第42話 世界は真っ暗
ここはどこなんだろう。
辺りを見回しても何一つ見えない。
手を伸ばしても、指先に触れるものは一切無い。
どこか別の場所に逃れようとするけれど、どこへ向かっても暗闇だった。
「まぁ、どうでもいいか」
頑張っても仕方ない。
というより、何かしようという気力が湧いてこないのだ。
「どうせ何やったって無駄だもんなぁ」
思えば大変な人生だったと思う。
両親の元にいた間は良いとして、崖から転落して死んだ。
生き返ったと思ったら、とんでもない役職を押し付けられた。
それからは本当に大変だった。
街の人に疎まれるばかりか、危うく殺されそうになったんだから。
たくさんの人にバカにされて、後ろ指さされてさ。
それでもめげずに頑張って、頑張って強くなったのに簡単に死んじゃったよ。
僕なんかが努力しても、たかが知れてるんだ。
上手く行く人と行かない人。
世の中はその2種類に分かれてるんだよ、きっと。
「前死んだときと光景が違うなぁ。あそこは別だったのかな?」
あの時は白、今は黒。
女神様どころか、話せそうな人影すら見えない。
でも、それすらもどうでも良かった。
最初は不安を煽るような暗闇にも、慣れてしまえば居心地が良い。
このまま何も考えずに居られたらきっと楽だろう。
僕はその場で体を横たえた。
いずれこの『体』という感覚も消えていくと思う。
色々な記憶が、怒りが少しづつ消えていく。
まるでゆっくりと分解されているようだ。
このまま身を委ねていけば、あらゆる苦痛から解放されるかもしれない。
そう思っていたのだけど……。
「なんだ……この光は?」
今更になって僕の目の前に青く光る球が現れた。
周りを照らす程ではないけど、妙に眩しくて不快だった。
さらに『キィィィ』なんて甲高い音まで発している。
それが煩く頭に響くのだ。
「いってぇ……どっか行ってよ!」
しばらくすると、また同じような光球がやってきた。
ひとつ、ふたつと数を増やしていき、僕の周りは4つの光球に塞がれてしまった。
甲高い音も徐々に強くなる。
まるで何かを促しているようだ。
「僕に構わないでくれよ、ほっといてくれよぉ……」
こっちの懇願など届かないらしい。
なにせ、ここからは怒涛のごとく光球が押し寄せてきたのだから。
大小様々な光がやってくる。
そしていつの間にか、辺りは暗闇から青白い空間へと早変わりしてしまった。
「僕は、何かをしなきゃいけなかったような……」
記憶が今ひとつ蘇らない。
なぜか断片的にしか思い出せないのだ。
光の急かすような音も焦りに拍車をかける。
何かキッカケが欲しい。
そうすれば全て思い出せそうな気がする。
そのとき、目の前の光球から声が聞こえた。
それは一番最初に現れたものだ。
ーーレインさん! こんな男に負けないでください! あなたは本当に強い人なんですから!
「……あ」
僕の頭に電流のようなものが流れた。
それは色々な光景を脳内に蘇らせつつ、一瞬のうちに駆け抜けた。
仲間たちと共に塔に乗り込んだことを。
一人で暴走した挙句手もなく敗れてしまったことを。
そして、今現在。
皆がピンチに陥っていること。
そこまでハッキリと見えた。
ひょっとすると、僕を取り込んだ男の記憶まで付いてきてしまったのかもしれない。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
ここから脱出しないと!
僕が手を伸ばすと、それに反応して光球が集まり始める。
それは不思議な力を帯びていた。
魔力とも少し違う、今まで感じたことのないものだった。
「力を貸してくれるかい?」
僕の呼びかけに答えるように、光はより早く集約した。
それは右手に集中している。
そして現れたものは……。
「槍、それも短槍だ!」
光球は形を変え、僕が使い慣れているものになった。
短槍って確か初心者向けの武器だったよね。
この場面においてもルーキー扱いで、少しだけ苦笑してしまう。
「まあ、いいか! 頼んだよ相棒!」
僕は槍を大きく振るった。
何もない空間へと。
そうすると『ぐちゃり』と生々しい音をたてて、空間に亀裂が生まれ、その先には別の世界が広がっていた。
「うわ、嫌な音。でもここから出られそうだぞ!」
僕は勢い良くその隙間へと飛び込んだ。
「レインくん!」
「レイン……さん?」
「オリヴィエさん、大丈夫!?」
僕がまず見かけたのは、床に転がるオリヴィエだった。
かなり酷くやられたようで、身じろぎするのがやっとのようだ。
急いで彼女の体を抱き起こした。
「あちらにグスタフさんと、エルザさんも……」
「わかったよ。ミリィは無事?!」
「アタシは平気よ! 他のみんなを気にかけてあげて!」
視界の端には『もう一人の僕』がのたうち回っているのが見える。
左肩が大きく切り裂かれ、腕が今にも取れそうだ。
なんだか僕の肩まで痛い気がしてきた。
そっくりさんを相手にするのは、これきりにしたいね。
「レインさん、辛い想いをさせてしまって……」
「いや、僕の方こそごめん。というより、怪我の方はどうなの?」
「そうですね、お話はあとでゆっくり。私はもう大丈夫です」
「じゃあ皆に回復をお願いできる? アイツは僕がやっつけるから」
ダメージから立ち直った敵は、再び立ち上がった。
傷の深さのせいか息が荒い。
「僕を、やっつける、だって? 出来損ないの、失敗作のくせに、でかい口叩くじゃないか」
「そうだね。自分一人の力じゃ到底敵わなかったと思うよ」
僕は右手の槍を振った。
光の粒子がキラキラと辺りに舞い散った。
「それは何だよォ! 苛つくなァァ?!」
「これかい? 僕にあってお前に無いものだよ」
「ウガァァアアーー!!」
牙を剥き出しにして飛びついてきた。
冷静な思考なんか出来なくなったらしい。
その体を横に薙ぎ払った。
柄の部分を叩きつけたつもりだったけど、見事に体をすり抜けてしまう。
そして、青白い炎が燃え上がる。
「うわぁぁああーー! 熱い、熱いぃいーー!!」
体を両断された男は、苦悶の表情で叫んだ。
両端を焼かれながら。
「おしまいだよ。そのまま眠ってしまうといい」
「何故だ! 僕は神に、神をも凌ぐ力を手にいれたはずなのにぃい!」
「強いようで弱かったよ。不完全も良い所だね」
「お前のような、付属品に負けるなんて……許せねえ……」
「もしその魂を清算できたら、僕の所においで。二度と世の中を恨まないで済むようにしてあげる」
「デキ、ソコナイ……」
そうして、すべて燃やし尽くされてしまった。
もはや塵ひとつ残っていない。
隣にはいつの間にかオリヴィエが立っていた。
「レインさん。さっきの言葉ですが、何故慈悲を与えたのですか?」
「さっきのって、僕の所にって言葉かな?」
「はい。レインさんにとっては憎むべき相手に思えたので」
「何というか、あいつは僕なんだ。オリヴィエと出会わなかった場合の」
「私と、ですか?」
「うん。僕は君に出会えたから自分を保てたけど、出会ってなかったらアイツみたいになってたと思う。そう考えたら可哀想に思えてさ」
「私は嫌ですね。あの姿はレインさんへの冒涜です。挑発もいい所です!」
なんだか妙にオリヴィエが怒ってる。
『プンスカ』なんて擬音が聞こえてきそうな感じだ。
「リーダー、無事だったか!」
「なんだ。結局レインの一人舞台か」
「グスタフさん、エルザさん、もう平気なの?」
「なんとかな。オリヴィエのおかげだ」
「レイン君、すごいねー。これは歴史に名を残しちゃうよ?」
「ミリィ。僕はそんなもの求めてないよ」
「どこかに銅像を作ろうよ。名工に頼んで精密に作ってもらおう?」
「それだけは絶対にやめて!」
「英雄の『ご立派』な姿を後世に語り継ごうよ!」
「だから、それが嫌なんだって!」
何気無いやり取り。
気の置けないみんなとの軽口。
僕は帰ってきたと実感する。
「さて、帰ろうか」
「そうだな。どこかで祝杯もあげないか?」
「いいじゃない。肉喰いましょうよ、でっかいの」
「待て、晩餐と言えば魚貝だろう」
「エルザって山間部出身なのに魚好きなの?」
「だからこそだ。獣肉なんぞ食い飽きた」
「オリヴィエは何がいい?」
「私はですね、焼きキノコとかがいいです」
「でっかい店にいけば全部あるだろ。任せとけ」
「じゃあグスタフさんに案内をお願いしようか」
「わーーい。お腹減ったー!」
僕たちは並んで歩いていった。
このままずっと一緒にいられたら良いのに。
ふと、そんな想いに囚われた。




