います」
「え、本当に?」
意味深な間がとても気になる。
まぁ、名前なんて定着したらどれも一緒だろう。
オリヴィエは早速猫をミクちゃんと呼び出した。
ミクロって呼ぶことはきっと無いんだろうな。